第3章
悪童仲間の提案で、大人たちが行う秘密の儀式を覗いて来なければならない羽目に陥った私は、日が落ちるまでの時間、気が気ではなかった。誰かに見つかってしまったら、私は殺されるだろうか?私が儀式を覗いたことで、万一本当に村に災いが起こってしまったら?しかし私は、自分自身の名誉のために、もう後へは引けなくなっていた。もしここで私が約束を果たさなければ、きっと末代までも臆病者と罵られることになるだろうと、幼い私は考えたのだ。
やがて夜になり、満月が中空に昇った。父と母は私を寝かしつけ、クヴァ、それから嫂を伴って儀礼小屋へと出かけていった。年老いた祖父と祖母、それからクヴァの赤ん坊は私と共に家に残された。赤ん坊は既に眠っていた。私は祖父と祖母が寝入るのを待ち、すり抜けるように家を出た。周囲を警戒しながら、私は儀礼小屋へと向かった。
私が儀礼小屋に着いた頃、儀式は既に始まっていた。族長の歌うような祝詞と、それに応える村の大人たちの声が聞こえた。それは私が初めて耳にする響きだった。心の奥底にある畏れが、父祖たちを通じて太古の昔から私の血に組み込まれたその感情が私を支配した。一体クヴァはどこにいるのか?高鳴る心臓を抑えつつ、草で編まれた儀礼小屋の壁の隙間から、私は中を伺った。
輪になって腕を組み、身体を揺らしながら族長の祝詞に応える人々の群れの中心に、兄クヴァの姿があった。延々と続く太鼓の響きの中で半ば目を閉じていたクヴァは、突然床に倒れたあと、がばと起き上がって身体を大きく前後に揺らし始めた。偉大なる神の霊がクヴァに宿ったのだ。それと同時に、それは全く奇妙な光景であったが―、祭壇の上にある蛇の目模様の壷の蓋が、ひとりでにかたかたと鳴ったのである。あの壷の中に、クヴァの秘密が隠されているというのだろうか?私は恐れで肌が粟立つのを感じると同時に、どうしても壷の中を見たいという強い衝動に駆られた。
壷はいよいよ激しく、かたかたと蓋を鳴らした。もう中身が飛び出さんばかりの勢いであった。そこまで壷が揺れることは珍しいことなのだろうか、族長がつと祝詞をやめて立ち上がり、そちらのほうへと近づいた。私は必死で目を凝らし、壷の中身を見ようとしたが、族長の背中が邪魔になって見えない。冷たい汗が、私の額、それから背中を伝って落ちた。私が再度目を凝らしたその時―
ガチャン!凄まじい音がして、壷が祭壇を落ちた。族長は思わず飛び退った。壷が割れることはなかったが、中身が床にぶちまけられた。壷の中身は、黒く変色した小さな骨だった。何の骨だろう?動物の骨だろうか?私は目を擦って見た。骨片はかたかたと音を鳴らして互いに近づき、人間の形になった。あれは動物の骨ではない、人間の骨だ!それもまだ小さい、恐らくは赤子の骨・・・。
族長は額に汗を浮かべ、再び祝詞を始めたが、誰も応えるものはない。人々は恐れ慄き、竦みあがったままただ骨の行方を見守った。族長の祝詞を唱える声と、途切れることのない太鼓の音、クヴァが床を踏み鳴らす音、そしてかたかたという骨のかち合う音だけが、仄暗い松明の光の中で響いた。
その時私は瞬時に悟った。あの骨は、クヴァの双子の片割れに違いない。私にはクヴァが双子で生まれたことなどそれまで知る由もなかったが、あの赤ん坊の骨は、生まれてすぐに神の国へ送られたクヴァの双子のきょうだいに相違なかった。この村では双子が生まれると、同じ人間が二人生まれることと看做される。同じ人間が二人地上に存在することはできない。だから双子のうちの一人は、もう片方を護る神として、神の国へと送り返される。即ち、生贄として殺されるのだ。そして地上に残った一人は、強力な神の憑坐として、神の国にいる双子の片割れの言葉を、儀式において人々に伝えることとなる。何故皆がクヴァを畏れたのか、今や幼い私にもはっきりした。皆は、神の国に守り神を持つ者としての類稀なるクヴァの力、神の憑坐としての力を畏れたのだ。
