キャベツに愛をchap01
「……このまま、いける気がする」
慎治郎が、塩昆布キャベツを三口目で食い終わりながら呟いた。
「俺、もしかして料理人の血が流れてんのかも」
「いや、レンチンしただけだから」
恵梨の的確なツッコミが入るが、それでも誰一人、顔を曇らせなかった。むしろ――。
「でも、キャベツって……すごいんだね」
キホが静かに言った。
彼女はスマホを見ながら、キャベツの効能について調べていた。
「胃に優しくて、ビタミンUが豊富で、抗酸化作用があって、整腸作用も……まるで、お母さんみたいな野菜……」
「例えが雑だが……うん、まぁ、優しさはあるな」
「王だったけどね、あのキャベツ」
「うん……王で母?」
「母王?」
「それはもう“マザーリーフキング”でよくない?」
言ってて、全員吹き出した。
笑ったのなんて、久しぶりだった。
───
翌日、俺たちは“料理”について相談するため、近所の図書館へ行くことにした。
「でもさ、誰も料理本なんて読まないよね。動画かアプリじゃね?」
「そこをあえて本で……料理人の魂を得るには、やはり古き良き紙の叡智を……」
「古風だな、雄介は」
そう言って、恵梨が笑った。俺はちょっと照れた。
図書館の料理本コーナーは、意外に充実していた。
“初心者向け”“一人暮らし”“キャベツ活用術”……文字がずらりと並び、俺たちはひとまず四冊ずつ借りた。
「まずはレパートリーを知るべきだ。何ができて、何が俺たちに可能か。キャベツ料理を分類しよう」
「生キャベツ、炒めキャベツ、蒸しキャベツ、煮キャベツ、焼きキャベツ、漬けキャベツ……」
「キャベツ、万能すぎでは?」
「うん……そして、どれもできる気がしない」
それでも、やるしかなかった。
精霊王の“願い”は、俺たちに刻まれている。
あのキャベツマークは、いまだに手のひらでほんのりと輝いていた。
───
3日目。俺たちは「炒め」に挑戦した。
道具も揃えた。包丁、まな板、フライパン、油。すべて、キホがAmazonで頼んでくれていた。
「人生で初めて、鉄フライパンを持ったかもしれない……」
「焦げないように、火は弱めからな」
「火力は命だ!」
慎治郎が一番テンションが高い。さっきまで“火が怖い”と騒いでいた男とは思えない。
そして、火を入れる。
「油……あれ? どれくらい?」
「えーと、なんか本には“大さじ1”って書いてあるけど……大さじってどれ?」
「でっかいやつ?」
「たぶんこれ……ぐわ、入れすぎた!」
バチッ! という油の跳ねる音に、全員が飛びのいた。
「やばい! 熱い熱い!」
「キャベツまだ!? 早く! 早く入れろって!」
「焦げる! フライパンが焦げる!」
「入れるぞ! せーのっ!!」
ザザザッ!
キャベツが入った。音が変わった。ジュワァアアア……と、なんとも食欲をそそる香りと音。
「おおっ、炒まってる……!」
「これ……見た目、炒め物だよな……!?」
炒めること5分。塩、コショウ、鶏がらスープの素を加え、炒めキャベツが完成。
───
「……うめぇ……!」
「なんでこんなに甘いの……キャベツって甘いの……?」
「ご飯がほしい……!!」
「いや、むしろこれでご飯がいらないくらい……!」
一皿のシンプルなキャベツ炒めで、俺たちは泣きそうになった。
料理は、すごい。
キャベツは、神。