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【騎士令嬢とその苦悩】


 静かな部屋の中で、殿下の少し荒い呼吸音だけが響いています。朝より熱が上がってしまっているようで、侍女の方たちが頻繁に額のタオルを変え、汗を拭って差し上げていました。


 ……やはり、朝にお会いした時にとても顔色が悪かったのだから、お声がけすればよかった。殿下は私が仕事を全うしていると仰って下さったけれど、全てをお守りすると言っておきながらこの体たらく。護衛騎士失格だわ……


 落ち込んで、でももう二度とこんな失敗はしないと心に刻み込む。今の私は殿下の専属護衛騎士なのだから。


 俯いていた顔を上げて前を見る。と同時に、ノックの音が聞こえました。

 侍女の方が扉を開けると、そこにいらっしゃったのは手に花束を持った国王陛下。慌てて頭を下げて、殿下のベッドから護衛に問題ない範囲で下がります。


「よい。皆楽にしてくれ」


 静かに部屋の中へやって来た陛下は眠る殿下を痛ましそうに見つめると、「……容態は?」と侍女の方に尋ねました。


「医師の診断では、寝不足と疲労による軽い発熱とのことです。午後に再度医師を呼ぶよう手配しております」

「そうか。……やはり、夜間もどうにかせねばならんな」


 陛下のお言葉にズキリと胸が痛む。殿下は私が傍に居ない間はずっと鎧の中で過ごされていると聞いています。もちろん、就寝時もずっと。鎧の中で眠るなど、余程の戦時中でなければ騎士でも避けること。相当なご負担であると容易く想像できます。


 私自身は夜間もずっとお守りする覚悟でいましたが、「フェリシエ嬢にそこまで負担を強いるつもりはないよ」と早い段階で殿下からお断りされてしまいました。

 ……もちろん理解しています。私一人でずっと殿下をお守りするなど不可能なこと。ならば日中にお守りするのが最適なこと。

 理解しているからこそ、悔しい。私が一日中傍に置いても問題ないと思えるような、もっと頼りがいのある人間であればよかったのに。


「アルバンが目覚めたら、これを渡してやって欲しい」


 陛下が花束を侍女の方に渡すと、受け取った方は僅かに悩みながら「お飾り致しますか?」と尋ねました。


「いいや、花瓶は危険だ。そのままで良い。……花が好きだから、何もないよりは喜ぶであろう」


 溜息を吐いた陛下が悲しそうに部屋を見渡しますが、視線の先には何もありません。そう、“何もない”のです。殿下に危険が及ばないよう、家具や物など可能な限り運び出されてしまった空っぽの部屋。とても王太子殿下のお部屋とは思えません。

 こうなって(呪われて)しまう前、お花が好きな殿下は自ら摘んだ花を沢山飾られていたと聞きました。その華やかな様子を知っているからこそ、陛下はより一層お心を痛めているのでしょう。

 殿下もきっと寂しいでしょうに、そんな姿はお見せにならない……そのお心まで守れるようにもっと鍛えないと。


「そろそろ行く。医師の診察結果が出たら知らせるように。……騎士ガリアード」

「――はい」

「アルバンをよろしく頼む」

「かしこまりました。この命に代えても必ずお守り致します」


 陛下にお声がけ頂き全霊を持って礼を返すと、陛下はふと目元を緩ませて私の傍へ歩み寄り、ぽんぽんと優しく肩を叩いて下さいました。


「貴女はもう少し、肩の力を抜いたほうが良い。一度深呼吸して少し休みなさい」

「……はい。ありがとうございます、陛下」


 優しい笑顔を浮かべて去って行く陛下の背中を見送って、頂いたお言葉通りに一度深呼吸をする。

 ……私、やっぱり未熟者だわ。父様にも言われているじゃない、『力の配分を考えるように。常に全力では有事の際に足手纏いになる』って。殿下を全力でお守りするためにも、気を休められる時は休まないと。

 でも、それが一番難しい。だって殿下をお守りするのに全力を出さないなんて! ……ダメね。こういう考えから鍛え直さないと。


 軽く頬を叩いて気合を入れ直して、殿下のお傍に戻ります。今は静かに、殿下の眠りをお守りしましょう。


 侍女の方が運ぶタオルや水桶が飛んでしまうのを防ぎながら過ごしていると、午後を少し過ぎた頃、殿下がお目覚めになりました。……突然上体を起こされたので、ちょっぴり驚いてしまいました。不覚。


