第二章:断罪の巡礼、あるいは死の臨床(アセスメント)
カナン村を血の海に沈めてから、二週間が経過した。
九条蓮は、乾いた風が吹き抜ける荒野を、一人歩いていた。
彼の背後には、かつて「聖老」と呼ばれた者たちの死体が転がっている。彼らは一様に、暴力による破壊ではなく、自らの身体が抱えていた「綻び」を九条に突かれ、自壊するように果てていた。
九条の右手の紋章は、看取る(殺す)たびに黒い光を増し、脳内に響くシステムボイスは冷徹に彼の進化を告げ続けている。
【レベル上昇:12→15】
【パッシブスキル:『死の予後予測』がランクアップ】
【対象の既往歴、現在のバイタル、および死に至るまでの残り時間を可視化します】
「……ふん。これじゃあ、戦いじゃない。ただの『強制的な看取り』だ」
九条は自嘲気味に呟き、次の村――『甘露の都・エデン』へと足を踏み入れた。
エデンの村は、鼻を突くような「甘い匂い」に満ちていた。
それは花や果実の匂いではない。若者たちの血液から糖分だけを魔導的に抽出し、精製した『聖蜜』の臭いだ。この村の聖老たちは、その蜜を常用することで、不老に近い快楽を得ている。
だが、プロの介護士である九条の鼻は、その甘さの裏に隠された「腐敗の兆候」を逃さなかった。
(……甘い匂いの中に混じる、アセトン臭。それに、わずかに鼻を突く壊疽の臭気。ここの連中、魔力で誤魔化しているが、全身の血管がボロボロだ)
九条が広場へ出ると、そこには豪華な椅子にふんぞり返る老人――村長ガムリがいた。
ガムリの肌は、蜜の影響で異様に赤ら顔(多血症様)であり、むくみが激しい。
「何だ、見慣れぬ奉仕種がいるな。……おい、ワシの足がまた痺れる。揉め。丁寧に、心を込めてな」
ガムリが太った足を差し出す。九条は無言で近づき、その足を観察した。
【アセスメント開始:聖老ガムリ】
【状態:高血糖性末梢神経障害、および下肢血流障害(ASO)】
【特記事項:足趾の感覚消失、皮膚の脆弱化】
「……揉んでほしいのか? あんた、自分の足がどうなっているか分かってないのか」
九条の冷たい声に、ガムリが目を見開く。
「何を――」
「あんたの足、もう死んでるよ」
九条はガムリの足の甲を、軽く指先で叩いた。
通常なら痛みを感じるはずの動作だが、ガムリは何も感じていない。
「痺れるんじゃない。感覚が死んで、神経が悲鳴を上げているんだ。……あんたたちが若者の血から啜った蜜のせいで、細い血管はすべて詰まり、神経は糖に焼かれた。指の先は、もう腐り始めている(足壊疽)」
「貴様、何をデタラメを! ワシの体は魔力で満ちて――」
「魔力は血管を治しちゃくれない。むしろ、不自然な高エネルギーが、あんたの微小循環をさらに破壊している」
九条はガムリの足を掴み、無造作にその「踵」を石畳に叩きつけた。
――グシャッ、と。
枯れ木が折れるような音ではなく、熟れすぎた果実が潰れるような不快な音が響く。
感覚がないガムリは、自分の骨が砕けたことさえ、視覚で確認するまで気づかなかった。
「ひ、ぎゃあぁぁぁぁ!! 痛い! 痛いぞぉ!!」
「今さら痛みを感じたか? 遅いんだよ。……あんたたちが若者に強いた絶望は、もっと長くて、もっと深い」
九条は、パニックに陥ったガムリの頸動脈に指を当てた。
「あんたの心臓、この過負荷に耐えられないぞ。高血糖による浸透圧の異常……今、この瞬間に心不全(心原性ショック)を起こしてやる」
九条の右手が黒く輝く。
【スキル発動:『強制脱水』】
ガムリの体内を循環していた過剰な糖分を、九条の魔力が強制的に「結晶化」させる。
一瞬にして血液の粘度が限界を超え、ガムリの心臓は最後の、そして最も激しい鼓動を打って停止した。
「……看取り完了だ。次は、そこの杖を突いているあんた。……リウマチで指がその角度に固まっている(白鳥の首変形)なら、その杖を握り直すのに三秒はかかるな。……その三秒が、あんたの余命だ」
九条は、返り血を拭うことさえせず、次の獲物へと視線を向けた。
エデンを滅ぼし、九条の悪名は王都へと届いた。
彼が次に訪れたのは、切り立った崖に囲まれた『静寂の峡谷』。そこには、王都直属の「聖騎士団」が、若者を捕縛するための関所を設けていた。
そこで九条は、今までの老人たちとは明らかに違う、「静かな狂気」を纏った男と出会う。
純白の法衣。汚れ一つない盾。
その男――ゼノ(伊藤誠司)は、跪き、祈りを捧げていた。
彼の前には、ガタガタと震える一人の老人がいる。ゼノはその老人の汚れた足を、まるで聖遺物を扱うかのように丁寧に拭いていた。
「……汚らわしい。前世で人を殺しまくった手が、今さら聖人ごっこか?」
九条の声に、ゼノはゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、深淵のように暗く、それでいて鏡のように澄んでいた。
「……九条蓮か。……君の言う通りだ。俺の手は血に塗れている。だからこそ、俺はこの『介護』という名の刑罰を全うしなければならない」
「刑罰? あんたは、こいつらを守っている。俺の邪魔をするなら、あんたもろとも看取ってやるよ」
九条が踏み込む。
【アセスメント】により、ゼノの体調を読み取ろうとする。
だが――。
【エラー:対象から既往歴を検知できません】
【エラー:対象の生命活動は『定義』されていません】
「……なんだと!?」
「君の『解放』は、相手の弱さを突くもの。……だが、俺は自分を捨てた。老人のための器となり、彼らの苦痛をすべて肩代わりする壁となった。……君の怒りは、俺の盾を突き抜けることはできない」
ゼノが盾を掲げた瞬間、九条の全身に凄まじい「敬意」の重圧がのしかかった。
それは精神的な拘束ではない。肉体が、強制的に「老人に仕えるための動作」以外を拒絶する、絶対的なシステムの法。
「ぐ、あああああッ!!」
「九条。……俺たちは、同じコインの裏表だ。君は殺すことで解放し、俺は守ることで縛り付ける。……一度、じっくりと話をしようじゃないか」
九条の意識は、ゼノが放つ聖なる光の中に飲み込まれていった。




