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【専属護衛騎士の実力】

※若干ですが残酷描写がありますので、苦手な方はご注意下さい。


 殿下に襲い掛かろうとする屑共、戦闘により増えた飛来物を叩き潰しながら、庭園の入口を目指します。

 敵は中々の手練れのようで、隙あらばこちらへ向かって来るのを近衛騎士の方々が止めて下さっていますが、先程より敵の数が増えています。押さえきれなくなる前に殿下を安全な場所へお連れしなければ!


「殿下お早く!」


 殿下の歩みが遅い。懸命に付いて来て下さっているけれど、走れないのでしょうか? どこかお怪我をした? 私が背負えれば良いのですが、この状況では剣を手放せない。


「フェリシエ嬢、大事な話があるのだけれど」

「今ですか!?」

「今必要な情報だと思う」

「では立ち止まらずにお願い致します」


 飛んで来た石を剣で弾き落として殿下へと視線を向けると、殿下はとても申し訳なさそうに眉を寄せて、ポツリと仰った。


「……実は僕、走れなくて」

「やはりどこかお怪我を!?」

「……いや違うんだ。走ると、三メートル以内に絶対転ぶ」

「は?」


 そんなどんくさい人、居るんですか??

 思わずまじまじと殿下を見てしまう。私から目を逸らして瞼を伏せ、泣きそうなお顔できゅっと口元を結んでいる、走るのが下手な殿下――


「可愛らしくて大変良いと思います!」

「えっ」


 叫びたいと思ったら叫んでいた。

 いえ違うのです、こんなことを言うつもりはなく!


「大丈夫です、殿下。ならばゆっくり行きましょう。どうか足元にお気を付けて」

「本当に申し訳ない……なるべく急ぐけれど、今、絶対に転びたくなくて……」


 殿下が、胸に抱えた花束をそっと抱き寄せる。

 今日どうしても庭園に行きたいと言って、お花の選定から花束の作成まで、その水色の瞳をキラキラと輝かせながら終始楽しそうに笑顔で作り上げられた、とても大事な花束。

 殿下の想いが込められた最高の花束です、きっと贈られる方は世界で一番幸せでしょう。必ず、届けなければなりません。


「殿下、どうぞご安心下さい。殿下の大切な花束も、私が必ずお守り致します」

「……フェリシエ嬢……ありがとう」


 申し訳なさそうに俯いた殿下が瞳を潤ませながら、私の目を見つめて言います。ダメです殿下、今ちょっとそういう涙目上目遣い(かわいい攻撃)はお止め下さいッ。集中力が途切れてしまいます……ッ!


 思考を切り替えるため、ちょうどこちらへ来た男を全力で蹴り飛ばす。


 殿下の無事を常に確認しつつ――トコトコ一生懸命歩く(走る)殿下可愛いとか絶対考えない――歩を進めて入口までもう少し……というところで、目の前に一人の男が立ち塞がりました。


「よお、嬢ちゃん。のんきな王子様のお散歩相手は大変だなぁ」


 巨大な、筋肉の塊と言っていい男です。声の調子は飄々としているけれど、おそらくかなりの手練れ。手に持つ獲物は大剣。……こちらが不利。


「王国最強が居るって聞いたんだが、どこに居るか知らねぇか?」

「兄様なら、城の屋根にいらっしゃいます」

「はぁ? んだよ畜生、最強ってのは王子様のとこに居るもんじゃねぇのか。……で? そういう嬢ちゃんは何者だ?」

「殿下の専属護衛騎士です」

「ほぉ? んじゃあ、オレの認識では嬢ちゃんが最強ってことになるんだが――」


 ニヤニヤと笑みを浮かべた男が、手にした大剣の切っ先を私に向ける。


「決闘しようぜ、嬢ちゃん。オレが勝ったら王子様の首を貰う」

「この場の全員殿下に一切手出ししないと誓えるのであれば、受けましょう」

「フェリシエ嬢ッ!」


 咎めるような殿下の声。けれど私は振り返らず、眼前の屑を睨み付けて『どうなのか』と問いかける。


「その射殺すような眼、いいじゃねぇか。気の強い女は好きだ。……おい! 全員終わるまで手ぇ出すんじゃねぇぞ! オレと嬢ちゃんの一騎打ちだ!」

「分かりました。受けて立ちます」


 乱戦の中で意味があるのかは分からないけれど、大声で一騎打ちを宣言する男の前に進み出る。不意を突いて横を通り抜けるよりも、ブチのめして堂々と通る方が殿下にとって安全です。自ら一騎打ち(一対一)の状況を作ってくれるなど、こちらにとっては都合が良い。

