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そして滅びた



 何やらうめき声でも上げそうな顔をして新聞を読んでいるダニエルを、ノンナは横で眺めていた。


 メルバ国で他の国から流れてきたならず者が悪逆の限りを尽くしたという事件が最近ようやく終息したのだが、結果として国は滅んだ。


 国民すべてが死に絶えたわけではないが、それでも死者はかなりの数が出たらしい。


 捕らえたならず者の中にはかつて医者をしていた者も含まれていた。

 そして国内の状況は、そんな彼の口からも聞いた部分があるためそれなりに詳しく新聞には書かれているようだった。


「それで……あの国一体どうなったの……?」

「どうも何も。あの国の王様とお妃様は死んだけど王子様は生きて保護されたみたいだぞ。とはいえ、王子様もメルバ国の王になって国立て直すのは無理だと判断してコロラッタ国で平民として生活するみたいだけど」

「そうなの……? 王子様だったのにこれから平民になって大丈夫なのかしら……?」

「あー、まぁ、そのうちコロラッタ国の貴族の家と縁づかせるとか、そういうのあるんじゃないか?

 支援している所があるみたいだから」

「そうなの。それなら良かった」


 ノンナは王子様の事をあまりよく知らない。

 聖女になったからといっても、最初にちょっと挨拶と話をしたくらいでそれ以降はほとんど会う事もなかったのだ。

 けれど、特に悪い印象はなかった。ノンナの立場が悪くなった時に何かしてくれたわけではないけれど、きっと王子様にはノンナの状況を詳しく知る事がなかったからではないかとノンナは思っている。


 ディシュリーとガルシア、二人の聖女に押しのけられていたけれど、あの二人だってしょっちゅう王子様と会えるわけではなかったみたいだし。

 ノンナが陥れられていたことを知ったなら、もしかしたら救いの手を差し伸べてくれた可能性はある。

 同時に、見て見ぬふりをされた可能性も勿論あるけれど。


 ノンナは知らない。

 ノンナが初めて王子様に会った時点で、既にディシュリーとガルシア、両名の噂によって王子の心証はそこまで良くなかった事を。取るに足らないと思われていた事で手を差し伸べられる事がなかったことを。


 メルバ国では性質の悪い風邪が流行っていたらしく、国民のほとんどが風邪を引く状況に陥っていたと新聞には書かれていた。

 最初はすぐに治るだろうと思われていたそれはしかし長引いて、子供や老人といった体力の少ない者から徐々に倒れ、寝込み、まだそれなりに健康な者たちはどうにかなっていてもそれも段々悪化していった。

 働き手でもある者たちの体調が崩れ、仕事の効率は勿論ガクンと落ちて、一部の仕事は滞ったらしい。


 そんな中、コロラッタ国でお尋ね者になっていたならず者たちはメルバ国へ逃げてきたらしい。

 王子――イアンがあの国で保護をされる形になったのは、間違いなくそれも関係している。


 風邪で弱っている者たちは、ならず者からしても簡単に狩れる獲物だった。

 金品を奪い、命を奪い、そうして時折自分たちと同じような悪党を仲間に引き入れて彼らは国内で暴れまわった。


 仲間の医者がいたのも彼らが蔓延った大きな理由の一つだ。

 もしあれがただの風邪ではなく別の流行り病かもしれない……と思われていたのなら、ならず者たちとて命は惜しいとばかりに早々に他の国へ逃げていたことだろう。


 けれどもならず者たちにとってはたかが風邪。

 仲間の元医者によって、各地で薬を奪ったりその材料も手に入れて、後から仲間になった者たちの治療をしつつ彼らはどんどん規模を拡大させていった。

 その頃には国内の医者も風邪にかかり、また患者が大量にいたのもあって休む暇もないままで、そうして国内の医者たちも倒れていたのである。


 薬師たちも同じように寝込んだりしたことで、国内での薬の調達は難しくなった。

 材料はあっても作る者が作れない状態になってしまった事で、残っていた在庫はあっという間に消費されてしまったのだ。


 ただの風邪であっても、そこから更に弱って他の病気に、なんて者も出たようだが診察してくれる医者もいなければ、適切な治療を受ける事もできない。教会で聖女の加護に縋ったものの、しかしその加護は特に役立つものではなかったらしく、教会内で倒れたまま息を引き取った者の数も相当出たらしい。


