第53話 神童
罪は全て父のネルソン元子爵が背負う事になった。その事で目の前にいるレビンは跡を継いでロジェストの領主となる事も出来たし、他の家族たちに罪が及ぶこともなかった。だとしても、今回の事でネルソン家の信用が失墜した事に変わりはない。
世間はそう簡単に割り切って考えてなどくれないのだから。
「これからしばらくの間は風当たりが強い事かと思いますが、もし私に何か力になれる事がありましたらご相談ください」
「ご厚情感謝いたします。しかしこれ以上アルカディア子爵に甘えるわけにはいきません。私も若輩者ではございますが、すでに子爵を叙爵した身でありますれば、今後は一人の成人貴族として自らの判断で生きていかねばなりません。そしてこんな私に仕えてくれている者たちや、多くのロジェストの民の為にも、少しでも早く一人前の領主とならねばいけないのです。父の負った汚名は私の功績によってしか打ち消す事は出来ないでしょう。それに本来ならその機会すら無かったはずなのですから、この程度の逆境から逃げ出すわけには参りません」
私を真っすぐに見据えるその目には、子供とはとても思えない程の強い覚悟が感じられた。
幼い頃からの貴族教育の賜物か、それとも本人が生まれもって得た資質なのか。
少なくとも、今の時点で父よりも余程貴族然とした雰囲気を纏っている。
「……分かりました。ネルソン子爵のそのお覚悟、私がこれ以上口を挟んでしまっては申し訳がありませんね。大変失礼いたしました」
「い、いえ!子爵が謝られる事ではございません!こちらがせっかくのご厚意を無下にしたのですから、むしろ謝らなければならないのはこちらの――」
「そうではございません。私は心のどこかでネルソン子爵の事を子供だと思っていたのです。ですから助けなければ、というような気持ちを抱いたのだと思います。ですからこの謝罪はその事に対してです」
レビンは実際に子供ではあるけど、すでに家督を継いだ立派な貴族だ。
その心構えも私とは比べ物にならないくらいしっかりとしている。そんな彼を子供扱いするのは失礼というものだろう。
神童と呼ばれているとは聞いていたけど、彼の受け答えや考え方に実際に触れてみると、その評判も決して間違っているとは思えない。
「実際にまだまだ子供ですからお気になさらないでください。先ほどは大きな事を言いましたが、私一人では何も出来ません。家臣たちの力を借りつつ成長していけたらと考えておりますので、アルカディア子爵においても今後ともどうぞよろしくお願いします」
レビンはそう言って深々と頭を下げた。
「ほお、なるほどな。確かに評判に違わぬ者のようだな」
私の話を聞き終えたダウントンは感心したように息を吐いた。
「はい。見た目は子供ですが、その本質はすでに一人前の貴族であると感じました」
「ホレーショの奴め、息子にはきちんとした教育をしていたようであるな」
「意外、ですか?」
「あいつの本性を知るまでであればそうでもなかったが、今となっては意外である、と思ってしまうな」
「たしかにそうかもしれません。私も実際に会うまでは、元子爵が自分の評判を上げる為に流布した嘘だと思っておりましたから」
「私もリサ嬢の話を聞くまではそうではないかと考えを改めておったのだが、どうやら再び改めなければならないようだな。まあそうなると、リサ嬢の提案を受け入れた事にも意味があったというわけか。優秀な人材を無駄に失う事にならずに済んだのだからな」
「一つお聞きしても?」
「……当然処刑するつもりでおった」
ダウントンは私が何を聞くのか察してそう答えた。
「少なくとも妻と子供たち、近しい親族も含めた処罰が当然だと考えていた」
「それを思い止まっていただきありがとうございます」
「リサ嬢がそれを望んだからな。此度の件、もっとも被害を受けたのはアルカディアを継いだリサ嬢である。そして我が家臣も悪事に加担しており、死にかけた私の命を救ってくれたのもリサ嬢。その君が私にそう望むのであれば、私はとてもではないが嫌とは言えんよ」
ダウントンは可愛らしく困った顔をして肩をすくめた。
首がめり込んで、更に達磨っぽく見えるな。
別に私としては恩を笠に交渉したわけではないんだけど、ダウントンとしては断り辛い事だというのは最初から理解していた。
まあ、だからもしダウントンが嫌だといったら、その時は素直に運命なんだと考えて引き下がるつもりだった。
