ばら撒かれるは陰湿なる脅威
扉を開けた侍女が「フェルディナンド・ガリアード様がいらっしゃいました」と告げたので、深呼吸してどうにか平常心を取り戻す。
……冷静になって考えれば、普通に手を伸ばしてクッキーを受け取れば良かった。
侍女にそっと片付けられる粉々の塩バタークッキーを名残惜しい思いで眺つつ、「どうぞ入って」と返事をする。
「ご報告に参りました」と告げるフェルディナンド殿と軽い挨拶を交わして、ソファの向かい側、フェリシエ嬢の隣に座ってもらう。彼は固まったままそっぽを向く妹を一瞥すると、僕に確信を持って問いかけた。
「何か邪魔をしましたか」
「どうしてそう思うのかな?」
「妹がおかしい上に、侍女と近衛に睨まれているので」
「僕の思い出話をしていてね。話が盛り上がっていたところなんだよ」
「……左様で」
絶対に納得してない。
でもそれ以上踏み入ることもなく、無表情がじっと見つめてくる。何を考えているのか全く分からなくて怖い。せめて何か喋ってくれれば、声の質でもうちょっと感情が読めるんだが。
再び訪れた気まずい雰囲気を切り替えるために、とりあえず完璧な王子様笑顔を浮かべて、「調査、お疲れ様。まずはお茶と塩バタークッキーでもどうだろう?」と勧めておく。
ところが、彼はテーブルの上を見るとそのまま視線を逸らして「いえ、結構です」と言った。その声色には、僅かに嫌悪感がのっている。
……気まずさ倍増だ。
甘いものは嫌いだったのかなと考えていると、フェリシエ嬢が肘で兄を突いて睨み付けた。今までで一番怖い睨み方だ。睨まれているのが僕だったら泣いている。
「失礼。どこぞの妹が、馬鹿みたいな量の塩バタークッキーを買い集めて“食べ比べろ”と無理やり口に放り込んできまして。クッキーは暫く口にしたくありませんので、お茶だけ頂きます」
「い、今その話をしないで下さいッ!!」
「殿下の前で暴れるな」
なるほど。兄に差し出すのと同じ流れで、つい僕にもクッキーを差し出してしまった。そんな感じなのだろうか。……それが恥ずかしくて震えていたのかも。とてつもない勘違いをしてしまったようで恥ずかしい……
またドスドスと殴るフェリシエ嬢を制して、フェルディナンド殿がこちらを見据える。先程の報告をしてくれるのだろう。フェリシエ嬢もそう感じたようで、赤みの残る顔を再び兄から逸らして背筋を伸ばした。
「ご報告申し上げます。例の杭ですが、訓練場内で類似品が追加で三本見つかりました。出所は未だ不明です。訓練場内に杭が運び込まれた記録もなく、城内全体でもここ数年間杭の購入記録はありませんでした。同じ内容を国王陛下並びに近衛騎士団長へとご報告済みです。現在、本件の指揮を引き継いだ近衛副団長が範囲を広げて引き続き捜査をしております」
「そう」
困ったな。
虚偽の報告をされている。
いや、虚偽ではないか。意図的に情報を伏せている。
だって、どう考えても不自然だ。誰かが不正に持ち込んだ杭が、あの広く見通しの良い訓練場で三本も見つかった。ならもっと沢山ありそうなものだ。“ある”と考えているから探しているのだろうし。
なのに、他で“見つかった”とも“見つからない”とも言っていない。
訓練場に至る整備された道には生垣があるし、反対側は温室のある裏庭園に隣接している。置き場所には困らないだろう。
単に見つかっておらず僕が深読みしすぎている可能性もあるけれど、それならわざわざ副団長が捜査指揮を執っていることに違和感がある。
でも、近衛副団長が指揮を執っているのなら、どんな結果であれ正しく報告されるはず。今ここで僕に情報を伏せる意味がない。つまり、“僕にだけ”隠しておきたいということだろう。
そんなことをする理由は――…僕の呪い関係だろうか。不正持ち込みされた杭と僕の呪いに一体どんな関係が?