 たかが風邪、ではあるけれど。

 下手な伝染病よりも厄介なくらい広まって被害が出た事と、ならず者たちが我が物顔で暴れまわったせいで死者は相当な数出たと言われている。


 メルバ国内部の情報を集めるために各地から送り込まれていた者たちも風邪を引いてはいたけれど、しかしメルバ国の者たちと比べて症状は軽かったのもあって、彼らは速やかに本国へ連絡を入れた。

 結果として、メルバ国の王が倒れた時点でならず者たちの国がこのままでは出来上がってしまう。だがそれを良しとはできぬ、となって。

 メルバ国周辺の国はそれぞれ連絡を取り合い、連合軍を結成しならず者たちの討伐へ乗り出したのであった。


 国内から救援を求められていたのであればもっと早くに動けたかもしれないが、しかし国内はそれどころではなかった。メルバ国が助けを求める前に各国で勝手に助けにくるわけにもいかない。下手をすると越権行為、国を乗っ取ろうとしていたなんて言いがかりを受ける可能性もあったが故に。


 そうでなくとも、国内の情勢がそこまで悪化していたとは周辺の国だって思っていなかった。

 メルバ国で風邪が流行ってるらしい、くらいの情報しか他国は知らなかったのだ。

 それがまさか、崩壊寸前レベルで蔓延ってるなど、一体誰が思うだろうか。

 事実、近所の人たちも新聞で最初この件を見て、ただの風邪で!? と驚いていたくらいだ。


 かなりの規模になっていたならず者たちではあるけれど、しかし周辺国家が手を組んだ連合軍によっていとも容易く鎮圧された。メルバ国に平和が戻ってきたか……となれば、そう簡単な話でもなく。



 これは元々疑念があったようだが、メルバ国内で行っていた事業のいくつかによって、国内の水質は他国と比べて汚染されていたらしく。

 それらを生活用水に使用していた事で、国民には大なり小なり健康被害が出ていた事が発覚した。


 そのせいで、免疫力といったものが低下し、結果性質の悪い風邪が流行った際爆発的な感染を引き起こしたのだろう、とは周辺の国々の医者の見解である。


 結果としていくつかの工場は取り潰され、唯一王族で生き残ったイアンはコロラッタ国で引き取られ保護される形となったものの。

 ではメルバ国はどうなるかといえば、今回は他国との戦争で負けたわけでもないために、土地を分割して周辺の国々に割り当てられる形となった。


 トラム国もならず者討伐に参加していたようなので、結果としてこの国もかつてメルバ国であった土地が領土の一部となりはしたし、かつてメルバ国の住人であった者たちもそれぞれの国で保護される形となった。


 メルバ国と異なり他の国では工場での排水処理を適切に行っていたようなので、生活用水が知らず汚染されていた、なんて事もない。

 それに、風邪薬だってメルバ国と違い充分に数があるのもあって、支援を受けた元メルバ国民は少しずつではあるが回復の兆しを見せているらしかった。そうは言っても、風邪以外の部分は解決したとは言えないのだが。


「ま、結果論だけど滅んで良かったんじゃないか、あの国」


 新聞を読み終えて、ダニエルはそれをざっくり折りたたんでテーブルの上に置いた。


「そりゃあさ、大勢死んだ事に関して思う部分はあるけど、でもノンナにした事を思えばなくなってせいせいしたとしか言えないんだよな」

「ダニエル……」


 そんな風に言うものではない、とノンナは言おうとしたけれど、しかし結局言わなかった。


 だってダニエルが生まれつき虚弱だった原因の一つが、水の汚染によるものではないかとノンナでも思ってしまったからだ。


 他の――ダニエルと同年代だった子供たちはそこまでではなかったけれど、ダニエルの母はダニエルを産むまでかなり大変な思いをしていたと聞いている。

 水が知らないうちに汚染されていたことで、母体も胎児にも影響していたのであれば、ダニエルが健康じゃなかった原因を作ったのは国にあると言ってもいい。

 そのせいで、幼い頃のダニエルは大変苦労していたとなると。


 ノンナだってちょっと擁護はできなかったのだ。


 思い返すと他の子どもたちは元気いっぱいだったけど、それでも体調を崩さなかったわけじゃない。時々寝込んだり吐いたりするような子はいた。ただ、ちょっと良くなったらすぐさま外で遊びまわるようなアグレッシブなのばかりだったせいで、あまりそこを気にした事はなかったけれど。


