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【短編小説】ぼっちTHEパンク

掲載日:2025/12/22

 黒板に書かれた曼荼羅みたいなグラフをノートに写しているとチャイムが鳴った。

 そのチャイムとほぼ同時に、前に座っている馬鹿のスズキが振り向きざまに

「サックスやらない?」

 満面の笑みでそう言った。

 チラと見たスズキの机には数IIの教科書が置かれている。スズキは本当に馬鹿だ。いまの授業が数IIか数Bかも分かってない。


 とは言え、おれも黒板の曼荼羅が何かわからないままノートに写しているから、似たようなものかも知れない。

 写経を終えたノートを鞄に入れながら、気のない返事をした。

「サックス?あのラッパ?」

 もう少し他の言い方をすれば良かったかと思ったが、馬鹿のスズキは意に介さず

「そうそう、それ。ビッグバンドみたいなのやりたくてさ」と言って笑った。


 高校生がモテたくてバンドを始めるのはよくある話だ。

 おれたちの学校は男子校なのに、恋人がいる連中だとか童貞を卒業した奴らはやはりバンドを組んでいる。渡邊とか小川とかなんかがそうだ。

 大人のバンドマンはモテないが、ガキのバンドマンはモテる。たぶん、あの高い舞台で光が当たってるからだ。


 


 モテたい、と言うかヤりたい。

 ヤりたいと言うか、女の子と関わりたい。同じ部屋の空気を吸うだけでもいい。

 凶悪にねじれた性欲a.k.aオチンチンを適正なポジションに直しつつ

「バンドかよ」

 と気のない相槌を打った。

 いくらバンドを組むって言ったって、校内ヒエラルキー下層にいるおれたちがバンドを組んだところで逆転は起こらない。

「しかもビッグバンドだって?」

 だからこいつは馬鹿なんだよな、とスズキを見ているがやはりアホの様に笑っている。


 青写真を思い浮かべてウンウンと頷くスズキを見ながら、おれは首を横に振った。

「そんな楽器買う金ねぇよ」

 だいたい、ここ数年で触った楽器はリコーダーだけだ。親父が使ってたフォークギターも3日で諦めたしな。

 馬鹿のスズキは残念そうに項垂れた。

「そっかぁ。金管楽器隊が五人くらい欲しいんだよな。誰か知らない?」

「ハーモニカでも金色に塗っておけ」

「アハッ、それいいかも」

 馬鹿のスズキは顔を輝かせて笑った。


 おれが帰宅部のガリヒョロじゃなくて運動部のマッチョだったら、スリップノットみたいにケンカする役とかで参加できただろう。

 でも馬鹿のスズキがやりたいのはそういう大所帯のバンドじゃないだろう。

「まぁいいや、気が向いたらまた声かけてよ」

 まだ期待を捨てていないスズキに手を振って教室を出た。


 馬鹿のスズキが言っていたこともすっかり忘れていた2学期も終わろうかと言う頃、その馬鹿のスズキが数Bの授業終わりにこちらを見て

「ねぇねぇ、今度ライブやるんだ。良かったらきてよ」

 そう言ってコピーの薄いフライヤーを手渡してきた。

 渡邊とか小川と言った、スクールヒエラルキー上位の奴らが組んでいるバンドと、他校のバンドも含めて合同ライブをするらしい。


 平日の真ん中かよ。まぁガキに払える箱代で考えたらそうなるよな、と思いながら眺めていたフライヤーを二度見した。

「は?大トリ?」

「うん、あいつらが大トリやれって譲ってくれてさ」

 馬鹿のスズキは嬉しそうだった。



 だからお前は馬鹿なんだよ、と思う。

 あいつらがそうするってことは何かやるって言う事だ。素直に信じて喜んでやがる。

 スズキが上機嫌に教室を出て行ったあと、膝の辺りまでジーンズを下げた対バン企画主催の渡邊が来て「ライブ、来んの?」と煙草臭い声で訊いてきた。

「まぁ、たぶん」

 お前らが呼んだ女の子たちと同じ空気を吸えるかも知れないからな。


 渡邊は、何を考えているのか分からない目でおれを見ながら

「じゃあ、トリ前の俺たちが終わったらみんなで帰るからさ。どうせ他の友達とくるでしょ?そいつらにもよろしくしといてよ」

 そう言って振り向くと摺り足で教室を出て行った。

 まぁ、そうだよな。

 おれはその事をスズキに教えてやるか考えて、何も言わない事にした。

 社会性とか保身とかもあるし、スズキに言ったところできっと何も変わらない。

 おれに何か変えられる事なんて無いと思ったからだ。


 ライブ当日。

 学校にいる数少ないゲーセン仲間だとか麻雀仲間だとかと一緒に、4、5駅離れたライブハウスに向かった。

 見事に日陰を歩く下位カーストのおれたちとは別に、高ヒエラルキーの奴らが呼んだ女の子たちのおこぼれに預かろうと浮き足立っている奴らもチラホラ見えた。

 おれたちは勿論、ライブ帰りはゲーセンに行くか雀荘に行くかと言う相談をしていた。


 ガキの演奏会らしく、夕方の早い時間からライブは始まった。

 おれは持ち込んだ缶コーヒーを飲みながらライブハウスの隅で仲間とボソボソ喋っていると、渡邊たちのバンドがステージにやってきて演奏を始めた。

 流行りの曲をやるコピバンと言うヤツで、まぁそれくらいの方が女子ウケは良いんだろうと言う印象だった。

 音楽の事は分からない。


 甘い缶コーヒーを飲み終わる頃、ワタナベたちのバンドが持ち時間を終えた。

 そしてついに、と言うかやはりと言うか、フロアにいた客──級友たちはぞろぞろと帰り始めた。

 遊び仲間の奴らも帰りたそうにしている。

 おれはと言えば、渡邊だとかが画策した通りに動くのが何となく厭だったから残る気でいた。


「別にここで帰ったってヒエラルキーが上がる訳じゃなくない?」

 この数分、ここに残ったところでおれたちの学園生活がさらに悪くなるなんて事はない。

 帰ったっていい事は無い。

「いや、まぁそうなんだけども」と遊び仲間たちが口ごもるのも分からなくはない。

 明日、学校で気まぐれにイジられたくない気持ちも分かる。


 そうこうしている内に、馬鹿のスズキがステージに出てきた。

 ステージにはサックスはおろか、ベースもドラムもいなかった。

 ステージには馬鹿のスズキひとりだけが立っていた。

「は?あいつバンメンにも帰られたの?」

 それは嫌がらせじゃない、単なるいじめだ。

 馬鹿のスズキはギターを肩にかけると何か知らないパワーコードを掻き鳴らした。

「残ってくれた人たち、ありがとう。なんかぼっちになっちゃったけど、演るね」

 そう言って、おれたちより高い舞台で光を受けながらギターをチューニングしている馬鹿のスズキは少し恰好良かった。



 おれは光っている馬鹿のスズキを見ながら、ポケットから煙草を取り出して火を点けた。

 煙はステージのライトに照らされて綺麗な筋を作った。

  馬鹿のスズキはおれに向かっていった。

「あ、高校生は煙草吸わないでください」


 スズキ、お前は本当に馬鹿なんだな。


 おれは煙草を空き缶に突っ込んでステージに置くと、遊び仲間を振り向いて「帰ろっか」と言った。

 ライブハウスの重いドアを閉めると、馬鹿のスズキが演奏を始めたのが聞こえた。

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