第47話 顛末
ダウントン侯爵暗殺未遂事件から三日が過ぎた。
あの日平気そうに見えたダウントンだったが、あの後すぐに意識を失った。その後の懸命な治療の末に何とか一命を取り留めることが出来たのだが、もしあのまま死なれたら、私がトドメを刺したみたいなので、彼の無事に一人だけ違う理由で安堵していた。
そして今日、私はダウントンとようやく面会することが出来た。
寝室に通されると、ベッドの上に上半身を起こしたまま座っているダウントンの姿があった。
寝間着を着てはいるが、その胸元から肩にかけて包帯が巻かれているのが見える。
「リサ嬢。よく来てくれた」
そういって微笑むダウントンは、最初に会った時の豪快さが消え、かなり弱弱しく見える。
「閣下。もう起きられても平気なのですか?あまりご無理をなさっては……」
「ああ、傷はまだ痛むが何という事はない」
コルトに斬られた傷はダウントンの皮膚と分厚い筋肉を斬ったところで止まっていたらしく、出血は酷かったが、すでに危機的な状況は脱したとの事。
……そうなの?
人間の体ってそんなに丈夫に出来てるもんなの?
あれだけ血を流してて、三日で普通に話が出来るとかって普通?
……いやいや、ゲーム世界の人間の事を真面目に考えていたらきりがないか。
「それよりもリサ嬢がずっとこの屋敷に残っていてくれていると聞いては、大人しく寝ているわけにはいかないだろう?」
「そんなことは無いと思いますが……」
「私にはあるのだ。なんせリサ嬢は私の命の恩人なのだからな」
は?
いつ私がダウントンの命を救ったと?
むしろ斬られかけた私を助けたのが貴方ではないですか?
「あの時リサ嬢がコルトの凶行に気付いて叫んでくれていなければ、私が受けた傷は間違いなく致命傷になっていた。君の声に反射的に身を退いたからこそ、この程度の怪我で済んだのだ」
ああ……あれか……。
私の目にはバッサリと斬られたようにしか見えなかったけどねえ。
「閣下はこの国にとって重要なお方。その身を案じるのは王国の臣として当然の事でございます。それに私の方こそ閣下に命を救われました事、ここに心よりの感謝を申し上げます」
「それこそいらぬ気遣いよ。元を辿れば君を危険に晒したのは私の責任。もし傷の一つも付けたとあらば、マイヤー閣下にこの命を捧げたとて釣り合わぬわ。そういう意味でも君が無事だったことは私の命を救ったようなものよ」
んなわけない。
そもそもの原因は私がネルソンとの揉め事にダウントンを意図的に巻き込んだ事にある。
つまりそれさえなければダウントンが死にかけるような事にはならなかったのだ。
「得心がいかない顔をしておるな?」
「いえ、そういうわけでは……」
「君が用意してきた資料は私に見せたもので全てか?」
「はい。閣下にお見せした物が全てでございます」
「そうか。では、どうやらコルトの事だけは想定外だったと見える」
コルトの事《《だけ》》?
「君はここに来るにあたり万全の準備を整えていた。それは最初から私にネルソンたちの悪事に対する判断を委ねるつもりだったということだ。
そして私が今回呼び出さなくとも、近々自ら謁見の申し入れを行うつもりだったのだろう?だから自分が私を巻き込んだ、そう思っておるのだろう?」
「……閣下のご慧眼、恐れ入ります」
「ネルソンが同席したことは予定外だったかもしれないが、元より君はセオドアとネルソンとの繋がりを私に告発し、それをもって自らの魔鉱山の所有権を正当化しようと考えていた。そしてその作戦は見事成功した」
「……はい」
「もし君がコルトに反意があることを知っていたら、先に私にそう教えていただろう。あの者を室内に入れるような真似を黙ってみているはずがない」
その通りだ。
私が――影の一族が調べ上げた情報の中に、コルトとネルソンたちとの繋がりに関する報告はなかった。
横領に関わっていたという事実も、ネルソンたちから金銭を受け取っていた形跡も無かった。だから今回の件でコルトの名前が私の下に挙がってくることはなかったのだ。
「今回の件を受けて君はどう考える?コルトはネルソンたちと共犯関係にあったと思うか?」
「……分かりません。少なくとも私たちの調べた中に彼の名前は出てきませんでした」
「つまりコルトが私を襲ったのは横領の件とは無関係の可能性が高いと?」
「現状ではそう考えております。ただ、私どもの調査が完璧だったとは言えませんので……」
「いや、あれだけ調べていたのだ。もしコルトが共犯関係にあったのであれば、その過程で名が挙がってこぬはずがない。それにネルソンたちの口から自分の名前が出る事を恐れての行動にしては些か衝動的過ぎる気がする。あの場で私を殺したとして、どうして自分たちが逃げきる事が出来ようか。それならばネルソンたちを見棄てて、自分だけが逃走する方が理にかなっている。
それにな、あの者には横領を行う際の役割が無いのだ。むしろ邪魔であるとすら言える」
それは私も考えていた。
コルトの役割……騎士団長である立場を利用して出来る事……。
今回の横領に関しては思いつかない。
無関係の騎士たちを動かしても目立つだけだし、何に利用出来るとも考えられない。
「だからコルトはリサ嬢たちの件とは無関係。なのでその事で君が気に病む必要はどこにもないし、私の家臣のせいで君を危険に晒したのも事実なのだよ」
「……そこまで言われるのでしたら、閣下の感謝の意をありがたく受け取らせていただきます」
「いや、気持ちだけで済ますつもりはない。アルカディアの抱えている借金は全て当家が払わせてもらう。そもそも原因を作ったのは私にあるのだから当然といえば当然なのだがな」
本当に!?全部代わりに払ってくれるの!?
ラッキー!!
これで魔石の利益は全部運営費に回せるー!!
「そしてネルソンらが掠め取った金についても、ロジェストに要請してアルカディアへと返させる」
え?てことは……借金額が倍になって返ってくるってこと!?
よっしゃー!!利息分もついてきたー!!
「後は――逃げたネルソンとセオドアが捕まれば万事解決なのだがな」
そうだった。
あの時、異変に気付いたウィリアムが部屋へと入ってきた。
そして警備にあたっていた他の兵士たちも後に続くように室内へ。
そこで彼らは血だらけのダウントンと、コルトがそのダウントンを暗殺しようとしたと言いながらウィリアムにコルト討伐の指示を出していた私を見た。
その兵士たちの横を逃げ出したネルソンとセオドア。
ウィリアムも、兵士の誰もが部屋の中での私たちの会話を知らない為、二人がコルトから逃げようとしているとしか思わなかった。
その後コルトがウィリアムに討たれ、皆が負傷したダウントンを心配している間に二人の姿は屋敷から忽然と消えていた。
すぐに領内に二人の緊急手配がなされたけど、顔写真も無いこの世界では目撃情報も乏しく、二人の行方は未だに掴めてはいなかった。
それにコルトがあんな行動に走った理由もまだ判明していない。
手放しで喜ぶのは少し早いかもしれないね。




