キャベツに愛をchap02
「ちょっと待って、これって……感動しすぎじゃない?」
恵梨が照れたように笑いながら、フライパンをのぞき込む。
「自分たちで作ったものって……こんなに味が違うんだね」
「たぶん、愛情が入ってるんだよな」
俺が言うと、キホがじっとこちらを見た。
「……料理に“愛情”とか、普段の私なら鼻で笑うけど……今は、否定できない」
それぞれに、料理を通じて何かが変わっていく感覚があった。
慎治郎は、肩にかかるエプロンの紐をキュッと締めながら言った。
「……このまま、いけるとこまでいってみるか」
それが、俺たち四人の合言葉になった。
───
次なる挑戦は「煮る」だった。
題材は――「ロールキャベツ」。
「無理じゃね?」
全員が思った。いや、口に出して言った。
「まず、肉? ひき肉? 玉ねぎもみじん切りにすんの?」
「巻くってどういうこと? ロールの意味、わからん」
「鍋ってどう使うの?」
でもやるしかなかった。
俺たちはスーパーで材料を買い込み、今度は慎治郎の家で調理に挑むことにした。
理由は、彼の家だけ唯一「ガスコンロが二口」だったからだ。
「よし、俺はひき肉をこねる! キホは玉ねぎ担当! 雄介、キャベツを下茹でしてくれ!」
「え、下茹で? キャベツを、また?」
「そう、柔らかくしてから巻くんだってさ」
「なるほど……でも、鍋ってどれ?」
「俺の家の鍋はすべて、深さがあるようでない」
「それは鍋じゃないのでは?」
ギャーギャー騒ぎながら、俺たちは初めてのロールキャベツに挑んだ。
キャベツを茹でる。中身を作る。巻く。串で留める。スープを注ぐ。火にかける。
30分後――。
「……これ、本当に俺たちが作ったのか……?」
「完成しとるやん……!!」
湯気を立てるスープの中に、ぷるんと揺れるキャベツたちがいた。
崩れていない。それだけで奇跡だった。
そして――
「……うまっ」
「スープが染みてる……キャベツって、ここまで味を吸うんだ……」
「なんだろう……初恋の味がする」
「それは記憶の美化では?」
慎治郎の“人生の初ロールキャベツ”は、どこか優しく、そして懐かしい味だった。
俺たちは確かに、一歩ずつ進んでいる。
───
1週間後。
四人は、なぜか“キャベツレシピノート”を持ち歩くようになっていた。
「今日はどんなキャベツに出会えるかな……」
「もうそれ、キャベツ信者の言い回しだよ」
でも、楽しかった。
俺たちは無自覚に、少しずつ“料理を通じて繋がる”という感覚を覚えていった。
味覚も変わった。手際も上達した。
炒めキャベツの応用、例えば「回鍋肉」や「キャベツとベーコンの炒め物」、恵梨は「キャベツと豆腐の味噌汁」に挑戦し、キホはついに「キャベツとシラスの和風パスタ」に手を出した。
キャベツで始まり、キャベツで回り、キャベツで心がつながっていく。
まさか、こんなにも――。
───
「その調子で進め、選ばれし者たちよ」
例のキャベツ王は、冷蔵庫の奥から再び姿を現した。
「次なる試練は……“他人に食べさせる”こと。己の味覚だけでなく、他者を満たす料理を……」
「え、試練って言った?」
「言った!?」
キャベツは何かに憑かれたように回転を始めた。
「町を救え。キャベツを流行らせよ。人々の心を、胃袋から変えるのだ……!」
そして王は、また野菜室に消えた。
俺たちは顔を見合わせた。
「……やるしか、ないんだろうな」
「料理は……人に出してこそ、完成する」
「まずはご近所さんとか?」
「てか、バザーとか出してみる? 町内会の……」
「いやそれ、ハードル高くない!?」
「でも、俺たち……料理人になりつつあるよ」
恵梨の笑顔に、誰もが頷いた。
キャベツ王から託された使命を胸に、俺たちは次なるステージへと歩み出す。
――そしてこの物語は、まだまだ続く。