 ノンナも思えば時々具合が悪くなったりしていたけれど、しかし幼いうちは熱が出るのも体調を崩すのもよくある話だと聞いていたのもあって、そういうものだと思っていたし、何より自分よりも酷い状態のダニエルがいたから自分の事などそこまで深く考える事もなかった。


 ノンナが聖女となってからは、とにかくダニエルのために祈って祈って祈りまくった。

 ダニエルが元気でありますように。

 また体調を崩して辛い目に遭ったりしませんように。


 そんな風にそれこそ毎日祈った。


 結果としてダニエルは幼い頃の事が嘘のように健康になったけれど。

 自分の祈りはほとんどダニエルのためだったから、ダニエルに効果覿面だったのは当然だ。

 そのついでに他の人たちにも少しばかり加護が働いたと考えていい。

 知らないうちに汚染されていた水を摂取していたメルバ国の民は、気付かぬまま蝕まれていたようなものなのだろう。

 けれどノンナの加護が働いていた間は、それらも抑えられていたに違いない。


 ノンナが追い出された後、加護はじわじわと効果を薄れさせとうとう消えて、結果として今まで蓄積されていたものが、抑えられていたそれらが風邪と合わさって最悪な状態で表面化した。


 ふたを開けてみれば、きっとそんなところだ。


「……じゃあ、この国で生活していたら汚染されてる水を口にする事もないから、もしかしたら今は加護がなくてもそれなりに健康になってるのかな?」

「どうだろうな。この国で生活するようになったって、まだそんな経ってないし。

 でも、あの国にいた時は毎日のように祈ってたノンナが、この国では数日おきにしか祈ってないのに特に問題が出てないっていうなら、きっとそうなんじゃないか?」


 国全体が知らないうちにそうなっていたとはいえ、しかしだからといってノンナを役立たずだとか偽物聖女だとか言って無給でこき使っていた事を、ダニエルはこれっぽっちも許すつもりはない。

 とはいえ、だから生き残った元メルバ国民に対して何かをしてやろうとも思っていないが。


 体調を崩した原因がある程度知られれば、あの国の連中なら嫌でも気付いたはずだ。

 ノンナの聖女の力は決して役立たずじゃなかったって事を。


 ただ、今まで当たり前のように加護が働いてたから実感がなかっただけで。


 それなりに長い年月悪い水を摂取してきた者たちは、もうしばらく苦労する事になるだろうけれど。

 ダニエルにとってはどうでもよかった。ただ、健康を当たり前のものだと思わずこれからはもう少し大切にしていってくれればいい。

 ノンナを崇め奉ってひれ伏せとまでは言わないが、役立たずなんかじゃなかったのだと、考えを改めて、悪し様に罵った事を悔いてくれさえすれば。


 ダニエルにとってはそれでよかった。


 ノンナがメルバ国から追い出されて大体半年後には国が滅亡する事になるなんて、きっと誰も予想していなかったに違いない。


 新聞にはメルバ国の事が載っていてもかつてのノンナ以外の聖女の事はわからない。

 ダニエルとしては、あいつらもノンナを貶めた事を後悔していればいいな、と思っていたけれど。



 既に二人の聖女はこの世を去っている事など、知りようがなかったのであった。

 メルバ国に工場ができたのは割と最近。大体ダニエルが生まれる前後くらい。


 作中の国ざっくり

 メルバ国 小国。最近になって工場などができて産業革命っぽい感じで発展しかけていた。

 トラム国 メルバ国よりちょっと土地はあるけどこちらも小国。かつて聖女がいない時期があって苦労していた時期があったため、他国からはあまり脅威に思われていない。

 コロラッタ国 そこそこ大きめ。メルバ国よりも発展しているけどその分厄介ごともよく発生している。


 これ以外の国で近くに脅威的な国家はなかったので、三国は特に同盟を組むなどの結びつきはない。

 程々の距離感でそれなりの付き合いしかしていなかったが、逆に言えばなんかあったら簡単に争いに発展してる可能性もあった。


 ちなみにコロラッタ国で保護されたイアン元王子がそのうち貴族の家などに取り込まれるかは微妙なところ。ダニエルくんは平民なので多分そうなるかもしれない、と思ってるけどコロラッタ国の貴族が実際そうするかはまた別の話。

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― 新着の感想 ―
なんという自業自得 メルバの水質汚染は産業革命でしたか 当時、ロンドンの水質汚染はガンジス川など問題にもならないレベル 大気汚染もハンパなかった これにスペイン風邪ですかね
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