 ただ“戦って”“殺す”のが好きな人間……一番嫌いな屑です。


「殿下は少し離れていて下さい」

「……あぁ、分かった」


 私の言葉を受けて、心配そうな眼差しで壁際へ下がって下さった殿下。そんな殿下を、目の前の屑が笑う。


「おいおい、結果が見えてんのに引き留めもしねぇとか、酷い王子様だなぁ!」

「そう言われても困ってしまうな。“貴殿が負ける未来”を、何故僕が引き留める必要があるのだろう?」

「……オレがこんな嬢ちゃんに負けるってか?」

「もちろん。だって彼女は、僕の自慢の騎士だからね」


 “僕の自慢の騎士”

 その言葉に、胸の内が喜びと誇りで一杯になる。

 私は、殿下唯一の専属護衛騎士。殿下を完璧にお守りする。だから――


 こんな状況でもいつもと変わらず、美しく微笑まれる殿下。けれどよく見れば、花束を抱える指先が震えている。殿下と過ごす時間が増えて気付くようになった、何でも笑顔の奥に隠してしまう殿下の癖。

 辛いこと、苦しいこと、怖いこと。表に出して欲しいだなんて言いません。殿下は自ら望んでその道を歩まれているのですから。


 ――だから、そんな暗いお気持ちからも守って見せる。貴方の騎士は負けることなどないのだと、不安に思うことなどないのだと、そう思って頂けるような姿を見せる。

 誇りもないような屑に、決して負けたりなどしない。


 決意を新たに、短剣を握り締め直す。

 だというのに、目の前の屑は。


「よく見りゃ王子様、めちゃくちゃ美人じゃねぇか! ホントに男かぁ? 女なら持って帰るんだが……いや、その顔なら男でもイケるな」


 ブチッと、どこからか音がした。


「殺す殺します今すぐ殺す。殿下は何よりも尊い大切なお方、お前のような害獣が殿下の髪一本触ることを許さない今すぐ死ね」


 短剣をきつく握り締め、身体強化魔法を使って全力で害獣へと切り込む。

 首を切り落とすつもりだったのに、付けられたのは小さな切り傷のみ。直前で避けられた。

 害獣に隙を与えず、追撃を入れる。まずは、大剣を持つ(上腕三頭筋)

 硬い。魔法による強化。切り落とそうとした刃は半分も入らない。

 ならば体勢を崩して徹底的に切り刻む。

 大剣としてはかなり速く振り下ろされたそれを避け、そのまま大腿を狙いに行く。脚を引いて避けられる、のは想定済み。残った軸足の膝を、魔力で強化した剣の柄で殴る。


「ぐッ……!」


 僅かに崩れた体勢が立て直される前に、目を潰しに行く。

 懐に潜り込み、眼前へ剣を突き出す。土壇場で身を捩った男が力の流れに任せて大きく大剣を薙ぎ払う。

 いなそうと構えた短剣が逆に押され、諦めて後ろへと飛び退いた。

 男と距離が開き、一度軽く息を吐く。


「舐めてて悪かった。速ぇし強ぇな嬢ちゃん。しっかし、急所ばっか狙いやがって。騎士道精神はどこ行ったよ、おい」

「“命よりも大事なものを守るとき、騎士道精神など捨てて構わない”というのが当家の方針です」


 ……手が微かに痺れている。やはり、力では劣ってしまう。

 短剣を鞘に戻し、兄様からお借りしている長剣を抜いて、魔力を込めて強化する。より鋭く、より重く。眼前の害獣を一撃で葬れるように。


 吐いた分の息をゆっくりと深く吸い込むと、今度は男の方から切り込んで来た。

 力強く軽々と振られる大剣はやはり一撃が重い。正面から受ければ剣が弾き飛ばされてしまう。これだから筋肉の塊は嫌いなのですッ。


 激しい猛攻をまともに受けてしまわないように丁寧にいなしながら、相手を観察する。


 ――…攻撃に、癖がある。

 四振り目。ここで一瞬動きが止まる。いかに技術や力があろうと、この隙は大きすぎる。誘われているのかと警戒したけど、そうではない。ならば。


 次の四振り目に備え、気付かれないよう間合いを図る。

 一、二、三、四!

 四振り目の横薙ぎに合わせて地面を蹴り上げ、上に跳ぶ。着地先は、大剣の上。

 意表を突かれた男の動きが完全に止まる。

 そのまま大剣の上で踏み込み、剣を振りかざした。

 その首、刎ね飛ばすッ!!


 ――その視界の端で。殿下が苦しげに顔を逸らして目をつぶっていた。


 ……ッ!! あ、だめ、だめです! 殿下の前で首を刎ね飛ばすだなんて、そんな薄汚い光景を見せるわけにはいきませんッ!! ですが、ああ、止まれない、いえ殿下のため、もう強引にッ!!


