表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界最強介護士〜神を看取った男たちのケアプラン〜』  作者: T.EBARA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/14

第二章:断罪の巡礼、あるいは死の臨床(アセスメント)

カナン村を血の海に沈めてから、二週間が経過した。

 九条蓮は、乾いた風が吹き抜ける荒野を、一人歩いていた。

 彼の背後には、かつて「聖老」と呼ばれた者たちの死体が転がっている。彼らは一様に、暴力による破壊ではなく、自らの身体が抱えていた「綻び」を九条に突かれ、自壊するように果てていた。

 九条の右手の紋章は、看取る(殺す)たびに黒い光を増し、脳内に響くシステムボイスは冷徹に彼の進化を告げ続けている。

【レベル上昇:12→15】

【パッシブスキル:『死の予後予測プログノーシス』がランクアップ】

【対象の既往歴、現在のバイタル、および死に至るまでの残り時間を可視化します】

「……ふん。これじゃあ、戦いじゃない。ただの『強制的な看取り』だ」

 九条は自嘲気味に呟き、次の村――『甘露の都・エデン』へと足を踏み入れた。

 エデンの村は、鼻を突くような「甘い匂い」に満ちていた。

 それは花や果実の匂いではない。若者たちの血液から糖分だけを魔導的に抽出し、精製した『聖蜜ホーリー・シュガー』の臭いだ。この村の聖老たちは、その蜜を常用することで、不老に近い快楽を得ている。

 だが、プロの介護士である九条の鼻は、その甘さの裏に隠された「腐敗の兆候」を逃さなかった。

(……甘い匂いの中に混じる、アセトン臭。それに、わずかに鼻を突く壊疽えその臭気。ここの連中、魔力で誤魔化しているが、全身の血管がボロボロだ)

 九条が広場へ出ると、そこには豪華な椅子にふんぞり返る老人――村長ガムリがいた。

 ガムリの肌は、蜜の影響で異様に赤ら顔(多血症様)であり、むくみが激しい。

「何だ、見慣れぬ奉仕種がいるな。……おい、ワシの足がまた痺れる。揉め。丁寧に、心を込めてな」

 ガムリが太った足を差し出す。九条は無言で近づき、その足を観察した。

 

【アセスメント開始:聖老ガムリ】

【状態:高血糖性末梢神経障害、および下肢血流障害(ASO)】

【特記事項:足趾あしゆびの感覚消失、皮膚の脆弱化ハイリスク・フット

「……揉んでほしいのか? あんた、自分の足がどうなっているか分かってないのか」

 九条の冷たい声に、ガムリが目を見開く。

「何を――」

「あんたの足、もう死んでるよ」

 九条はガムリの足の甲を、軽く指先で叩いた。

 通常なら痛みを感じるはずの動作だが、ガムリは何も感じていない。

「痺れるんじゃない。感覚が死んで、神経が悲鳴を上げているんだ。……あんたたちが若者の血から啜った蜜のせいで、細い血管はすべて詰まり、神経は糖に焼かれた。指の先は、もう腐り始めている(足壊疽)」

「貴様、何をデタラメを! ワシの体は魔力で満ちて――」

「魔力は血管を治しちゃくれない。むしろ、不自然な高エネルギーが、あんたの微小循環をさらに破壊している」

 九条はガムリの足を掴み、無造作にその「踵」を石畳に叩きつけた。

 

 ――グシャッ、と。

 

 枯れ木が折れるような音ではなく、熟れすぎた果実が潰れるような不快な音が響く。

 感覚がないガムリは、自分の骨が砕けたことさえ、視覚で確認するまで気づかなかった。

「ひ、ぎゃあぁぁぁぁ!! 痛い! 痛いぞぉ!!」

「今さら痛みを感じたか? 遅いんだよ。……あんたたちが若者に強いた絶望は、もっと長くて、もっと深い」

 九条は、パニックに陥ったガムリの頸動脈に指を当てた。

「あんたの心臓、この過負荷に耐えられないぞ。高血糖による浸透圧の異常……今、この瞬間に心不全(心原性ショック)を起こしてやる」

 九条の右手が黒く輝く。

【スキル発動:『強制脱水ハイドレーション・ブレイク』】

 ガムリの体内を循環していた過剰な糖分を、九条の魔力が強制的に「結晶化」させる。

 一瞬にして血液の粘度が限界を超え、ガムリの心臓は最後の、そして最も激しい鼓動を打って停止した。

「……看取り完了だ。次は、そこの杖を突いているあんた。……リウマチで指がその角度に固まっている(白鳥の首変形)なら、その杖を握り直すのに三秒はかかるな。……その三秒が、あんたの余命だ」

 九条は、返り血を拭うことさえせず、次の獲物へと視線を向けた。


 エデンを滅ぼし、九条の悪名は王都へと届いた。

 彼が次に訪れたのは、切り立った崖に囲まれた『静寂の峡谷』。そこには、王都直属の「聖騎士団」が、若者を捕縛するための関所を設けていた。

 そこで九条は、今までの老人たちとは明らかに違う、「静かな狂気」を纏った男と出会う。

 

 純白の法衣。汚れ一つない盾。

 その男――ゼノ(伊藤誠司)は、跪き、祈りを捧げていた。

 彼の前には、ガタガタと震える一人の老人がいる。ゼノはその老人の汚れた足を、まるで聖遺物を扱うかのように丁寧に拭いていた。

「……汚らわしい。前世で人を殺しまくった手が、今さら聖人ごっこか?」

 九条の声に、ゼノはゆっくりと顔を上げた。

 その瞳は、深淵のように暗く、それでいて鏡のように澄んでいた。

「……九条蓮か。……君の言う通りだ。俺の手は血に塗れている。だからこそ、俺はこの『介護けいべつ』という名の刑罰を全うしなければならない」

「刑罰? あんたは、こいつらを守っている。俺の邪魔をするなら、あんたもろとも看取ってやるよ」

 九条が踏み込む。

 【アセスメント】により、ゼノの体調を読み取ろうとする。

 だが――。

【エラー:対象から既往歴を検知できません】

【エラー:対象の生命活動は『定義』されていません】

「……なんだと!?」

「君の『解放』は、相手の弱さを突くもの。……だが、俺は自分を捨てた。老人のための器となり、彼らの苦痛をすべて肩代わりする壁となった。……君の怒りは、俺のサクリファイスを突き抜けることはできない」

 ゼノが盾を掲げた瞬間、九条の全身に凄まじい「敬意」の重圧がのしかかった。

 それは精神的な拘束ではない。肉体が、強制的に「老人に仕えるための動作」以外を拒絶する、絶対的なシステムの法。

「ぐ、あああああッ!!」

「九条。……俺たちは、同じコインの裏表だ。君は殺すことで解放し、俺は守ることで縛り付ける。……一度、じっくりと話をしようじゃないか」

 九条の意識は、ゼノが放つ聖なる光の中に飲み込まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