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黒い骨  作者: 山野絢子
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第4章

 村は殆ど壊滅状態といってよかった。家という家は焼かれ、儀礼小屋も炎に包まれていた。私は村外れの焼け残った小屋に身を隠し、外を伺った。白い入植者たちと我々の戦士たちが血塗れになって戦い、その傍らで女たちが、戦士たちの力を強めるために神の力を借りるべく、足を踏み鳴らしながら踊っていた。

 踊る女たちの輪の中に、入植者の戦士が突っ込んできた。彼は女たちの首を、次々に反身の剣で刎ねた。白い入植者は獰悪だ。女ですら、奴らは容赦しないのだ。

 突然私の視界に、クヴァの姿が飛び込んできた。クヴァはまだ生きていた!私の心に安堵が広がった。クヴァ、誰よりも強い戦士クヴァ!クヴァさえいれば、私たちが負けることはない―そう思って胸を撫で下ろしたのも束の間、よく目を凝らして見ると、クヴァは疲弊し傷つき、いつもの驚くような膂力と槍の速さは失われていた。無理もない。クヴァは儀式で忘我の状態にあって、その直後に戦いを強いられているのだ。それに入植者たちは皆甲冑を着ているのに、こちらは身一つである。今から考えれば、鉄の甲冑を前に戦闘化粧の呪詛の力など一体何の意味があろう?

 次の瞬間、当時の私には信じがたいことが起きた―形勢不利と見たクヴァは、なんと入植者を前に退却したのだ!あのクヴァが、狩でも必ず仕留めそこなうことのないクヴァが、神の憑坐として圧倒的な力を持つはずのクヴァが、敵を目の前にして退却を余儀なくされたのだ。私は我と我が目を疑った。だがそれは事実だった。紛れもない事実だったのだ。

 突然、白い入植者の喇叭の音がした。それと同時に、潮が引くように彼らは退却していった。彼らの目的が何だったのか、今となっては定かでない。それは略奪だったのか、それとも報復か、彼らから見た異教徒である我々を討伐しに来たのか?それはわからないが、ただ我々の圧倒的な敗北だけは明らかであった。辺りはただぱちぱちと火の燃える音、焼け残った小屋という小屋に漂う黒煙、そして血塗れの死体で埋め尽くされていた。

 朝焼けの赤い光と、禍々しい死の女神の如き金星に照らし出される中、生き残った村の大人たちが、まるで生ける屍の如くに起き上がった。傷つき、疲弊した彼らの顔は、儀礼で見せる顔と同じく無表情であった。

 傷ついた大人たちは、無表情のまま、死んだ仲間の上にうつ伏せになったクヴァのもとに近づいた。クヴァはよろめきながらも立ち上がった。大人たちは皆、無言のままクヴァを取り囲んだ。そのまま彼らは、村外れに向かっていった。

 一体生き残った大人たちがクヴァをどこへ連れて行くのか、何をするのか、クヴァがこれからどうなるのか、私には皆目検討もつかなかった。クヴァの行方が気になり、私はそっとあとをつけた。彼らが向かった先は、村の墓場であった。縄目に囲われた、普段は誰も近づかぬこの結界の中に、大人たちは次々と入っていった。それから彼らは、墓場の真ん中に掘られた大きな穴の中に、何ということか、クヴァを突き落としたのである!

 私は思わず息を呑んだ。この禍が起こったのは、そしてクヴァが死ななければならなくなったのは、全て私が儀礼を覗き見したせいに違いない。あの時私が、愚かにも悪童仲間の言葉に乗せられることがなければ、こんなことにはならなかったに違いないのだ。一体何をどうすればいいのか、私が躊躇している間に、大人たちはクヴァの上から土をかけはじめた。クヴァは抵抗しなかった。クヴァは―私の兄であり、誰よりも強い戦士であったクヴァは―、生きたまま土に埋められるのだ。族長が、穴の傍に近づいてきた。その手には、あの蛇の目模様の壷があった。儀礼小屋はすっかり焼け落ちてしまったというのに、どうしてあれだけが残ったのであろう。族長は壷を開けた。そして中に入っていた黒い骨片を、穴の中に投げ入れた。村に禍が起こった以上、それを予言したクヴァと黒い骨は、禍の穢れを負うものとなっていたのだ。その穢れを祓うべく、クヴァは黄泉へ送られるのだ。あの黒い骨と一緒に・・・。