「殿下、おはようございます。ご体調はいかがでしょうか?」

「……フェリシエ嬢? ……あぁ、そうか……今は何時?」

「午後二時を過ぎたばかりです。まだご体調が悪いようでしたら、もう一度お休みになって下さい」


 殿下が片手を目元に当ててずっと俯いていらっしゃるのでそう声をかけると、殿下は一度口籠ってから「……変な夢を見た」とポツリと仰いました。


「変な夢、ですか?」

「……クッキーと戦う夢……」


 かわいい。


「……今のは忘れて欲しい……寝ぼけていて……」


 かわいい。


 両手で顔を覆って深く俯いてしまった殿下のお耳がほんのり赤い。発熱のせいでしょうが、照れていらっしゃるように見えてとても、それはもうとても可愛らしい。

 大変申し訳ございません殿下。私、一生忘れません。日記にも書き留めます。人生の大切な思い出として、命失うその瞬間まで何度でも思い出します。


 頬が緩んでしまうのを力ずくで抑え込んで、どうにか直立不動を保つ。

 本当は、今すぐにでも誰かに言いたい。『私の敬愛する王太子殿下がとてつもなく可愛らしいのです!』と。


 殿下はズルい方です。普段はとても落ち着いていらして、何をするにも洗練された所作のキラキラ輝く王子様なのに、ふとした瞬間に年相応の少年らしい姿をお見せになる。王子様だけでも私の心臓は暴れてしまって大変なのに、そんな一面を見せられてしまったら心臓が飛び出て行ってしまいます!

 私の忍耐力を試されているに違いありません。飛んで来る物を受け止めるのは得意ですが、飛んで行ってしまいそうになる物を抑えるにはどうすればよいのでしょう!?


 叫びだしそうな私の横へ侍女の方々がやって来て、殿下にご体調を伺ったり医師の手配がしてある旨をお伝えしたりした後、陛下からの花束を渡されました。受け取られた殿下はその綺麗なお顔をふにゃりと緩めて、愛おしそうにお花を眺めながら「父上にお礼の手紙を書きたいな」と微笑んでおられます。


 深く。深く、深呼吸をす(スゥーーーーーーーー)る。


 叫びたい。

 『私の敬愛する王太子殿下がとてつもなく綺麗で可愛らしくて愛に溢れた素晴らしいお方なのです!!』と。喉が潰れても構わないくらいの大声で、今すぐ全国民に伝えたい。


 ギュッと力ずくで堪えていると、侍女のお二人と目が合いました。

 その瞬間、私たちは心をひとつにしているのだと確かに通じ合い、目と目で頷き合います。見れば入口の護衛騎士の方々も同じように頷いていました。守りたいこの笑顔。守りましょうこの笑顔。私たちは心の中で硬く握手を交わしました。


 それからすぐにお医者様が訪れて――診察器具がいくつか飛んだので受け止めます――「熱は下がってきているので大丈夫でしょう」との診断に皆で安堵の息を零しました。


 診察後、殿下は念のためにと出されたお薬を飲んでもう一度お休みになり、再度お目覚めになった時には健康的な顔色を取り戻して、すっかりお元気になられたようでした。……本当に良かったです。


「フェリシエ嬢、遅くまで勤務させてしまって申し訳なかったね。追加の手当てを出すようにちゃんと申請しておくよ」

「とんでもないことです。殿下がお元気になられたのであれば、それが何よりの報酬でございます」


 日も落ちて月が輝き始めた時間、今日くらいは一晩中付き添うつもりでいた私に、殿下は帰って休むようにと仰いました。すごく、それはもうすごく渋って見せたのですが、「貴女が倒れてしまったら僕はとても困ってしまうから、ね?」と困り顔で首を傾げられては頷かれずにはいられません。


 そうしていつもより遅い時間に帰ることになった私を、殿下はお部屋の入口まで送って下さいました。別れる際いつもは鎧を着用なさっているので、そのままのお姿でのお見送りがとても新鮮です。


「あぁ、そうだ。少しだけ待っていて」


 そう仰った殿下は一度寝室に引き返されると、両手に陛下からの花束を持って戻られ、その花束をそのまま私へと差し出されました。

 ――私、ついに幻覚が?


「良ければ、これを貴女に。今日も一日ありがとう」

「……あの。でも、これは、陛下から殿下に……」

「フェリシエ嬢に受け取って欲しいのだけれど……花は嫌い?」

「……ッ!!」


 ダメです殿下。そのちょっと淋しそうなお顔とお声はいけません。反則です。致命傷です。


「……有難く、頂戴、致します」


 ガチガチに固まる手をどうにか伸ばして、お花を受け取ります。

 指先が、ちょんと、殿下の指に、触れてしまいました。まだ発熱の影響が残る、ほんのりと熱い指。噛み締めた奥歯からガリッと音がしました。聞こえてしまっていないでしょうか、大丈夫でしょうか。


「この薔薇なのだけれど――」


 殿下が一歩間合いを詰めてきて、ふぎゅッ、と変な声が出そうになりました。そしてそのまま花束を覗き込みながら、綺麗な指先が中央の薄紫の薔薇を指さします。近い。近いです! 近すぎです!!


「僕が温室で育てていたもので、柑橘系のとても良い香りがするんだ。花言葉は“幸せの瞬間” 是非、楽しんで欲しいな」


 超至近距離で美しく微笑まれた殿下の青空の瞳が、嬉しそうにじっと私の目を覗き込んで――あぁ、長い睫までキラキラです。永遠とも思える僅かな時間の後、その瞳がゆっくりと離れて行くと、今度は小さく手を振って下さいました。


「また明日。おやすみ、フェリシエ嬢」


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