今回の事でダウントンも連座制について思うところがあるかもしれないし、将来性の高そうなレビンを失う事も防げた。もしかしたら今後彼の力がリサの計画の助けになるかもしれない。いろいろ面倒はあったけど、終わってみれば予想以上に上手く事が運んだ印象だ。
こうしてダウントンとの会談を終えた私は、その日の夜をジェリエストンの領主邸で世話になり、翌朝早くにアルカディアへの帰路についた。
------------------------------------------------------------------------------------------
カミド山脈沿い、アルカディアの南東に隣接するロジェスト領。
アルカディア領主邸を夕方前に出立したレビンたち一行は、その日の内にロジェスト領内にまで戻ってきていた。
行きは返済金などを積んだ馬車が同行していたが、帰りは馬車ごと引き渡した為に身軽になっていたからだ。
そしてまだ十歳のレビンも一人で颯爽と馬を駆って自領まで走り抜けた。
ここはロジェスト最西部の街ビテヤ。
近くに炭鉱があり、そこに働く者たちが多く住む街。
ある宿屋の一室。
レビンとその護衛騎士であるオリバーがいた。
「ねえ、オリバーはアルカディア子爵をどう見た?」
レビンはその幼い顔立ちにそぐわない低いトーンの声でそう言った。
「……第一印象は驚きました。漆黒の黒髪に幼子のような髪型の貴族令嬢でしたので」
「そうだね。あれには僕も驚いたよ。……黒髪の忌み子。傾国の魔女。まさにその通りの見た目だね」
「しかしレビン様と話をされているのを聞いているうちに印象は変わりました」
「どう変わったの?」
「あれは見た目は恐ろしいですが、中身はただの女子だと。言っている事も考えも全てが甘く、所詮は公爵家でぬくぬくと育った世間知らずだと思いました」
「うん。確かに彼女の考え方は酷く甘い。今の時代にはそぐわない生ぬるい考え方だと思う。でもね、その甘さのお陰で僕は今こうして生きていられているんだよ?」
「それはそうでございますが……元を辿ればホレーショ様の責任でございます」
「それはそうだけどね。あの馬鹿親《父》のお陰で危うく処刑されるところだったんだからね。でも本当に彼女がオリバーのいうような甘いだけのご令嬢だったんだったら、いくらあれが馬鹿だったとはいえ、こうも見事に断罪されるような事にはならなかったんじゃないかな?」
「……よほど優秀な家臣がついているのではないでしょうか?」
「だとしても、ダウントンと交渉したのは彼女だ。それに聞いたところによると、ダウントンの目の前で見事に父をやり込めたらしいじゃないか。当然その事で父が処刑される事になるのを承知の上でだよ。
彼女はあの見た目通りの恐ろしい牙を持っているんだよ。それなのに相反した優しい甘い考えも持っている。これはね、僕にとってはとても理解し難い恐ろしい事に感じるんだ。味方にとっては優しく頼りになり、敵対すれば一切の容赦なく命を刈り取ろうとしてくる。こんな事を素で出来る人間なんて、それこそ歴史に名を残す様な覇王の資質じゃないのかい?僕には彼女が巨大な怪物に見えて、内心じゃ震えていたよ。
そんな彼女が自由に動ける辺境の領主となった。そして一年も経たないうちに同格の貴族を断罪して排除。地域を統括している侯爵に恩を売り、自領地の発展への足掛かりを作った。
オリバー、これでも君は彼女がただの世間知らずだと思うのかい?」
「それは……」
「きっと彼女は何か目的をもってあの地に来たんだ。それが何なのか、何をこれからしようと考えているのかは分からない。でも、もしかしたら彼女は今後僕らにとって最大の障害になるかもしれない。味方につけられるならそれに越したことはないんだけど……難しそうだね」
「……やはりあの場で――」
「出来たかい?君にはもしもの時は合図をしたら彼女を殺す様に言っておいたけど、あの場に居たのは噂に名高いウィリアム候だ。武器を持った剣聖相手に素手の君じゃあどうしようもないだろう?僕もせっかく拾った命を無駄に捨てるのは御免だからね」
「……申し訳ございません」
「オリバーが謝る事じゃあないよ。あの化物二人相手に生きて帰って来れたんだから、今回は大成功だと思わないとね。どうやら好印象を与えられたようだし、しばらくは大人しく動向を見守る事にしよう」