これは僕が知っていい話なのか、知らないでおくべき話なのか……困ったな。すごく困る。
僕に関係なく重要でもない話なら気付かなかったことにするけれど、調査を言い出したの僕だしな……あの鉄の購入交渉も、父上から「外交の練習として関わってみないか?」と言われているし、僕の呪いにも関係ありそうとなると――…うん。覚悟を決めようか。
僕が目指しているのは、“完璧な王子様”だ。こんな場面で逃げたりしない。
冷めきって苦みが増した紅茶をひとくち飲み込んで、侍女と近衛に部屋を出ているように声をかける。「フェリシエ嬢も――」と視線を向けたところで、フェルディナンド殿が「二度手間になるのでこのままでお願い致します」と頭を下げた。
フェリシエ嬢を引き留めるということは、呪い関係確定だ。一気に気が重くなってきた……
あっさりと口を割る兄の横で、フェリシエ嬢も内容を察したのか真剣な眼差しでこちらを見ているのに微笑み返し、意を決して僕から問いかける。
「僕に伏せていることがあるよね。近衛団長の指示かな、それとも陛下?」
「お二人の協議の結果です。申し訳ございませんでした」
「構わないよ、貴殿の意思ではないのだから。正しい報告はしてくれるのかな?」
「言及があれば答えるようにと指示されております」
そういうの止めて欲しいんだよなぁ……お二人としては、僕の判断で情報を得て良いということなんだろうけど、試されているみたいで心臓に悪いから本当に嫌だ。
「発見された杭ですが、訓練場内で三本、厩舎で三本、裏庭園で六本、前庭で十本、各種通路で七本、王城入口付近で四本。最初の一本を含めて計三十四本が発見されております。こちらに来る前の段階での情報ですので、まだ増えているかと」
どうしよう。思ってたのより三倍以上多い。
「数が多いとはいえ、この短時間でよく見つけられたね」
「若干ですが魔力が込められていますので、発見は容易です」
「杭に魔力が?」
「えぇ。殿下に向かって飛んで行く呪いが込められています」
……聞かなければ良かった。聞かなければ良かったなぁ!! ちょっと歩けば飛んで来る杭が三十四本以上もあるとか冗談じゃない!
心の中で思い切り叫んでも、残念ながら聞かなかったことにはできない。怖い。泣きたい。というか泣く。ダメだ、頑張れ、泣くな僕。フェリシエ嬢が見てるぞ。
「城内では、まだ見つかっていないのかな?」
「はい。今のところは」
よし。僕はもう一生城から出ない。
「外を出歩くのは控えるようにするよ。でも、それだけ見つかっていて、城内にはないというのは不自然だと思うのだけれど――…あぁ。転位魔法か」
つまりこれは、僕に呪いをかけた実行犯と同じ、転位魔法による犯行。城内はあの一件以降、防御態勢が見直されて転位妨害の精度も上がったから、送り込めずにいるのだろう。それにしても、呪いの杭を転位魔法で大量に送り込むなんて陰湿にも程がある。端的に言ってクソ野郎……
「お考えの通りかと。魔法士長殿へ転位妨害の強化要請を行うとのことです」
「なら安心だね。報告ありがとう」
他に何かあってもこれ以上はもう何も言わないで欲しいという気持ちを込めてニッコリと笑ってみせ、とにかく話を終わらせる。知らない方が幸せなことって、やっぱりあると思うんだ。
そんな僕の気持ちを察してくれたのか、フェルディナンド殿が「報告が終了致しましたので、これで失礼致します」と立ち上がる。
「続報は近衛騎士団へご確認下さい」
「フェルディナンド殿、忙しいところ本当にありがとう。貴殿の迅速な対応のおかげで串刺しにならずに済んだよ。後日改めてお礼を贈らせて欲しい」
「いえ、調査を命じられた殿下の的確なご指示があってこそです。お気持ちだけ頂きます」
淡々とそう告げて一礼して去って行く彼の背中を見送って視線を落とす。
気分を落ち着かせるために口にした冷えきった紅茶は苦みがさらに増していて、胃痛と相まって一層気分が落ち込んだ。
視界の端に、塩バタークッキーが目に入る。“塩は人生のスパイス”とはいえ、僕の人生、ここに来て塩が多すぎじゃないだろうか。クッキーとして食べられなくなってしまいそうだ……
思わず、深い溜息が出てしまう。
「殿下」
気付けば、フェリシエ嬢が僕の傍らに片膝を付いて跪き、力強く真っすぐな緋色の眼差しでこちらを見上げていた。
「どうかご安心下さい。殿下は必ず、私がお守り致します。杭など決して届かせません」
「フェリシエ嬢……」
……うぅ、格好良い。頼りがいしかない。
だからだろうか。少しだけ、弱音を吐きたくなった。
「正直に言うと、……すごく怖いんだ。格好悪くて、失望するかもしれないけれど」
「お命を狙われているのですから、恐ろしいと感じるのは当然です。失望など決して致しません」
「ありがとう。フェリシエ嬢がそう言ってくれるだけで、安心するよ」
たったこれだけの言葉で、随分と心が軽くなった。
思えば誰かに甘えるなんて久しぶりで、弱い心が“もっと”と訴えかけてくる。負けてしまわないようにしっかりと気持ちを正して、彼女も安心できるように「もう大丈夫だ」と嘘偽りない笑顔で笑って見せた。
この格好良い人の、隣に立つに相応しい人間になれるように。




