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黒い骨  作者: 山野絢子
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第2章

 子供の頃、私の家には私を含め、八人の家族がいた。祖父と祖母、父と母、兄とその妻と赤ん坊、それから私だ。私の家族は、外部の者が見ると他の家族と何ら変わるところのない、普通の家族に見えただろう。だが私たちの家族を、部族の皆は恐れた。他の家族に何か良くないことが起こると、うちには必ず贈り物が届けられた。

 皆が私たちの家族を恐れる理由は、兄クヴァにあった。クヴァには特別な力があると、部族の中では信じられていた。ただ、その力が何であるのか、儀式への参加が許されぬ子供であった私には、まるで知る由もなかった。私は父と母、それから祖父と祖母に、何故皆はクヴァを恐れるのか、クヴァに宿る力がどういうものなのかと問うてみたことがあるが、誰も彼もただ「おまえもじきにわかる」と言うばかりなので、私には何一つ明らかになることはなかった。勿論私は、クヴァ自身にも同じ問いかけをしたことがある。だがクヴァは微笑んだまま、黙して語ることはなかった。

 「クヴァに言いつけるぞ」―子供の頃に友達と喧嘩になった際、私はよくそう言ったものである。そう言うと他の子供たちが、皆散り散りに逃げていくのが愉快であった。勿論彼らも、クヴァに宿る力の秘密を知っていたわけではないだろう。ただ彼らは大人たちから、クヴァの怒りを買ってはならないときつく教え諭されていたに違いない。

 皆に恐れられる反面、クヴァは皆の、とりわけ儀式に参加することの許されない子供らや若い娘たちの憧れと畏敬の対象であった。クヴァは優れた戦士であった。白い部族の化粧を全身に施し、我等がトーテムである熊の毛皮、そして動物の骨で作った呪具で身を飾ったクヴァの凛々しい姿。丈高くすらりとした身を翻すような狩りの際の身ごなし、長い槍を翳すその佇まいは、まるで我々を護るために地上に舞い降りた太古の若い男神さながらであった。私の知る限り、クヴァはそれまでの狩で獲物を仕留め損なったことは一度もなかった。そうしたことも、畏怖と憧れを呼び起こす要素であったのだろう。

 そして私は、クヴァを兄として持ったことを誇りに思った。他の子供たちが、クヴァの力はどこから来るのか、いつもその話をすることが私には自慢だった。子供たちはクヴァの力について、想像を逞しくしてあらゆる憶測を巡らした。クヴァが狩で獲物を仕留め損なうことがないのは、成人の儀式で動物のトーテムではなく火や水の精霊を見たからだ。否、それだけでは皆が彼を恐れる理由にはならない。クヴァは太古の神の生まれ変わりなのだ―等等。子供たちの誰もがクヴァに憧れ、クヴァのようになりたいと願った。だからこそ皆は、クヴァの力の源が何であるか、何がクヴァを特別にしているのかを、執拗に知りたがったのだ。

 私が儀式の秘密を知るきっかけとなったあの時、村の平和が乱される元凶となったあの時。ああ、あの時私に、愚かな仲間の言葉をはねつけるだけの分別があれば!だがその時は、あまりにも唐突にやってきた。そして私は、自分で物事を冷静に判断するにはあまりにも幼すぎた。

 いつものように他の子供たちとクヴァの話をしていたある日のことだ。クヴァに憧れる村の悪童の一人が切り出した。

 「クヴァの秘密は、村の儀式の中にあると思う。誰も言いはしないけれど、きっと大人たちは皆何か知っていると思うんだ」

 私はそれを聞いてどきりとした。以前父や母、そして祖父や祖母が、クヴァの力の秘密について「おまえにもじきにわかる」と私に言ったことは、大人しか入ることを許されぬ儀礼小屋と関係があるのだろうか?思わずたじろぐ私の様子を見て、他の子供たちが詰め寄った。

 「おまえは何か知っているんだろう?」

 「やっぱり、儀礼小屋に関することなのか?」

 「いつも何も知らないって言ってるくせに」

 詰め寄る仲間たちは、いつになく興奮していた。ある種の恐ろしさを感じた私は、思わずいつものように叫んだ。

 「本当に、何も知らないんだ!父さんも母さんも、クヴァも、僕には何も教えてくれやしない。本当なんだ」

 常であれば、私がこう叫べば誰も彼も、私への詰問を止めたものであった。だがこの日の遊び仲間たちは、いつもと違った。クヴァの力の秘密は、儀礼小屋の中にある―そう確信した彼らは皆私を取り囲み、責めるように問いたて続けた。

 「・・・クヴァに言いつけるぞ!」

 困惑した私は、とうとう上ずった声でいつもの台詞を口にした。皆は一斉に、私から離れた―が、この日の仲間たちは、いつものように私を解放してはくれなかった。ややあった後、仲間の一人が押し殺した声で言った。

 「では、これはどうだ?今夜、大人たちは村の儀礼小屋でいつもの秘密の儀式をやる。おまえはこっそり行って、儀式の様子を見るんだ。おまえはクヴァの弟だ。万が一見つかったとしても、クヴァは許してくれるだろう?今夜儀礼小屋へ行って、見てきたことを俺たちに教えてくれよ」

 「・・・駄目だよ、そんなことは!」

 私はこの突拍子もない提案にすっかりうろたえて叫んだ。

 「成人の儀式を済ませていないものは、誰も儀礼小屋に近づいてはならないきまりじゃないか。もしきまりを破ったら、村に災いが起こるって大人たちが・・・」

 「怖いのか」

 別の仲間が私をせせら笑った。

 「災いなんて起こるものか。おまえは本当に臆病だな。クヴァの弟だなんて言ってみたって、ちっともクヴァに似てやしない」

 私はクヴァには似ていない―遊び仲間のその一言が、私を憤らせた。私が臆病者だって?勇敢なクヴァの弟には相応しくないと?自尊心を刺激された私は、次の瞬間こう叫んでいた―

 「黴の生えた村の掟など、怖ろしいものか。見ていろ、今夜僕はきっと、儀礼の秘密を暴いてやる。僕たちの憧れるクヴァの力、それがどこにあるのか、この目で必ず見届けてやろうじゃないか―」

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