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『異世界最強介護士〜神を看取った男たちのケアプラン〜』  作者: T.EBARA


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第六章:慈愛の檻と、泥濘の再起(リハビリテーション)

 『慈愛の間』。そこは、これまでの凄惨な戦場とは一変し、異様なほどに清浄で、それでいて吐き気を催すほどに甘い香りに満ちていた。

 天井からは無数の血管のような藤の蔓が垂れ下がり、壁面に埋め込まれた若者たちの喉元に突き刺さっている。それは若者たちを苗床にした、巨大な「生命の搾取機構」だった。

 玉座に座る聖母エレナが、慈悲深い微笑を浮かべて立ち上がる。

「あら……かわいそうな迷い子たち。そんなに険しい顔をして、誰を傷つけようというのかしら?」

「アセスメントするまでもない。あんたがこの世界の『病巣』そのものだ」

 九条蓮が踏み込もうとした瞬間、空気が変わった。

 エレナが指先を優しく振ると、大聖堂全体が「母親の胎内」のような温かい魔力に包まれる。それは闘争心を、殺意を、そして九条が積み上げてきた「介護士としてのプライド」さえも、甘い綿菓子のように溶かしていく。

「無駄よ、九条蓮。私の能力――『聖母の揺りマザーズ・ララバイ』は、あらゆる『個の意思』を無効化する。暴力も、あなたが誇るその『技術』でさえも、私への『甘え』として吸収されるの」

「ぐ、あ……ッ!!」

 九条は膝から崩れ落ちた。指先一つ動かせない。隣ではゼノが盾を掲げようとするが、エレナがその盾に触れた瞬間、強固な魔導銀が「赤子の産着」のように柔らかく変化し、霧散した。

「ゼノ……あなたもよく頑張ったわね。金のために人を殺し、その罪悪感から逃げるために、醜い老人たちの盾になった。……でも、もういいのよ。私がすべてを飲み込み、あなたを『無垢な赤子』に戻してあげる」

 エレナの指がゼノの頬を撫でる。その瞬間、ゼノの逞しい右腕が、見る間に細く、頼りなく退行していく。筋肉が削げ、関節が未発達な乳児のようにふにゃふにゃと曲がる。

「九条、逃げ……ろ……。こいつは……概念そのものを……書き換えて……」

 ゼノの言葉も続かない。九条は、エレナの足首を掴もうと必死に手を伸ばしたが、彼女の肌から放たれる「全肯定の魔力」が、九条の右手の紋章――彼が異世界で得た唯一の牙――を、内側から食い荒らしていった。

【警告:解析不能。……対象を『人間』として認識できません】

【警告:自己定義の崩壊……レベル、急落を開始します】

「おやすみなさい、私の可愛い坊やたち」

 エレナが慈悲深く、そして残酷に右手を振り下ろした。

 凄まじい閃光が二人の意識を焼き切り、九条のレベルは88から12へと、一気に転落した。

 もはや抵抗する力すらない二人の身体は、蔓によって大聖堂の外へと弾き出され、遥か下の「廃棄場スラム」へと投げ捨てられた。

 ……降りしきる雨の冷たさと、鼻を突く「腐った生ゴミと排泄物」の臭いで、九条は意識を取り戻した。

「……あ、あぁ……」

 指一本動かせない。全身の骨が軋み、肺が泥水を吸い込んで激しくむせる。

 隣には、右腕が子供のように細く縮み、虚ろな目で空を見上げるゼノが転がっている。

 九条の右手の紋章はひび割れ、かつての輝きは失われ、ただの薄汚れた痣と化していた。

 絶望。

 介護士として、救う側に立ち、裁く側に立っていた九条が、今や誰かに「救われなければ死ぬ」という、最も嫌っていた側の立場に叩き落とされたのだ。

「……あ、いた! ここだ、ここにいるぞ!!」

 泥を撥ねる足音。

 現れたのは、カナン村の少年、テオだった。その後ろには、九条がかつて「効率的に老人を排除した」村々の若者たちが、怯えながらも必死に九条を探していた。

「……テオ……。逃げ……ろ。俺は、もう……ダメだ……。アセスメントも、スキルも……何も……ない」

 九条は泥を啜りながら、弱々しく首を振った。自分にはもう価値がない。誰かを守ることも、殺すこともできない。

「何言ってるんだよ、九条さん!」

 テオが、九条の泥にまみれた身体を、力いっぱい抱き起こした。

 

「あんたが教えてくれたんだろ! 『老人は、一人じゃ立てない』って! 『助けてって言わなきゃ、死ぬだけだ』って! ……今のあんたも同じだよ! 一人で立てないなら、僕たちが支えてやるよ!!」

 若者たちが次々と集まってきた。

 彼らは、九条が異世界に来て初めて「助けた」者たちだ。

 一人は九条の頭を膝に乗せ、泥を拭う。一人はどこからか持ってきた薄汚れた布をゼノに着せ、その縮んだ右腕を優しく包み込む。

 ――清拭せいしき

 ――体位変換。

 ――栄養補給。

 九条がかつて「仕事」として行い、そして「暴力」として転用した技術を、今、彼は「愛」として受けていた。

「……ハッ。……俺が……介護される側に、なるなんてな……」

 九条の頬を、涙ではない何かが伝った。

 テオが差し出した、濁った泥水の混じったスープ。それを一口飲み込んだ瞬間、九条の心臓が激しく、そして深く拍動した。

(……そうだ。俺は、忘れてた。……介護は、一対一の支配じゃない。……弱者が、弱者のまま、共に生きていくための『連帯』なんだ)

 紋章が、再定義を開始する。

 個の武勇ではなく、周囲の若者たちの「生きたい」という意志を束ねる、真の反逆の炎。

【条件達成:『被介護体験』によるアセスメントの完遂】

【スキル再定義:『地域包括的叛逆コミュニティ・レベリオン』への進化を開始】

【レベル、再上昇――12→25……40……】

「テオ……。みんな。……俺に、あんたたちの手を貸してくれ。……あの聖母の『偽物の慈愛』を、俺たちの『生々しい怒り』で、ぶち壊しに行くぞ」

 泥濘の中から、九条蓮が立ち上がる。

 その瞳には、もはや「支配者への復讐」ではなく、「共に生きるための闘志」が宿っていた。


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