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『異世界最強介護士〜神を看取った男たちのケアプラン〜』  作者: T.EBARA


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第三章:鏡像の看取り(ダブル・アセスメント)

目覚めたとき、九条蓮を包んでいたのは、冷たく湿った石の匂いと、微かな「沈香」の香りだった。

 そこは、王都へ続く峡谷の最深部に築かれた、聖騎士団の地下独房だった。壁には若者から吸い上げた生命エネルギーを循環させる魔導回路が血管のように走り、微かな脈動を刻んでいる。

「……気がついたか。今の君に『おはよう』と言うのは、少し皮肉が過ぎるかな」

 格子戸の向こう側に、男が立っていた。

 純白の法衣に身を包み、非の打ち所のない端正な容姿。だが、その瞳だけは、この世界の光を一切反射しない「死体」のそれだった。

「……ゼノ。……いや、伊藤誠司」

 九条がその名を呼ぶと、男の肩が微かに揺れた。

 ゼノは独房の鍵を開け、質素な木の椅子を持って中に入ってきた。彼は九条の正面に座り、まるで夜勤の引き継ぎでもするかのような平坦な声で話し始めた。

「君のアセスメント能力は素晴らしい。ボリスの低栄養、ガムリの糖尿病性壊疽……プロの視点だ。だが九条、君の視点には一点だけ致命的な欠落がある」

「欠落だと?」

「君は、対象を『救うべき人間』として見ていない。……いや、かつては見ようとしていたが、今は『効率的に解体すべき故障品』として見ている」

 ゼノは自らの法衣の胸元を寛げた。そこには、心臓を直接締め上げるような黒い呪印――この世界で彼に課せられた【介護士サクリファイス】の制約が刻まれていた。

「俺は、前世で何十人もの老人を殺した。……金のために、あるいは単なる憂さ晴らしに。動けない相手の首を絞めるのは、赤子の手をひねるより容易たやすかった。……死刑執行の瞬間、あのサキュバスが現れて言ったんだ。『お前は老人を蔑んだ。ならば、永遠に老人に仕え、その汚物を拭い、その罵声に耐えることで、魂を摩耗させ続けろ』とな」

 ゼノの声には、一切の感情が乗っていない。それが逆に、彼が受けている「刑罰」の苛烈さを物語っていた。

「この世界の『聖老』たちは、俺の盾に守られ、俺の献身によって肥え太る。俺が彼らに敬意を払えば払うほど、俺の魔力は高まり、同時に俺の魂は削られていく。……九条、俺にとって介護は『拷問』なんだよ。そして君にとって、介護は『復讐』だ」

 九条は拳を握りしめ、地面を殴りつけた。

「……同じにするな! 俺は救いたかった! 祖父のような、尊厳ある死を守りたかったんだ。……でも、あいつらはそれを踏みにじった! 感謝もせず、当たり前のように若者の命を食い潰す! そんな世界、壊して何が悪い!!」

「壊すのは簡単だ。だが、壊した後に残るのは、さらなる荒野だけだ」

 ゼノは立ち上がり、独房の壁にある魔導回路に手を触れた。

「この世界の理を見せてやろう。君が殺した老人の生命エネルギーが、どこへ行くのかを」

 ゼノの魔力が回路に流れ込むと、壁が透過し、王都の中枢部が投影された。

 そこには、巨大な培養槽の中で微睡む、数百人の「赤子」たちがいた。

「……なんだ、これは」

「王都の支配者、オズワルドが作り出した『次世代の苗床』だ。聖老たちが死ぬと、その魔力はこの赤子たちに転送され、彼らは生まれた瞬間から『完璧な老人』として教育される。……この世界には、最初から『若者』なんて存在しないんだよ。俺たち奉仕種は、ただの使い捨てのバッテリーに過ぎない」

 九条は息を呑んだ。

 自分が老人を殺せば殺すほど、システムはそれを資源として回収し、新たな支配者を生み出している。自分の復讐さえも、この狂ったシステムの歯車の一部でしかなかった。

「……じゃあ、どうしろって言うんだ。黙って、あいつらの尿瓶を洗って死ねって言うのか」

「いいや。……だから、俺は待っていたんだ。……システムそのものを『アセスメント』し、その根源的な病巣を切り取れる男を」

 ゼノが九条に向かって手を差し伸べた。

 その瞬間、独房全体が凄まじい振動に襲われた。

 

 ズゥゥゥゥン!!

 

 石造りの天井が、紙細工のように押し潰される。

 

「……来たか。王都の掃除屋だ」

 瓦礫の中から姿を現したのは、身長三メートルを超える、銀色のフルプレートアーマーに身を包んだ巨人だった。

 四天王筆頭、『不動のガイウス』。

 彼が担ぐ巨大な戦槌ウォーハンマーからは、周囲の物質を文字通り「押し潰す」ほどの超重力が放射されていた。

「ゼノ……。反逆者と密談か。……貴様のその盾、ワシの重力でひしゃげさせてくれよう」

 ガイウスの声は、金属が擦れるような不快な響きを持っていた。

 九条は、咄嗟に【バイタル・リーディング】を起動した。だが、ガイウスの鎧はあまりにも厚く、情報の読み取りを阻害する。

(……見えない。……いや、待て)

 九条の鼻が、わずかな、しかし決定的な「臭い」を捉えた。

 重厚な鎧の隙間から漏れ出る、古い包帯と膿が混ざったような臭い。

(……この臭い、覚えがある。……褥瘡(床ずれ)だ。しかも、第四ステージ……骨まで達している深部損傷の臭いだ)

「伊藤さん! あいつ、あの鎧を一度も脱いでいない! 重力の魔法を維持するために、自らの体重で自分の肉体を壊死させているんだ!」

「……なるほど。自己犠牲の果ての不動か。……皮肉なものだな」

 ゼノが透明な盾を展開し、ガイウスの重力波を受け止める。

 ギィ、ギィ、とゼノの骨が軋む音が独房に響く。

「九条、行け!! 君の指先で、あの『不動』の嘘を暴いてやれ!」

「……了解だ。……あんな重い鎧を着たまま、一生寝たきりにしてやるよ!!」

 九条蓮、異世界における真の「外科的看取り」が、今、始まった。

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