 無理やり身を捩って剣の切っ先を変え、男の肩へと深く突き刺した。


「ぐあぁッ!!」


 呻いた男が地面へ膝を付き、私もバランスを崩して地面へと放り出された。

 無理をしたせいで受け身が取れず、打ち付けた全身が痛い。けど、その身に鞭打って男へと駆け寄り、再び手にした短剣を男の首元へと突き付ける。


「私の、勝ちです」


 乱れた呼吸を整えながらそう告げると、男は観念しつつもどこか清々しさを感じる笑みを浮かべながら私を見上げて言った。


「……完敗だ、負けたぜ。嬢ちゃん、名前は?」

「お前のような害獣に名乗る名はありません」

「ふはっ、やめろよ。惚れちまうだろ」

「は? 気持ち悪い。二度と喋るな。喉を潰しますよ」


 潰すくらいはいいでしょうかと悩んでいると、近衛騎士の方々がやって来て男を拘束して下さいました。

 落ち着いて辺りを見渡せば、殿下の隣には近衛騎士団長様が居て、集まった近衛騎士団により騒動は鎮静化しつつあるようでした。

 良かったとゆっくり息を吐き、殿下の元へと駆け寄ります。


「フェリシエ嬢!」

「殿下!」


 駆け寄る私の元へ、殿下がトコトコと近付いて(走って)来て下さいました。……やっぱり可愛い。子犬さんみたいです。


「大丈夫? 怪我はない? 痛いところは?」

「問題ございません。私は、殿下の専属護衛騎士ですから」

「……うん、そうだね。僕の、自慢の騎士だ」


 胸を張ってそう言うと、殿下はようやく安心したように表情を緩めながら目を細めて、小さく嬉しそうに微笑んで下さいました。

 そしてポケットからハンカチを取り出すと、その手を私の頬へ伸ばして「汚れてる」と顔を覗き込みながら丁寧に拭いて下さり――…ああああ!! 近い近い近いッ!! いい香りがッいい香りがしますッ!!


 息を整えたくて、でも殿下に変な呼吸音を聞かせたくなくて、喉の奥でふぐぐぐしていると、上の方から爆発音が聞こえてきました。

 そちらを見上げながら、殿下が心配そうに呟きます。


「フェルディナンド殿は大丈夫だろうか……」

「ご安心下さい。兄様はご自身が強すぎて生け捕りが苦手なのです。うっかり仕留めてしまうことはあっても、負けたりなど致しません」

「……そうか」


 何だか遠い目をしている殿下に、傍に居た近衛団長様が「そうですとも、アルバン殿下」と声をかけました。


「ガリアード公子の剣の腕は一流です。御身が心配なさることなど――」


 ドカンッと再び響く爆発音。降ってくる瓦礫を剣で弾いていると、近衛団長様が大音量の大声で叫びます。


「おい若造(クソガキ)ッ!! 城を壊すな、もっと上手くやれッ!! 修理費用を請求するぞッ!!」


 そのまま屋根上へ騎士を派遣する近衛団長様から視線を外して、殿下へ「兄様が申し訳ございません……」と謝ると、殿下は気にした様子もなく「そろそろ補修工事の時期だから丁度良かった」とクスクス笑って下さいました。


 そうしてひとしきり笑った後、殿下は何も言わずに私をじっと見つめながら花束を胸に抱き寄せ、何か意を決したように私を呼びました。


「フェリシエ嬢」

「は、はい、殿下」


 ななな、なんでしょう、この感じ。リボンを頂いた時のような、危ない感じがします! 実際目の前の殿下は薄っすらと頬を赤く染めていて、すでに危険度がカチャカチャと――…カチャカチャ?


「本当は、もっとちゃんとした場所で、伝えたかったのだけれど……」


 カチャカチャ、ギコギコ、バチバチ。形容し難い異音が、どこからか聞こえてきます。一体何でしょう? 発生源はどこに――


「この騒ぎでは、もう言えないかもしれないから、今ここで、どうしても伝えたくて」


 耳をすませば、音は目の前の殿下から聞こえてきます。正確に言えば、殿下の上着のポケットの中から。


「フェリシエ嬢。僕は今日まできみと過ごして――」

「あの、殿下」

「――…えっ、あ、な、なに?」


 お言葉を遮ってしまい、きょとんと困惑する殿下に「申し訳ございません」と謝りながら、「何か、異音がしているようなのですが」と上着のポケットを指差す。

 そこでようやく音に気付いたらしい殿下は、不思議そうに首を傾げながらポケットへと手を入れて中身を出し、グルグルと勝手に動く星見盤のような板を見ながら仰いました。


「やらかした」


 同時に異音を発していた星見盤がピタリと止まり――


「……えっ……殿下ッ!?」


 私の目の前から、殿下の姿が忽然と消えた。


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