詩集:壱拾七草
:四角形の部屋
お勤めから帰ると快く迎え入れてくれる四角形の部屋
天井の蛍光灯は眩く ブラウン管の灯りは淡い 首を垂れるスタンドはぼんやりと下を照らす
蛍光灯を消し ブラウン管から光を奪うと スタンドのぼんやりとした光が部屋を覆い 陰の濃淡が空間に層を創り出す
僕はこの空間で幽玄に浸る 時間が動くのを止めたかのような幻覚 しかしそれは時計の秒針によって一秒毎に消え去る
時間が止まったこの空間こそ 僕の唯一の居場所であるから 僕は空間を否定する時計の秒針を止めてしまおうと時計に手を伸ばそうとする
時計の秒針が鳴ると僕は現実に戻り手を伸ばすのを止めてしまう しかしまた時間の止まった空間に戻り時計へと手を伸ばす そしてそれが繰り返されて僕は眠りに落ちる
:竜の居なくなった町
ある年のある日のある時間に爺は寂しい顔をして言った。
竜が見えなくなった、と。
僕には良く解らなかった。でも爺は空を仰いで悲しそうな目をするから爺に訊いてみた。
爺は竜を見たことがあるの、と。
爺は僕を見て、あるよ、と言った。
竜は空を守っていたんだ。ずっと昔から。 でも今は見えない。見えるのは飛行機だけだよ。
もう人間には竜が見えていない。空を自分のものだと思ってる。
竜は見える人がいなくなると存在しなくなるんだよ。竜とはそのようなものなんだ。
爺は悲しそうに語る。 僕は空を見上げた。そこには青空と戦闘機の飛行機雲があった。飛行機雲はジェット音と共に延びていく。
竜は見えなくなってしまった。
:僕の詩
八つ裂きにされた心と利用される信条
堪え忍び堪え忍び僕は溜まった汚物を涙と声に換えて咽ぶ
願うのは悪者の断罪
悪魔でも神様でも良い 僕の願いを訊いて
自分と同じように泣いている人がいるのだろうか
なぜ僕はその人たちと出会わなかったのだろう 僕はその人たちと上手くやれたかもしれない
しかし出会わなかったからこそその人たちと上手くやれると思うのかもしれない
真実は永久に解らない 僕に救いはないのか
僕に救いはないのか