第九章:終焉の回診、あるいは罪の受肉(パス)
「――レベル∞(ムゲン)だと? 笑わせるな、そんなバグのような数値が、このワシの理を超えるなどッ!」
オズワルドの叫びと共に、王都の空が真っ黒に染まった。それは雲ではない。世界中に張り巡らされた「吸命の根」が、地上のあらゆる生命――草木の一片から、生き残った若者たちの末端にいたるまで――から、その根源的なエネルギーを強引に引き抜き、王都へと集約させた結果生じた、負のオーラの奔流だった。
オズワルドの少年の肉体が、過剰なエネルギーによって異様に膨張し、背中から数千もの「老人の腕」が生え出す。その一つ一つが、かつて九条が葬ったボリス、ガムリ、そして四天王たちの怨念を握りしめていた。
「出でよ、ワシの忠実な代謝物ども! 九条、貴様が『看取った』はずの者たちが、永遠の苦痛の中で貴様を求めているぞ!!」
空間が裂け、腐敗した死臭と共に、ゾンビと化した四天王たちが這い出してきた。重力に潰されたはずのガイウスが、口腔を洗浄されたはずのババ・ヤガが、そして胸を貫かれたはずのエレナが、白目を剥き、不快な鳴き声を上げながら襲いかかる。
「……判定。……死者に用はない」
九条が指を一振りした。
レベル∞の権能。それはもはや魔法ではない。宇宙の「仕様」を書き換えるコマンドだ。
襲いかかるガイウスの巨躯が、空中で一瞬にして塵へと分解される。ババ・ヤガの呪詛も、エレナの偽りの慈愛も、九条の歩みの前では、ただの「ノイズ」として消去されていく。
だが、隣を走るゼノは違った。
レベル99という、この世界の「限界」に留まっている彼は、物理法則を凌駕した四天王ゾンビたちの物量に、徐々に防戦一方となっていく。
「くっ……九条、構わず行け! 俺は……こいつらを……!」
「ハハハ! 絆か、美しいね! ならば、その絆の『重み』に耐えられるかな?」
オズワルドが醜悪な笑みを浮かべ、指をパチンと鳴らした。
その瞬間、戦場の中央に、空間の歪みと共に数百人の人間が投げ出された。
「……え? ここ、どこ……?」
「九条さん!? 助けて、九条さ――」
テオだった。そして、スラムで九条を介抱し、共にエレナを倒したカナン村の若者たちだった。何が起きたのか理解できず、呆然と立ち尽くす彼らの頭上に、オズワルドの無数の「腕」が振り下ろされる。
「待て、やめろぉぉぉッ!!」
九条の声は、間に合わなかった。
グシャ、という、熟れた果実をまとめて踏み潰したような、生々しく、救いのない音が響き渡る。
さっきまで「生きる」ことを誓い、九条を支えていた若者たちが、一瞬にして、文字通り「ただの肉の塊」へと変えられた。テオの瞳は、九条を信じたまま、泥の中に転がった。
静寂。
九条の脳内で、レベル∞の計算回路が、処理不能な感情によってバグを起こす。
そして、隣にいたゼノの動きが、止まった。
「……あ。……あああああ…………」
ゼノの口から漏れたのは、言葉ではない。地獄の底から響くような、呪いの震動。
彼の全身から、これまでの清廉な魔力とは正反対の、粘着質でドス黒い「何か」が溢れ出した。
「オズワルド……お前は……今……俺の、唯一の『光』を、消したな……」
ゼノの肉体が、メキメキと音を立てて変貌していく。
背中から生えたのは天使の翼ではない。彼が前世で殺めた老人たちの「死に際の形相」を無数に埋め込んだ、肉の翼。右腕は肥大化し、あらゆる命を腐らせる「罪の爪」へと化した。
それは、彼が自白していた『金のために、憂さ晴らしのために老人を殺害した』という醜悪な罪そのものが、外の世界へ受肉した姿――異形のバケモノ。
ゼノの頭上に表示されたステータスウィンドウが、激しく明滅する。
【状態:罪の顕現】
【レベル:ヌ縺ョウ帙蠕繧繝ヌ】
「……殺してやる。システムも、王も、この世界の理も……全て、俺の罪の中に飲み込んでやる……!!」
ゼノから放たれた衝撃波が、王都の半分を瞬時に消し飛ばした。
レベル∞の九条と、レベル測定不能のゼノ。
二人の「死神」を前に、オズワルドの顔から余裕が消え、初めて「死」という名のバイタルサインが刻まれた。
「……伊藤さん。……いや、ゼノ。……行こうか。……こいつに、最高の『お看取り』を用意してやる」
九条の背後に、無限の数の医療器具(武器)が展開される。
最終決戦。神を看取るための、史上最悪の「手術」が幕を開ける。




