第10話 妹のためなら強敵も狩ろう
とうとうネームドの敵がやってきた。
その名をブリュナ。
長い真紅の髪に褐色肌。ボディビルの大会にでも出るような女性体の魔物。
ギザギザとした刃を持った獲物を肩に乗せて挑発的に私とリンちゃんを眺めてくる。
「……外でのお散歩中に出くわすとか」
私たちの地域を担当している魔王軍幹部、亜人のデミル直属の部下だ。
見覚えのあるその姿を視界に入れた瞬間、脳がフルスロットル振り切って、無意識のうちに体がこわばっていた。
全身が一気に緊張して、細胞が警戒しろと知らせてくる。
ストーリーでは中盤、デミル戦闘前の関門である。
そんな相手が、ストーリー開始前に出てくるとか、反則でしょ。
レベル上がる前に主人公潰そうとしてくるようなもんじゃん。
「お眼にかかれて光栄だよ」
らんらんと目を輝かせるブリュナを見て、私はリンちゃんをかばうように前に出た。
「下がってて」
「でも……、って、聞かないんだよね。お姉ちゃんは」
「ありがとう」
私は微笑みかけてリンちゃんを下がらせた。
そんな私の様子を見て、ブリュナは目を丸くした。
どういう訳か少し驚いたように見える。
「ん? 今下がった嬢ちゃんがやるんじゃないのかい?」
「リンちゃんを知って」
「おいおい。当然だろう。連日姿を見せているじゃないか。アタシはその女の首を取るように言われて来たんだ。だから、あんたみたいな他の雑魚は見逃してもいんだけどねぇ」
「なるほど」
どうやら、魔王軍へも配信が筒抜けだったらしい。
おそらく霧の範囲に魔王軍の面々も入っていたことで表示されていたのだろう。
それでわざわざ私たちの村まで来たってことかな。
それも、私とリンちゃん、2人で遊んでいる瞬間を狙ってたとか。
こざかしいブリュナらしい作戦だ。
「さあ、どうなんだい? どっちがやるんだい? 犠牲が1人だろうと2人だろうと、あたしゃどっちでもいいけどね」
「どっちがやる? 私がやるに決まっているでしょう」
「犠牲が2人の方がいいのかい」
煽るような語調のブリュナを前に私は首を左右に振った。
「あなたたちの事情なんて知らない。だけど、大切なものをそうそう簡単に差し出すわけがないでしょ?」
「大切なもの、ねぇ」
腕を組みつつ、なめるように見てくるブリュナ。
そうするとたわわなお胸に目がいくけれど、私はすぐにギザギザの刃へ視線を戻す。
ブリュナは亜人にしては珍しく、肉弾戦に得物を交えてくる。
それも、他の亜人が使うような遊び目的の武器ではなく、本気の武器だ。
しかし、わかっていればどうということはない。
近接タイプなら近寄らせないまで。
指に魔力を込めて……、
「遅いね」
「速っ!」
すんでのところでバックステップ。
霧によって予備動作に気づけなければ、直撃をもらっていたかもしれない。
ひゅぅ。いいところ狙ってくるねぇ。
「やった……、と思ったんだけどねぇ。かわした? どうしてわかった」
「鈍かったんで」
「ほほう。そうかいそうかい。まるで壁でもあるように、アタシの動きが鈍ったと。それは、ここらの魔力がそうさせてるのかい?」
「そうですよ」
素直に明かすと思っていなかったのか、ブリュナはまたしても目を見張った。
感情が顔に出やすいのは他の亜人と変わりない部分だ。
だからこそ、うまく立ち回れば扱いやすい。
「お察しの通り。ここら一帯には魔力の壁が張られています」
「……厄介な」
ブリュナが歯噛みしたのが見て取れた。
とはいえ、教えるメリットは、この感情を揺さぶる以外に特にない。
だって、別にこの世界、能力を開示しても強化があったりする訳じゃないもん。
メリットがあるとすれば、相手に手の内を明かすことで隠すための力を使う必要がなくなっていつも通りの調子が出せること。
「さて、どう私を突破する?」
「あんたを突破? そんなもん後で何度だってやってやるよ。話しただろう? アタシの狙いはそっちさ」
かっぴらいたブリュナの目はちょうど私の背後、リンちゃんへと向いていた。
そんな姿勢のままで私へ向けて突っ込んでくる。
備えようと構えた瞬間、ブリュナの手元には刃がないことに気づいた。
「ようやく気づいたみたいだね。アタシは策士だ。アンタがしたように誘導もする」
「くっ」
刃と同時に動くブリュナは、私に対して拳を振り上げている。
今、生成してある壁だけでは全ての攻撃を防ぐことはできない。
こうして迷っている間にも、宙を舞う刃がきらめき、ヒュンヒュンと風を切りつつリンちゃんの方へと向かっている。
「走れぇ! 戻れぇ! アタシが気を引いているうちに! 実力者はコイツだ!」
ブリュナの急な叫び声。
遠くの森間際の場所で四方八方。私たちのいるこの場所を観察できる辺りで大量の魔力が動き出した。
なんのつもりか知らないけれど、この状況で追える量じゃない。
それに今はリンちゃんだ。
そう。そうだ。私にとっては何よりもリンちゃんじゃないか。
「私はいつもリンちゃんのために全力なんだ」
「は?」
ブリュナの声を聞き流し、私は壁を刃の下へとスライドさせた。
そのまま、リンちゃん頭上の強度を硬化。
刃の直撃を空中でいなす。
「はっ。見誤ったな。そちらを守ればお前は立てない」
「……ふっ」
リンちゃんを守れたことで思わず笑ってしまった。
刃は止まった。もう進まない。
なら、恐れるものは何もない。
「何笑って……」
ブリュナの振り抜かれた拳を私は魔力を集中させた左手で受け止めた。
「なっ」
「捕まえた。ステゴロだ。もう離さない」
「それはこっちのセリ」
何かを言い切る前に、私は顔面に拳を入れた。
1発、2発、3発。
肉弾戦を挑んできたのはそっちだ。
リンちゃんを傷つけようとしたのはそっちだ。
「な、なんだこの重さ」
「重さ? 命の重さだよ。世界に求められる。リンちゃんの命の重さ」
私は拳に込める魔力量を増やしさらに拳に込める力を強めた。
4発、5発、6発。
左手で受け止めた拳から力が抜けてきた。
「ねぇ。まだだよ。命を奪おうとした罪は重いんだよ」
「やめ」
「しゃべるな」
ラッキーセブンで殴り飛ばすと、ブリュナは地面に倒れたまま動かなくなった。
「勝った」
息を吐きながら振り返るとリンちゃんには傷ひとつついていない。
「ふ、ふふっ」
愛しの妹に傷がついていないことに私は思わず笑んでしまった。
「これがリンちゃんの加護だ」
「ないない」
リンちゃんが否定するように首を振った。
「あっはは。そっかぁ」
いつものリンちゃんの声が聞けて、私はようやく体から緊張が抜けた気がした。
ブリュナは気の抜けない相手だった。
リンちゃんに攻撃が届いてもおかしくなかった気もする。
とはいえ、相手はおおよそ強敵。
急襲とはいえ攻撃を許した以外は悪くない戦果だ。
でも、今日ばかりはこれで終わりと思えない。
いつもなら、全員で襲いかかってくる魔王軍なのに、今日はあちこちの方向へ敵が逃げた。
嫌な予感がする。
霧の奥でこれまでにない魔力が触れ、筋肉だるまのような巨体。
重厚な鎧でもまとったような身体をした、デミルの姿が見えたような気がした。
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