キャベツに愛をchap03
準備は、思った以上に大変だった。
俺たちは町内掲示板で知った「地域ふれあいバザー」の出店枠に滑り込み、キャベツ料理の屋台を出すことを決めた。
「店名どうする?」
「キャベツ亭?」
「キャベツの魔法工房」
「それ、アニメのサブタイトルみたいだな」
「“四人のキャベツ使い”とか?」
「いっそ、“キャベツしか出ません”でいいんじゃない?」
最終的に決まった名前は――《キャベツに愛を》。
ストレートすぎるけど、俺たちらしかった。
当日は、天気にも恵まれた。
青空の下、テントを広げ、小さな鉄板とガスコンロを用意する。フライパンも3つ。まな板2枚。包丁はちゃんと研いできた。
メニューは三品。
【キャベツの塩昆布和え】(レンチン+ごま油+塩昆布)
【キャベツとベーコンの炒め物】(塩コショウだけのシンプルな味付け)
【キャベツ餃子】(皮を使わずキャベツで包んだ低糖質餃子)
どれも、何度も試作して、俺たちが「うまい」と思えたものだ。
「緊張するね……」
恵梨が手のひらをぎゅっと握る。
「私、料理作って、他人に出すの、人生で初めて」
「俺もだ。まさか、こんな日が来るとは思ってなかった」
「しかもキャベツでな……」
慎治郎がエプロンをぎゅっと締め直した。
キホは無言で、冷蔵ボックスを開けていた。
「……冷えてる。キャベツ、すごくいい状態」
その言葉に、全員が微笑んだ。
───
午前11時。
最初の客は、近所の子連れの母親だった。
「これ、キャベツしか使ってないんですか?」
「はい……シンプルですが、おいしいです。よかったら、お味見をどうぞ」
「……あっ、うまっ……」
「でしょ!? ほら! キャベツってすごいんです!!」
慎治郎のテンションが爆上がりする。
それが最初の口火だった。
その後、次々と人がやってきて――
「なんか、香りがいいね」
「これ……キャベツってこんな味するんだっけ?」
「こっちの炒め物、香ばしい!」
「この餃子……キャベツだけってウソでしょ? ジューシーなんだけど!」
まさかの大行列。
気が付けば、キホが作った100枚のポーションカード(メニュー説明カード)も全部なくなっていた。
「追加、いける!?」
「買い足し行ってくる!!」
「火、強くしすぎないで! 焦げる!」
「ごめんっ、油! どこ!?」
バタバタしながらも、みんな笑ってた。
汗をぬぐいながら、鍋をかき混ぜる慎治郎の表情は、真剣そのもので。
慎重に盛り付ける恵梨は、まるでプロのように。
俺も夢中でキャベツを刻み続けていた。
そして、キホは――一人ひとりの「おいしかったです!」という声を、真顔で、でもしっかりと胸に刻んでいた。
───
午後3時。
完売。
最後の客が帰ったあと、俺たちはテントの下で、ぐったりと座り込んだ。
「……やりきったな……」
「疲れた……でも……なんか、すっごい楽しかった」
「“ありがとう”って言ってもらえるって、こんなにうれしいんだね」
「……料理って、すげぇな……」
言葉は少なかったが、それぞれの胸には、達成感がぎっしり詰まっていた。
そのとき。
冷蔵ボックスの蓋が、カタリ……と、音を立てて開いた。
中から――またしても、例のキャベツが現れた。
「よくぞやった……汝らの働きにより、キャベツの威信は、ふたたび人々の食卓に刻まれた……!」
「おおっ、生きてたか王!」
「どこに隠れてたんだ……」
「今までずっと氷温保存されてたの!?」
「……次なる段階へ進む時が来たようだな」
キャベツ王が、ふたたび光りはじめた。
「次なる試練は――“コース料理”だ」
「……は?」
全員の口から同時に出た。
「一つのキャベツで、前菜・スープ・メイン・デザート……全てを組み上げるのだ」
「デザート!? キャベツで!?」
「甘くねえだろ、キャベツって!」
「いや、やるしかない……王が言うなら」
「またそれかよ……」
そうして俺たちは、新たな一歩を踏み出した。
今度は、“フルキャベツ・フルコース”。
物語は、まだ終わらない。