第八章:共依存の終焉、そして無限(∞)の覚醒
聖華大聖堂の最深部、『玉座の間』。そこは、これまでの石造りの建築とは一線を画す、脈動する肉壁と魔導回路が融合した「生きた心臓部」だった。
玉座に座る少年の姿をした老王オズワルドは、手に持った黄金の指揮棒を軽やかに振った。
「素晴らしいよ、九条蓮。君は『数の力』という新しいリハビリテーションを完遂した。……だが、個の意志など、私の『絶対管理』の前では、一瞬で書き換えられる砂の城に過ぎない」
オズワルドが放ったのは、物理的な衝撃ではない。
この世界の全ての若者に埋め込まれた「奉仕種としての本能」を直接刺激する、魔導電波――『支配者の子守唄』。
「……ぐ、あああああッ!!」
九条の背後にいた数百人の若者たちが、一瞬で生気を失い、人形のようにその場に膝をついた。彼らの瞳からは反逆の炎が消え、ただ王を崇めるだけの空ろな器へと変貌していく。
「そして――ゼノ。君もだ。君の『罪』は、まだ終わっていないだろう?」
オズワルドの指揮棒がゼノを指した。
その瞬間、ゼノの右手の紋章が真っ赤に焼け付き、彼の意識を強制的に塗り潰す。
「……九条……逃げろ……。意識が……俺の、身体が……勝手に……!!」
ゼノの虚ろな瞳が九条を捉える。
彼の砕かれたはずの盾が、呪われた黒い大剣へと再構成され、九条の喉元へと突き出された。
「判定:強制執行モード。……対象、九条蓮。……これを排除し、王への献身を示す」
「……伊藤さん!!」
九条の叫びは届かない。
かつての相棒が、最強の「殺戮兵器」として九条に襲いかかる。
ゼノの剣筋は、九条が教えた『身体の遊び』を熟知しているがゆえに、回避不能の死角を正確に突いてくる。九条の身体はみるみるうちに切り裂かれ、鮮血が床を濡らしていく。
「ハハハ! 介護士同士の殺し合いか、最高のエンターテインメントだね! さあ、どちらが先に『看取られる』かな?」
オズワルドの笑い声が響く。
九条は、自身のカンストしたレベル99の力を総動員し、ゼノの連撃を耐え凌いでいた。だが、どれだけ防御に回っても、ゼノの瞳に宿る洗脳の霧は晴れない。
(……このままじゃ、殺し合うだけだ。……伊藤さん、あんたは言ったな。介護は『刑罰』だって。……自分を殺して、老人の盾になるのが、あんたの償いだって)
九条は、あえてゼノの黒剣をその身で受けた。
左肩を深く貫かれながらも、九条はゼノの懐へと飛び込む。
逃げるためではない。避けるためでもない。
九条は、かつてないほど穏やかな、そして冷徹な手つきで、ゼノの胸元――その鼓動が最も強く刻まれる場所に、右手の拳をそっと当てた。
「……伊藤さん。あんたが求めていた『自由』ってのは……こんな王の操り人形になることか?」
「…………」
「あんたの罪は、誰にも奪わせないって約束しただろ。……罪を背負って、自分の足で歩く。……それが、あんたにとっての唯一の『回復』じゃないのか」
九条の拳から、魔力ではなく、九条自身の「記憶」がゼノの心臓へと直接流し込まれる。
泥を啜った夜。共に罵声を浴びた日々。そして、不器用ながらも互いを支え合ったスラムでの時間。
「……お前の『自由』は、その程度か!!」
九条の魂の咆哮が、ゼノの精神を縛っていたオズワルドの呪糸を、内側から爆砕した。
ゼノの瞳に、光が戻る。
彼は血を吐きながらも、自らの意志で剣を捨て、九条の拳をその手で握り返した。
「…………ああ。……全くだ。……情けない姿を、見せたな」
その瞬間。
九条蓮の右手の紋章が、漆黒を突き抜けて、形容しがたい「虚無の白」へと反転した。
脳内に響くシステムボイスが、世界の限界を超えたことを告げる。
【――レベル上限、突破を確認】
【個の限界を消失。システム『カナン』の管理権限をオーバーライドします】
【レベル:99→∞(ムゲン)】
【特殊権限:『世界終末期アセスメント(ワールド・エンド・アセスメント)』解放】
「な、なんだ……その光は!? レベル99は絶対のはずだ! それ以上の力など、この世界には存在しないはずだぞ!!」
オズワルドの顔が、恐怖で引き攣る。
九条は、無限の力を纏いながら、ゆっくりとオズワルドへ歩みを進めた。
その歩みはもはや重力を無視し、空間そのものが彼を避けるように歪んでいく。
「オズワルド。……あんたの診断名が決まったよ」
九条の背後には、意識を取り戻し、咆哮を上げる数百人の若者たち。そして、隣には死を覚悟した笑みを浮かべるゼノ。
「あんたは、この世界という身体に寄生した『悪性腫瘍』だ。……家族(若者)の愛情を吸い取り、自分だけが肥え太る、最悪の末期患者だ。……もう、あんたを支えるナースコールは、どこにも鳴らない」
九条蓮、レベル∞。
介護士が辿り着いた、神をも看取る「最終宣告」が下される。




