第52話 レビン=ネルソン子爵
三月に入ってすぐのある日の午後。
自室で領内の報告書に目を通していた私にビクトが来客を告げた。
ああ、そういえば今日だったっけ。
私は卓上カレンダーに目をやり、今日の日付に赤丸がされてあるのを確認する。
部屋着姿だった私は着替えてから行くので来客を応接室に通しておく事とメイドのアンを呼ぶようにビクトに伝えた。
アンに着替えを手伝ってもらい、来客用の黒のドレスに着替えて部屋を出る。
廊下には騎士団長のウィリアムがすでに待機しており、どうやら護衛としてビクトが手配していたようだ。
私はウィリアムを伴って応接室へと向かった。
応接室へ入ると、そこには一人の少年と、その後ろに武器は持っていないものの全身鎧を装備した体格の良い騎士がこちらへ頭を下げた状態で立ったまま待っていた。
「……お待たせしました」
座って待っていると思っていたので、その光景に少し戸惑いながら声をかける。
「お初にお目にかかります。私はレビン=ネルソンと申します。こたびは父がご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」
いや、頭下げたままだからまだお目にはかかってない……ああ、私が目にかけたって――いや、それだと意味が変わるのか?
「リサ=アルカディアです。そのままでは話にくいでしょう。まずは頭をお上げください」
「……失礼いたします」
逡巡した後、ゆっくりと顔を上げるレビン。
父親譲りの赤髪と整った容姿。なかなかの美少年で、もう少し年が上だったなら隠し攻略キャラとして出てきても面白そう。
確か歳はまだ十歳だと聞いていたけど、利発そうな顔つきで、それよりも随分と大人びた印象を受ける。
「どうぞおかけください」
レビンにソファに座るよう促し、私もその向かいに腰を下ろす。
ウィリアムは私の右隣りで直立不動で立っていた。
「それとネルソン元子爵の件についての謝罪は不要です」
「――え!?」
「あれは元子爵が個人的に行った事であって、貴方は息子とはいえすでに叙爵してロジェストの領主となっています。その立場で謝罪を行う必要はない、という事です」
「……分かりました」
一瞬何か言いかけたが、私の言わんとしている事をすぐに理解したらしい。
今回レビンがアルカディアに来たのは、ネルソンが横領した額の返還が目的である。
それはあくまでもネルソンの個人資産から還されるものであり、ロジェスト領自体は全く関係ないという立場でなければならない。そうでなければアルカディアとロジェストの関係に大きな影響を与えてしまうからだ。
領主となったレビンが来たのも、領主としてというよりも父のしでかした事への謝罪をする為に来たのだろう。しかし、ここはあくまでも公的な場である。だから貴族同士、領主同士としてのお互いの立場で接する必要がある。それがたとえ元領主の犯した罪であったとしても、今回のようにネルソン個人にのみその罪を問うとダウントンが判断した以上は、新領主であるレビンが謝罪する必要はない。
「では、ネルソン子爵として、アルカディア子爵にお礼を申し上げます」
「……礼?私が何かいたしましたか?」
「今回の件でネルソン家が取り潰しにならなかったのはアルカディア子爵がダウントン侯爵閣下に働きかけてくださったお陰だと聞いております。そして他の家族も罪に問われる事がありませんでした。その事に対するお礼でございます」
ああ、それは確かに私がダウントンに頼んだ事だ。
別にダウントンがネルソン家を取り潰すなんて言ったわけじゃないけど、罪の重さからしても連座制で罰せられる可能性が高かったからね。
関係ない家族があの馬鹿に巻き込まれるのを見たくなかったから、命の恩人の立場を利用させてもらったのよ。
そもそも令和の世に生きていた私にとって連座制なんてナンセンスすぎる。
「それは当然でしょう。それに私が言わなくても、閣下も貴方たち家族を罰するつもりはなかったと思います」
「そうでしょうか?父の犯した罪を考えれば私どもの首が飛んでいても何ら不思議ではないと思いますが」
「貴方は父親のせいで自分の首が飛んでも構わないと考えているのですか?」
「……それも貴族の家に産まれた者の運命だと考えておりました」
「まあそう考えるのが普通なのかもしれませんね。しかし運命とは変えられるのです。事実、貴方が考える通りの罰が下されたかもしれない未来は変わったのです。これを積み重ねていけば、連座制などという悪しき慣習も無くなる事でしょう」
「アルカディア子爵!?その発言は王家に対して――」
「王国の法に連座制などという記述はありませんよ?」
「それは……存じておりますが……」
「親族を残して処罰すれば、その残された親族がいずれ禍の種となるかもしれない。自分たちの身を脅かすかもしれない。そんな臆病な考えから無理やり家族にも罪を着せて処罰しているだけなのですから」
「しかし、元を辿ればそれを容認したのは王家ではないですか?」
「容認であって公認ではありません。だからこれはあくまでも慣習であり、必ずしも守る必要などないのですよ」
ロイシャン、ドーヴィルの継承権争いの事もそうだけど、どうしてヴァルハラという国はこうも慣習に縛られているのか。
そんなだから黒髪の忌み子なんて蔑称でリサが苦しむ事になるんだ。
「時代は変わっていくのです。その時代にそぐわないものに縛り付けられる必要などないのです」
親の罪を子が背負うなんて事はあってはならない。
それがどれだけ悲惨な事なのか、私は現代でその事を何度も痛感してきたのだから。




