第48話 コルフローネ
あの後、それまで家族にすら伏せられていたダウントン暗殺未遂事件だったが、彼の容体が安定した事もあり、ようやく息子であるルイスに連絡することになった。
ルイスはアルカディア領主の任を解かれた後、ジェリエストンの各領地を廻る旅に出ていたらしく、父親が襲撃されたと聞いてすぐに戻ってくるとの事だったので、私はそれに先んじてお暇する事をダウントンに告げた。
その時にダウントンが私を引き留めて何とかルイスと会わせようとするだろうと思ったのだけれど、彼は意外な程あっさりと帰ることを承諾してくれた。
「今のあいつに会わせても逆効果だろうからな……」
最後にぼそっとそう呟いていたけれど。
アルカディアに戻ってくると、予定通りシモーネは捕らえられており、衛兵による連日の取り調べが続いていた。
当初からシモーネは容疑を一貫して否認しており、自分は陛下の忠実なる臣にして王都から派遣された役人である。自分が懇意にしている上級貴族は両手の指でも足りないのだ。そんな私にこのような真似をしてただで済むと思うなよ。などの悪態をつきまくっていたらしい。
もし本当にそんな貴族がいるなら連座制で全員処罰してやりたいわ。
しかし私が戻ってきて、侯爵邸でのネルソンとセオドアの事を話すと、この世の終わりの様な面白い顔をした後に気を失ってしまった。
今は素直に自分のした事、ネルソンたちがそれを支持していた事などを話しているようだ。
容疑者の自供が取れた事で、今回の一件はほぼ解決したといっても良いだろう。
そして――
「コルフローネ=ヴェールと申します」
ヴァルハラ北部に領地を持つヴェール伯爵家の次男にしてアルカディアの副監理官だったコルフローネ。
彼もシモーネと共謀して横領の片棒を担いでいた。
シモーネ捕縛の際に同席していたところを衛兵によって一緒に捕らえられていた。
兵士二人に連れられて取り調べが行われている部屋へと入ってきたコルフローネは、私がそこにいることに気付くと、後ろ手に縛られた状態で床へと座り込んで頭を下げた。
「頭を上げて椅子にかけなさい。そのままでは話しにくいわ」
机を挟んだ椅子に座っている私からは、床に座ったコルフローネの姿がほとんど見えない。
私の言葉に素直に従うコルフローネ。
濃いブラウンの髪にすらっとした細身の身体。黒い縁の眼鏡をかけた青年。歳は今年で26になったらしいが、それよりもかなり若く見える。
他の人たちもそうだけど、基本的にこの世界の人たちは若く美しく見える。
そう感じる度に、ここはやっぱり乙女ゲームの中の世界なんだなと実感してしまう。
「まず最初に貴方に訊きたい事があります」
真っすぐに私を見つめるコルフローネ。
そこには犯罪を犯した人の持つ後ろめたさを感じることはなかった。
「全てが明るみとなった今、私に隠す様なことはございません。何なりとお聞きくださいませ」
「私は貴方の期待に応える事が出来ましたか?」
「……どういう意味か解りかねます」
「あら?隠す様なことはないのではなかったかしら?」
「…………」
「貴方は最初から私に――いえ、誰かにシモーネたちの行っていた横領を告発してもらいたかった。だからこそあんな決算書を作り上げたのでしょう?」
「…………」
「ここ三年分は貴方が作ったのでしょう?あれは細部に至るまでよく出来ていたわ。前任者が作った杜撰な決算書とは段違いの出来よ。だからこそ気付くことが出来た。それまで雑費などで曖昧に濁されていた収支が、貴方が来てからはしっかりとした理由が全てにおいて記載されていたわ。
その中の税として納められた作物を販売した時の取引量や取引先、それに伴う収益もはっきりとね。だからこそ、その取引単価が異様に低いことに気付くことが出来た。本来であれば管理官は国に納める税に対しての決算書を作れば良いのだから、それまでの管理官と同様に取引で得た金額だけを記載しておけば良かった。
でも貴方はそれが分かるようにしっかりと全てを記載していた。それもセオドアがダウントン侯爵へ報告する数字ときちんと合わせて」
「私は詳細な決算書を作ろうとしただけで、そのような意図は持ち合わせておりませんでした……」
「シモーネは喜んでいたんじゃないかしら?精度の高い決算書を王都に送ることが出来れば自分の評価にも繋がる。その上で自分たちの悪事がバレないなんて最高じゃない?
貴方は王都の誰かがその事に気付いてくれることを願っていた。しかし誰も気付くことはなかった。それは何故かしら?」
「……王都の役所の人間は地方の取引価格についてほとんど理解しておりません。それに前任の管理官が、アルカディアの作物は品質が悪く値が付かないと報告しておりましたので……」
「でしょうね。私も王都にいたから良く知っているわ。あそこに住んでいる連中はみんなが夢の中にいるような感覚で生きているんでしょう」
ゲーム本編に関係の無い知識なんて王都の人間には興味が無い。
常に栄華を極めたヴァルハラ王国の世界で幸せに暮らしているんだから。
「それでも貴方は諦めなかった。三年に渡って無言の告発を続けていた。
でもそれなら何故直接告発することを選択しなかったのかしら?最初に気付いた時にそうすれば良かったと思うのよ」
「私はそのような事は……」
「ルイス様とはエルディン学園でご学友だったのね」
「――!?」
「その縁もあってこのアルカディアに来たのでしょう?」
「…………」
「貴方はルイス様がこの件の首謀者だと思っていたんじゃないかしら?領主が先導した横領事件。だってそれが一番分かりやすい構図ですものね。だからこそ表立って声を上げる事をしなかった。でも見過ごすわけにはいかないとも思った。それが貴方の正義感なのか、友人への想いなのかは解らないけど。
そこで貴方は自分も横領に加担することでバランスを取ろうと考えた。友人の罪を自分も被る事がルイス様を告発することへの贖罪になると。
でも残念、なのかしら?ルイス様はこの件には一切関わっていないわ」
「え……」
コルフローネの驚いた顔は、ここまでの私の仮説が正しいことを教えてくれていた。




