第55話 王国に光を
「ええと……それで本日はどのようなご用件でしょうか?」
正面の椅子に座ったカナッツは怯えたように背中を丸めており、下げた頭からそおっと覗き込むように私を見ている。
おかしい。私はこれまで別にカナッツを叱ったことすらないのに、どうしてこんなに怖がられているんだろうか?と、そんなカナッツの様子を伺っていると、彼はチラチラと私の横に立っているメアリへ視線を送っている。
お前か!そんな虫けらでも見るような蔑んだ目で睨んでたらカナッツが委縮してしまうでしょうが!
「……メアリ。お茶が冷めてしまったわ。新しいのを淹れてくれるかしら?」
「はい。すぐにお持ちいたします」
とりあえず話始めだけでもカナッツをリラックスさせないと会話が成立しない可能性がある。その最大の障害であるメアリに一旦席を外させた。
「今日は、というよりもいつもと同じ進捗を確認に来たのよ。前回来た時に頼んでいたアレの実用化が近いと言っていたでしょう?それからどうなったのかと思って」
「……アレ?」
あれ?
おいカナッツ。
「……魔石を使った――」
「ああ!!はいはいはい!!あれです――ぎゃっ!!」
大声を上げたカナッツの頭に鉄製のトレイがどこからともなく飛んできて直撃した。
そして飛んできた方向を見ると、お茶を淹れにいったメアリが扉から顔を出しているのが見えた。
「ああすいません。急に大きな声が聞こえてきたので虫かと思いました。あまりリサ様に対して無礼は働かないようにお願いしますね」
大声で叫ぶ虫って何!?
そんなのいたら気持ち悪すぎてトレイぶつけるよりも魔法で焼き尽くすわ!
「カナッツ。大丈夫?」
「あ、はい……。多分、大丈夫かと……。申し訳ありません。つい興奮してしまって」
集中しすぎたり急に興奮したり、あなたはもう少し自分の感情をコントロールする術を研究した方が良いわね。
「それでどうなのかしら?先ほどの反応から察するに、完成しているという風に受け取ってもよろしくて?」
「もちろんです!すでに完成しております!実際に使用しての検証結果からも実用化は成功したといっても過言ではありません!」
先ほどまでの怯えた態度はどこへやら。カナッツは自信満々に胸を逸らせて、かけている瓶底眼鏡をきらーんと輝かせる。
「それは僥倖といえる報告だわ。それでその実物はどこかしら?私も見てみたいのだけれど」
「あ、はい!それでしたらこの机の上に――あれ?」
ここでようやく机の上が綺麗に片づけられていたことに気付いたのか、カナッツはさっぱりと何も載っていない机の上にきょろきょろと視線を這わせた。
そっか、ここにあったガラクタたちの中にアレがあったのか……。じゃあ、今はこの散らかった床のガラクタたちの中に……。
「……カナッツ。この上にあったものだったら、少し邪魔だったので床の方へ移動させました」
正確には無造作に薙ぎ払って落とした、だけども。
「……え?……この中のどこかに?」
床に散らばる何かの部品やら工具たち。そのあまりの散らかり具合に散らかした本人のカナッツもドン引きしている。
もしかしてあれかな?他人から見たら散らかっていても、当の本人にはどこに何があるか分かるから散らかってるんじゃないってやつかな?
だとしても、そこに他人の手が加わってしまえば、それは誰の目にも明らかなゴミ邸となるんだよねえ。
そのゴミ邸化させた原因のメアリの方を見ると、さっきと同じように扉からこちらに顔だけだして見ていて、私と目が合うと残像が残るのではないかと思う程の高速で奥へと引っ込んだ。
新しいお茶はどうなってるの?
