記者たちの憂鬱(前)
二年ぶりに幕を開けたので、まずは新しいキャラクターからお目通りとまいりましょう。
「警視っ、捜査状況は一体どうなっているんですか。ホシの目星はつかないんですか!」
「――誠に遺憾だが、府警としてはまだ全容を掴めていないのが事実だね。記者の諸君も、どうかホシを刺激するような文面だけは避けてくれよ。うっかりすると今度は君たちの中から被害者が出かねないんだから……」
そこで話が途切れると、制服制帽に身をつつんだ京都府警本部少年課副課長・片倉警視は乱暴に会議室のドアを閉めた。人の背丈ほどもある半紙に躍る達筆を、記者たちはうらめしそうににらむ。
「京都市連続青少年硫酸襲撃事件捜査本部」――、どこをとっても角ばった字しかない、素っ気ないくせにひどく残忍な響きがある。
「おいどうする、締め切りまでに進展しそうにないぜ」
「せめてもう少し、警察が協力的だったらなあ」
閉め切られた戸の前で、頭を抱える記者たちの恨み節がこだまする。しかしその恨み節の変わっているのは、そのいずれもが若い、十代半ばの少年少女のもの、ということであった。
「あれ、ヨネさん撤収かい?」
鉛筆を耳の上へ挟んだブレザー姿の少年が、場を離れようとする少女へ声をかける。くせのかかったセミロングに猫のような鋭い目つき。どことなく黒猫をほうふつとさせるような痩身の少女は、呼びかけにくるりと踵を返す。
「どーせ会議明けもこの調子だよ、お偉いさんのお嬢が被害者じゃ、煮ても焼いても開かないぜ、この大ハマグリは……」
それだけ言い残すと、ヨネさんこと米沢明美は他の記者たちに別れを告げ、捜査本部の入っている京都府警・川端警察署を飛び出した。
夏の日差しはとうに傾き、西の山なみが赤黒く、そのシルエットをたたえている。鴨川へ出る疎水づたいに冷泉通をしばらくゆくと、明美は小さな旗を立てた個人タクシーの窓ガラスをこづいた。
「――よお、もう済んだのかい」
アイマスク代わりの夏帽を被り直し、五十がらみの運転手がまぶたをこすりながら聞く。
「ああ、不親切なお巡りさんのおかげさまであっという間。寝てたとこ悪いけど、クラブまで頼めます?」
「任せときな。近頃何かと物騒だ、断ったのが原因であんたが襲われちゃ、ナナツウさんに恨まれる……」
サイドブレーキのそばにある小さなレバーを引くと、濃緑色をしたタクシーのドアが音もなく開く。レースカバーをかけた後部座席へ明美が収まると、タクシーはランプを光らせ、ゆっくりとその場を離れていった。
サツ回り記者・米沢明美が今回の主人公、ということになりそうです。