「この・・・、村に・・・、今夜・・・、災いが・・・」
搾り出すような低い声で、クヴァが言った。否、それはおそらく、クヴァが言ったのではない。クヴァの口を借りて、神の国にいるクヴァの双子の片割れが言ったのだ。それは私が全く聞いたことのないような、普段のクヴァの声とは全く違う、金属が軋む音にも似た声であった。
「誰かそこにいる!」
突然、小屋の中の誰かがこちらを指差して叫んだ。皆は一斉に、私のほうを見た。私が儀式を覗き見ていたことに皆が気付いたのだ!口の中がからからになり、私はその場にくずおれそうになった。が、次の瞬間、私はあらん限りの力を振り絞ってその場を逃げ出した。
逃げる道すがら、鬼火にも似た不気味な光が幾つも目に入った。あれは何であろう?あれがクヴァの伝えた禍なのか?だが目を凝らす間もなく、私は家へと急いだ。家では、祖父と祖母、そしてクヴァの赤ん坊が眠っていた。彼らは村を襲うであろう災いのことなど何も知らない。私は滑るように寝床へ潜り込み、ただ怖ろしさにうち震えた。
がたり、と突然家の扉が鳴った。禍が、私たちの家の扉を叩いたのだろうか?私は恐る恐る目を開け、扉のほうを見た。そこにいたのは、いつになく殺気立った父と母、そして正気に返ったクヴァと、嫂の姿であった。彼らは皆汗を流し、爛々と目を光らせ、こちらのほうを見ていた。私のしたことがばれてしまったのだろうか?私は思わず、再び目を閉じた。
「寝ている場合じゃない。早く、高台のほうへ逃げるんだ!」
クヴァの声がした。
「一体何の騒ぎじゃ」
目を擦りながら、祖父と祖母が起き出してきた。
「儀礼はまだ行われているはずであろうに、一体どうした?」
「白い入植者たちの急襲だよ!」
戦闘のために化粧を施し、呪具を身につけながら母が叫んだ。
「クヴァとアーディア、それからあなたは早く戦闘の準備を。お義父さんとお義母さんは、エゥリと赤ん坊を連れて早く高台のほうへ逃げて下さい!」
祖父と祖母は頷いた。祖母は赤子を背負うと、私の手を引いて言った。
「さあ、早くここを出るよ!」
家を出ると、それは大変な騒ぎであった。逃げ惑う老人や子供、それから戦闘の準備を慌てて整えた大人たちで、村落のなかはごった返していた。私は先程見た鬼火のほうを見遣った。私が鬼火と思ったのは、実は入植者たちの松明の炎だったのだ。ひゅん、と音がして、松明のほうから火矢が打ち込まれた。火矢は食料庫に当たった。草で編んだ高床の食料庫はあっという間に燃え上がり、私たちが貯め込んだ備蓄の食料は全て灰になってしまった。
「何してるんだい、早く!ぐずぐずしてると、この家も燃えちまうよッ!」
祖母が私の手を引いた。赤ん坊が目を覚まし、泣き出した。私たちは高台へと走った。だが走る道すがら、私はクヴァのことが気掛かりだった。この禍、入植者の急襲は、私が儀式を覗いたことで起こったことなのだろうか?もしそうだとしたら、クヴァはどうなる?儀式を中断されたことで、聖なるトーテムはお怒りになられたのだろうか?いてもたってもいられなくなった私は、祖母の手を振り払った。
「あっ、どこへ行く!」
祖父の声がした。だが私は構わず、どんどん村のほうへと戻った。