 族長が祝詞を唱えた。

 ―アーアーアーアーアー。

 ―オーオーオーオーオー。

 女たちは儀礼の踊りを踊りながら、クヴァの上からかけられた土を踏み固めた。

 その時、私の耳に老婆の悲鳴と赤子の鳴き声が聞こえてきた。私は思わずそちらを見た。そこにいたのは、私の祖母とクヴァの赤ん坊だった。いつの間に高台からここへ連れてこられたのだろうか。泣き叫ぶ祖母の手から、男たちが赤ん坊を奪い取った。墓場に設えた祭壇に、彼らは赤ん坊を乗せた。

 祭壇の前に、族長が現れた。族長は祖母に言った。

 「おまえの気持ちはわかる。だが我々には必要なのだ。儀式の際、我らの吉凶を占う赤子の骨が。それは、強力な憑坐の力を受け継ぐ者の骨でなければならぬ。致し方あるまい」

 泣き叫ぶ祖母をよそに、族長はぐいと赤子の喉を締め上げた。私が弟のようにして可愛がった、あの丸々としたクヴァの赤ん坊!私はあの子を背負い、野に木の実を摘みに出たものであった。私の背で嬉しそうに木の実に触れていたあの子、木の実を口に入れてやると、酸っぱそうに顔を顰めたあの子、眠れぬ夜には、私があやしてやることもあったあの子が―。

 私は思わず、隠れていた木の後ろから飛び出し、族長のもとへ駆け寄ろうとした。が、その私を、ぐいと強い腕が制した。

 「行くんじゃない!」

 振り向くと、いつの間にそこにいたのか、それは私の母であった。

 「おまえも殺されたいのかいッ!」

 私は母の胸に顔を埋めた。赤ん坊が殺されるさまは、とても正視に堪えるものではなかった。母は顔を背けることはなかったが、泣いていた。母の乳房を伝い、熱い涙が私の面を塗らした。私の目からも、堰を切ったように涙が溢れ出た。私がクヴァを失い、赤ん坊を失った悲しみを分かち合えるのは、もう母以外になかった。

 私たちは無言のまま、村へ戻った。大人たち、それから高台へ避難していた老人や幼子も、徐々に村へ戻ってきた。彼らは皆無言のまま、黙々と死体を墓場へ運び、焼けた家を建て直し始めた。

 その日の夜、私は久しぶりに、母に抱かれて浅い眠りを貪った。クヴァは死んだ。赤ん坊も死んだ。父も死んだ。嫂も死んだ。家には母と私、そして祖父と祖母だけが残されたのだ。

 その翌日の朝のことだ。私は母に、クヴァのことを話したかった。クヴァとその赤子が何故死ななければならなかったのか、私はそのことを話したかった。そして、私が儀式を覗いたことも。だが私がクヴァの名を口にした途端、母は怪訝な顔をした。

 「クヴァ?そいつは、誰のことだい?赤ん坊とは一体、何のことだい?」

 私は耳を疑った。昨日クヴァのために、赤ん坊のために私と一緒に泣いた母が、まさかクヴァのことを忘れるはずがないのだ。私は祖父と祖母を見た。二人は決して、私と目を合わそうとはしなかった。

 私は悟った。そうだ、クヴァは部族の穢れを祓うべく生贄となったのだ。穢れを背負ったクヴァの名を口にすること、それは部族の禁忌となったのだ。それは呪いであり、更なる災厄を引き起こすであろう。私は口を噤んだ。もう誰とも、私はクヴァの話をすることはできない。

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