第46話 決着
ダウントンはガクリと手をついた体勢で倒れ、斬られた箇所から流れ出る血が床を染めていく。
「団長!!何を血迷われ――」
ネルソンを連れて行こうとしていた騎士がコルトの凶行に驚きの声を上げた――が、その瞬間、横一文字に振り抜かれたコルトの剣が騎士の喉元を斬り裂いた。
ダウントンとは比較にならない程の血液が噴水のように吹き出し、騎士はその場に力無く倒れた。
「旦那様!!」
駆け寄ろうとした執事に剣を向けて制し、その視線は私に向けられた。
次はお前だ。その目はそう言っているように見えた。
(私が大声を出したとしても外に聞こえるような杜撰な造りにはなっておらん)
部屋の外には警備の兵もウィリアムも控えている。
しかしここから助けを呼ぼうにも声は届かないだろうし、私がドアまで行くためには目の前のコルトをどうにかしないといけない。
私は両の掌をコルトに向ける。
「我が身に宿りし炎よ 火球となりて敵を焼き尽くせ!!」
リサが得意としている火の魔法。
俗にいうファイヤーボールのようなもの。
ボーリングの玉ほどの火球が目の前に出現し、コルトに向かって高速で放たれた。
「――チッ!!」
しかしコルトはギリギリのところで身体を捻って躱す。
そして間髪入れずこちらへと踏み込み、剣を大上段へと振り上げた。
それは剣の素人の私ではとても反応することの出来ない程の速さ。
それは私の想定を遥かに超える速さ。
やれることはやった……と思う。
それでも足りなかったのかもしれない。
コルトの強さを知っていれば、もっと他の選択肢もあっただろうから。
私は反射的に目を瞑り、凶刃が迫るのをただ待つしかなかった。
「――なっ!?」
しかし聞こえてきたのは私が斬られた音ではなく、コルトの驚いたような声。
再び目を開いた私が見たのは、コルトが剣を振り上げた事で僅かに開いた甲冑の隙間。その右手首を掴んでいるダウントンの姿だった。
「まだ動け――」
「この痴れ者がああああああ!!」
――ベキィッ!!
「があぁぁぁぁぁ!!」
何かがへし折れるような音と共にコルトの悲鳴が響き渡る。
……骨を握り潰した?
握力で手首を?嘘でしょ?
「リサ様!!」
ウィリアムが部屋に飛び込んできた。
私が外した火球はそのまま部屋のドアに激突し、ウィリアムはその音で異常を感じ取ったんだろう。
「ぐぐ……」
相当な痛みがあるはずなのに、コルトは残された左手で剣を掴んでウィリアムに向ける。
「ウィリアム!その者は閣下を暗殺しようとした犯人です!」
「何ですと!?」
「構いません!討ちなさい!」
「――はっ!!」
ウィリアムに遅れて他の兵士たちも入ってくる。
これで手負いのコルトに逃げ場はない。
「くそっ!こうなれば一人でも多く道ずれに――」
コルトは大量の血を流しながらも恐ろしい形相で睨んでいるダウントンと私に視線を這わせ――
「死ねえ!魔女が!!」
当然のように私を選んだ。
「死なないわ」
私は真っすぐにコルトの目を見る。
「がはあぁぁぁ!!」
「背後から斬るのは騎士道に劣る行い。だが、相手が主君に害成す外道であれば、その汚名も喜んで引き受けよう」
ウィリアム・ストッダード。
フィッツジェラルド家の誇る最強の騎士。
その剣技において並ぶ者無し。
その最強の斬撃がコルトを鎧ごと斬り裂いた。
「閣下!大丈夫ですか!」
コルトが討たれたのを見届け終わると、ダウントンも同じように床に倒れた。
私は急いでその傍に駆け寄り、倒れている「どう見ても大丈夫には見えない」ダウントンに声をかける。
周囲の床は血だまりが出来ていて、その胸元からはいまだ血が止めどなく流れ……てはいない?
着ている服は血で真っ赤に染まっているけど、血は……止まってる?
いやいや、流石にそんな馬鹿な。
こんな短時間で血が全部出尽くしたとでも?
ちらっとさっきコルトに斬られた騎士の方へと目をやりたくないけどやる。
うん。こことは段違いの血だまりが出来てるね。
まだダウントンの体内に血液は残ってるはず。あの騎士よりも出血量は全然少ない。
……それが致死量かどうかは知らないけど。
「リサ嬢……」
「――閣下!」
よし!まだ生きてた!
「どうやら……私はここまでのようだ……」
おい!ベタな台詞言わないで!
ここで貴方に死なれたらリサのこれからの計画が全部台無しになっちゃうのよ!
「何を弱気な事を言っておられるのですか!閣下にはまだやらねばならないことがあるでしょう!」
「私のやらねばならない……ことか……」
「そうです!この国はまだ閣下のお力を必要とされております!こんなところで終わってはいけません!」
生きて私に協力して!
「私の望みは……一つだけ……」
「ならば生きてその望みを叶えてくださいませ!」
ついでに私の望みも叶えて!
「この国の……未来を……民の……未来を……守ること……」
「そのような大望があるのでしたら、なおの事死んではなりません!」
「リサ嬢……頼みがある……」
「……閣下?」
ダウントンの視線は私に向けられているが、その焦点は宙を見ている。
まさか……もう見えてないの?
「その未来……君に託させてもらっても……良いだろうか?」
「何をおっしゃられているのですか……生きてご自身で叶えてくださいませ!」
「頼む……これが私の最期の願いだ……」
ダウントンの望みはリサの望みと同じ。
しかし、その為にはダウントンの協力がどうしても必要だ。
今ダウントンが死ねば、後を継ぐのは《《あの》》ルイス。
協力者としてはこれ以上ない程に心許ない《《アレ》》を神輿に担いで叶えられるとは到底思えない。
だから……代わりに引き受けられるはずがない。
「……閣下」
「頼む……私の願いを……聞いてくれないだろうか?」
「しかし……」
「ルイスの嫁になってこの領を……」
ん?嫁?
「君が妻になれば、アレも少しはまともになるは――イダッ!!」
私はダウントンの傷口に強めのビンタを振り下ろした。
「リサ嬢!私は怪我人だぞ!?」
「それだけ叫べれば大丈夫ですね」
「――あ」
あ、じゃねーよ!
私は抱きかかえていたダウントンの頭を放り出す様に離した。




