第十章:世界の引導(ファイナル・ケア)、あるいは神の解剖
「――認めぬ。認めぬぞ、このような不条理をッ!!」
王オズワルドの叫びは、もはや少年の瑞々しさを失い、数千年の怨嗟が入り混じった濁流となって空間を震わせた。
彼の背後から伸びる数千の「老人の腕」が、王都中の瓦礫を、死体を、そして逃げ惑う家畜たちを一つに捏ね上げ、全高数百メートルに及ぶ「肉と鉄の異形」へと膨張していく。
それは、この世界が抱え続けてきた「老い」の概念が受肉した姿――『終末の王・オズワルド』。
だが、その圧倒的な質量を前にしても、九条蓮の瞳に揺らぎはない。
彼の周囲には、レベル∞(ムゲン)の権能によって具現化された、漆黒のメス、巨大な点滴器、そして無数の医療用鉗子が、銀河の渦のように展開されていた。
「……オズワルド。あんたのバイタルは既に破綻している。……その巨体、ただの『浮腫』だ」
九条が一歩、空を踏みしめる。
「スキル発動――『全領域アセスメント:終末期診断』」
九条の視界に、世界そのものの「カルテ」が投影される。
空、大地、そしてオズワルドという個体。そのすべてに流れる魔導血流が、末梢から中心部へと逆流し、うっ血を起こしている。
「伊藤さん。……いや、ゼノ。準備はいいか」
「…………殺す。……すべてを……刈り取る……」
隣に浮遊するゼノ――否、レベル『**ヌ縺ョウ帙蠕繧繝ヌ』**へと変貌した異形は、もはや言葉を介さない。
彼の背中から生えた「罪の翼」が羽ばたくたび、空間そのものが腐食し、オズワルドが放つ聖なる光を黒く塗りつぶしていく。
「死ねぇッ!! 九条蓮!!」
オズワルドが巨大な戦槌と化した腕を振り下ろす。その一撃は、物理法則を無視し、落ちる前に「対象が潰れている」という結果を確定させる。
だが、九条の指先が微かに動いた。
「『体位変換』」
グニャリ、と世界が歪んだ。
オズワルドの一撃は、九条に触れる直前で「背後」へと転送され、自らの背中を激しく打った。
さらに、ゼノが動く。
彼の「罪の爪」が空を切ると、オズワルドを覆う数千の腕が、悲鳴を上げる暇もなく腐り落ちていく。
それは攻撃ではない。ゼノが背負う「罪」が、相手の「存在の正当性」を強制的に剥奪する、概念的な消去。
「あ、が……あぁ……!? ワシの……ワシの身体が……!!」
「……まだ終わらないぞ。……次は、あんたが若者から奪った『心肺機能』を返してもらう」
九条の手元に、巨大な注射器が具現化した。
「スキル――『強制脱血:全若者の返還』!!」
九条が注射器を大地に突き立てる。
オズワルドが数千年にわたって吸い上げ、自身の延命のために貯蔵していた膨大な生命力が、大地を突き破る真っ黒な噴水となって吹き出した。
それは、若者たちの無念であり、希望であり、そしてこの世界が本来あるべき姿に戻ろうとする自浄作用だった。
「やめろ……奪うな……ワシの命を……ワシの、ワシの美しさを奪うなぁぁぁッ!!」
生命力を失ったオズワルドの巨躯が、急速に干からびていく。
瑞々しかった少年の肌は、見る間に茶褐色に変色し、深い皺が全身を刻み、眼球は窪み、歯は抜け落ちていく。
それは、数千年の時間を一度に突きつけられた、残酷なまでの「老い」の全自動進行。
「……これが、あんたが若者たちに強いてきた『時間』の正体だ。……よく味わえ、オズワルド」
九条とゼノは、空中で交差した。
九条の白い光と、ゼノのどす黒い闇。
二つの死神が、ついにオズワルドの本体――その剥き出しになった、醜悪な心臓部へと同時に手をかけた。
「――最後のアセスメントだ。……あんたの病名は『世界への執着』」
「――そして、処方箋(引導)は……俺たちの『罪』だ」
ドゴォォォォォォォォォン!!
王都を包み込んでいた暗雲が、内側から爆発する。
オズワルドという「不治の病」は、九条とゼノの最後の手術によって、塵一つ残さずこの世から消去された。
崩壊していく玉座の間。
静寂が戻った廃墟の中に、ただ一人。
あの日と変わらぬ、妖艶な笑みを浮かべたサキュバスが、パチパチと拍手しながら現れた。
「……素晴らしいわ。最高のアセスメント。最高の看取り。……おめでとう、九条蓮。そしてゼノ。……君たちは、ついに『神』を診察する権利を手に入れたわ」
彼女が指し示した先には、王都の地下深くに眠る、この世界そのものを形作る「巨大な脳」――『創造主』の本体が、不気味に、そして苦しげに拍動していた。




