第五章:死霊の晩餐と「精神的口腔ケア」
王都の地下、古の英雄たちが眠るはずの『大霊廟』。
そこは、死臭と、使い古された雑巾が腐ったような、鼻を突く「老人特有の口臭」で満たされていた。
四天王が一人、呪詛のババ・ヤガ。
彼女は、死した老人たちの魂を現世に繋ぎ止め、その「死に際の呪い」を魔法へと変換するネクロマンサーだ。
「……ヒヒッ、来たねぇ。新しい『奉仕種』の匂いだ。若くて、瑞々しくて、絶望に満ちた最高の魂だ」
暗闇の中から、無数の「発光する老人たちの首」が浮かび上がる。
それらは皆、生前の苦しみや怒りを顔に張り付かせ、ガチガチと歯を鳴らしていた。
「九条、気をつけろ。……あれはただの霊じゃない。この世界の『システム』に還元され損ねた、老人の純粋なエゴの塊だ」
ゼノが盾を構えるが、彼の「敬意」の魔法は、死者にまでは通用しない。
死霊たちはゼノを無視し、九条に群がった。
「金を出せぇ……」「腰が痛い……」「お前が、お前が殺したんだぁ……!」
死霊たちの口から放たれるのは、物理的な衝撃波を伴う「呪言」。
九条は、その一言一言に、かつて施設で浴びせられた罵声の記憶をフラッシュバックさせる。
(……やめろ。……俺は、精一杯やった。……あんたたちの最期を、守ろうとしたんだ……!)
九条の膝が折れる。死霊たちが彼の四肢に食らいつき、その若々しい生命力を直接啜り始めた。
視界が急速に狭まり、バイタルが危険域を示す。
【警告:精神汚染が進行中】
【対象:九条蓮の『自己肯定感』が限界値まで低下】
「ヒヒヒッ! そうだ、そのまま干からびちまいな! 老人のために尽くし、老人のために消える。それがお前ら若者の、唯一の価値なんだよ!」
ババ・ヤガが哄笑する。
だがその時、九条の右甲にある紋章が、これまでにない「黒い脈動」を放った。
【――アセスメント、強制再起動】
【対象:死霊群、および媒介者ババ・ヤガ】
【異常検知:口腔内の不潔、義歯の汚染、および『言葉の腐敗』】
「……ああ、そうか。……分かったよ」
九条が、ふらりと立ち上がった。
彼に食らいついていた死霊の一人の口内に、彼は躊躇なく素手を突っ込んだ。
「……あんたたちの言葉がこんなに汚いのは、心が腐ってるからじゃない。……ただ、口の中が汚いからだ」
九条の指先から、高濃度の魔力――『洗浄』の波動が放たれる。
【スキル発動:『精神的口腔ケア(スピリチュアル・スワブ)』】
死霊の口から、どす黒い液体が溢れ出した。それは長年蓄積された怨嗟と、物理的な汚物。
九条がその指を弾くと、死霊の表情から苦痛が消え、まるで憑き物が落ちたように光となって霧散していく。
「九条、お前……呪いを『洗浄』しているのか!?」
「伊藤さん。……介護士の仕事は、汚物を拒絶することじゃない。……それを取り除き、本来の姿に戻してやることだ」
九条の足元に、システムの光が渦巻く。
【レベル上昇:45→52……60!!】
【特殊称号『死の清掃人』を獲得】
【パッシブスキル『不潔恐怖症』が覚醒:周囲の負のエネルギーを無効化します】
「……さて。ババア。あんたの口も、だいぶ汚れてるな」
九条は、驚愕に目を見開くババ・ヤガに向かって歩き出す。
彼女が放つ死霊の壁を、九条はただの「ゴミ捨て場」を見るような冷めた瞳で通り抜ける。
「な、何なんだい、あんたは! 私の呪いが……何百年も積み上げた呪詛が、ただの『汚れ』だっていうのかい!?」
「ああ。……あんたの魔法は、ただの『手入れを怠った老人の愚痴』だ。……そんなものは、うがいで十分だ」
九条はババ・ヤガの細い首を掴み、無理やりその口を開けさせた。
「……入れ歯洗浄剤代わりだ。地獄まで、スッキリして行きな」
九条の掌がまばゆく発光する。
【極点スキル習得:『強制帰天』】
「――バイバイ。お疲れ様でした」
一閃。ババ・ヤガの身体は、彼女が操っていた数万の死霊とともに、純白の光の中に融解した。
残ったのは、静まり返った霊廟と、鼻に抜けるようなミントの爽やかな残り香だけだった。
【レベル上昇:60→68】
【リワード:『魂の整理』を獲得】
九条は、自らの震える手を見つめた。
レベルアップによる万能感。だが、その瞳にはかつての熱意はなく、ただ深い虚無が宿っている。
「……あと、二人か。……サキュバス。あんたの正体、だいたい見えてきたぞ」
ゼノは何も言わず、九条の背中を静かに見守っていた。
二人の歩みは、もはや止まらない。王都の最奥、聖母エレナが待つ『慈愛の間』へと続く。