「あの……少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
カナッツが恐る恐るといった感じで聞いてきたので、私は無言で軽く頷いて肯定の意を示した。
そして待つこと数分。
「あった!ありました!!良かったー!!」
思いの外早く見つかった。
カナッツが財宝でも見つけたかのような歓喜の声を上げた。
「普段から片づけておけばこのようなことにならないのに……」
お茶を淹れ直してきたメアリが私の隣で小さく毒づく。
それはそうだけど、今の待機時間を作ったのは貴女だからね?もう少し丁寧に片づけておけばこんなことにはならなかったんだから。
「お待たせしました!こちらがご依頼いただいていました魔石式照明具『ランランランタン』です!!」
「却下」
「え!?」
「……いえ、まあ、ネーミングについては後日考え直すとして……説明してくれるかしら?」
「あ、はい!こちらの『ランランラン——」
「ランタンで良いわ」
「……ええと、こちらのランタンはこれまでは大型の照明器具でしか使用できなかった魔力変換機をランタンサイズで使用出来るまでに小型化することに成功した世界で初めての魔道具です!」
そう言って机の上に置かれたのは、どこにでもあるような黒色の鉄製のランタン。本来は蝋燭を入れて使う部分には小さな魔石が置かれていた。そういえば最初に机の上を見た時にあったような気もする。中央がガラスで出来ているのに、よくあれで壊れなかったものだと感心すると同時に、割れたらガラスの破片が危険だというのにも関わらず無造作に払い落としたメアリに怖さすら感じた。
カナッツだったら踏んでも構わないくらいに思っていたのかしら?
「点けてみてもらえる?」
「はい!」
ランタンの下部にあるスイッチをカナッツが押すと、中央の土台に乗せられていた小さな魔石がぼんやりと光を放ち出すと、すぐに部屋中を照らすほどの明るさとなった。
「いかがでしょうか!この装置の凄いところは単に小型化しただけでなく、その過程においてのエネルギー効率の上昇に成功したことです!そのおかげで小さい魔石でも強い光を放つことが可能となり、その燃費においてもこれまでの魔光灯とは比べ物にならないほどのコスト削減が――」
カナッツの饒舌な説明は終わらない。
簡単に説明するなら、これまで貴族のような裕福な家にしか置くことの出来なかった魔光灯。それは魔石の価格もさることながら、元となる魔道具の値段がとても庶民には手が出せなかったという点にある。
明るさを求めるとなるとどうしても大型の魔光灯が必要となり、私がベッドサイドに置いてあるような小型の魔光灯もあるけど、これだと魔道具自体は安いけれど、使用する魔石が高額ではあるのは変わらないしね。それに蝋燭のランタンの方が余程明るいという難点も抱えていたので、本当に夜中に起きた時くらいしか使い道はない気がする。
よって庶民の家にあるのは蝋燭を使った照明器具だけであり、この世界の夜の街は全体的に薄暗い印象がある。アルカディアのような農村だとほぼ真っ暗だ。
そこで私がカナッツに依頼したのは、魔石から魔力を取り出し光のエネルギーに変化して戻す魔力変換機の小型化。今まで誰も作ってなかったから無理なんじゃないか?という疑問はあったけど、そもそも富裕層ように作られているのだから、誰も庶民用の物を作ろうなんて考えなかったんじゃないかと思ったのだ。どうせあっても魔石なんて買えないだろうと。
しかしアルカディアには魔石鉱山がある。
近いうちに同じく魔石によって経済を支えられている隣領のロジェストとは魔石の販売条約を結ぶことになるだろう。でなければ値下げ競争に陥り、利益を上げるどころか共倒れする危険性もあるからだ。まあ、互いに流通量に制限をかけたとしても、うちのような小さな領には十分過ぎるほどの資金が集まるけどね。
そして発掘時に発生した売り物にならないクズ魔石。これがこのランタンに利用することが出来るのであれば、これはまたアルカディアにとっての一つの商業資源になりうるのではないだろうか。
庶民にも手に入れやすい価格の魔光灯。
私の次の戦略は、この世界の夜に光を灯すこと。
それは庶民の生活時間を増やすだけでなく、治安維持という面においても大きな効果を発揮してくれることになるだろう。
風紀の乱れは心の乱れ。
光は犯罪の抑止力にもなり、夜の犯罪発生率の低下は人々に安心感を与え、活動時間の伸びた人々は暗くなれば眠る以外に何か楽しみを見つけ出せるかもしれない。そしてそれは結果的に悪化している王国への不満を和らげる効果になるのではないかと考えたのだ。
そんな私の目論見は、カナッツという若き天才魔道具士によって現実のものになろうとしていた。




