結婚式をしても結婚していない?
フィリアスはまた私の前で跪き、私の手にキスをして帰った。
いつもの再婚話と何が違うのかと息子に聞かれて、言おうかどうしようか迷った。
「実は、彼は私の初恋の人だったの。一時期とても好きだった」
「母親の恋バナは何か照れるな」
「でしょ? それに私はエルサス王国で仕事をするのよ。随分投資もしたし、もう後には引けないわ。あの国で将軍であるフィリアスを無視することなんか出来るはずがない。......困ったわ」
「おばあちゃんに相談したら?」
「たぶん、好きなようにしなさいって言うと思う」
「だよね。いいよ。明日、僕がその将軍さんと会うよ。母さんが結婚したくないなら、それこそ次期商会長としての腕の見せ所だよ」
「たぶん、負けるよ」
「どうして?」
「彼の歩んできた道が重くて、私も勝てなかった」
「じゃ、結婚するの?」
「そうなるかな......」
それから、リセルとチェイスはフィリアスに会った。言いたいことはきちんと言おうよと彼らなりにいろいろ考えてはいたようだが、
「私は君たちのお母様を心から愛している。お母様を生涯大切にする。エルサス王国の再興にも彼女の力は必要だ。だから結婚を認めて欲しい」
侯爵であり将軍でもあるフィリアスがそう言って彼らに頭を下げたので、子供たちはあっという間に陥落した。
フィリアスは母にも会った。
「お久しぶりです。相変わらずお美しい」
などと言われ、母はすっかり上機嫌になった。
「フィリアス。随分と遠回りをしたのね」
「そうですね。でも、多分そのお蔭で無事にこうしてジョジーナと再会出来ました。神の采配ですね。どうです? 一緒に故国に帰りませんか?」
「申し出はありがたいけれど、私はここの生活が気に入っているの。きっと間もなくひ孫にも会えるわ。ただし私が亡くなったら領地の墓のアイザックの傍に葬って欲しいの」
「わかりました。長生きしてください」
というわけで母も陥落した。
そしてその後、フィリアスはマーレイの墓に連れて行って欲しいと言った。
彼は長い時間、マーレイの墓の前で跪いて祈っていた。
マーレイも墓の中で陥落したに違いない。
チェイスの結婚式が一か月後にあるので、元々私はそれを見届けて一月ほどしてからエルサス王国に向かうつもりでいた。
フィリアスはその頃にまた迎えに来るよと言った。
「船上で結婚式を上げよう。それからエルサスの王都までが私たちの初めての旅行だ」
楽しそうに語るフィリアスに逆らう気が失せた。
そして、彼は素早く私の唇を奪い「私は何度君に恋をするんだろう」と呟きながらエルサス王国に帰って行った。
彼が帰国した後、私はフィリアスと結婚するとは一言も言っていなかったことに気が付いた。
いつの間にか外堀が埋められていた。さすがに歴戦の強者だ。
それからの私の忙しさは想像を絶した。フィリアスの来る日を忘れていたくらいだ。
目の前に彼が立って抱きしめられて、「そうだ私の結婚式」と気が付いた。
こんなこともあろうかと、フィリアスがリセルと母に私のウェディングドレスを用意してくれるように頼んでいたらしい。
船上での結婚式は、エルサス王国の港に着く日の前日に行われた。
マーメイドラインのウェディングドレスは、膝上から裾にかけてゆっくりと広がり美しいラインを醸し出している。オフショルダーで鎖骨を出し、その辺りまでの長さのヴェールを着けた。
全体には真珠を使った刺繍がされて、上品さを前面に出していた。リセルのセンスの良さが伺える。
フィリアスは軍服姿が板についていて年相応の落ち着きと魅力に溢れていた。
彼は私のウェディングドレス姿に息をのむと、黄色いバラの花束を差し出してきた。
「これは昔から自分の愛の塊」なんだそうだ。知らなかった。
船長に式の進行を頼み、乗客や従業員、護衛たちに見守られる結婚式になった。
王都までの十日間は。当然フィリアスと寝食を共にした。
彼の三十数年間の想いを受け止めた私を褒めて欲しい。
「いつでも手の届くところに君がいるなんて、こんな幸せはない」と言い切るフィリアスに文句の一つも言うことができなかった。
ただ、彼の傷だらけの身体を見た時には、本当によく生きていたものだと感心した。
彼は私の髪や頬を撫でながら「女神が守ってくれていたから」と言うが、それは私ではなく本当の女神様かもしれないと少し嫉妬した。
王都での家は、私が準備していた屋敷に住むことにした。彼は王宮の一角に居候していたからだ。
私たちは、領地でもう一度結婚式を挙げた。私がルドウィン伯爵家の娘だと知って、領民がとても喜んでくれた。
さらに王室のたっての願いで、再興のシンボルとして王都でも結婚式を挙げることになった。
長い間、独り身だった人気の将軍が、戦禍で離ればなれになっていた愛する婚約者を探し出して結婚したのだ。民衆の気持ちを一つにするには持って来いの話題だった。
しかもパレードまでさせられた。
ドレスは商会の宣伝にもなるので、慌てて関係者に来てもらい一か月ほどで仕立ててもらった。
今度は露出を控え、ハイネックで長袖。総レースで広がりを抑えた型にした。
レースにはパレードで映えるように、所々に光に反射して輝くクリスタルビーズを縫い付けた。
ダイヤモンドにする案もあったが、民衆の反感を買いそうなので却下した。
リセルがキーナンと一緒に来て、中心となって動いてくれたのが何よりも嬉しかった。
実は、私たちは三度も神の前で誓ったのに婚姻届けを出していない。
お互いの仕事以外はいつも一緒にいるし、もちろん寝室も一緒だ。
エルサス王国では仲の良い夫婦の代名詞にもなっている。
でも私たちは書類上は婚約者のままだ。なぜかと言うと、私には二つの国に籍がある。私は一人なのに名前が違うのでややこしい事態になっているのだ。
ジョジーナとして結婚すると、ジーナは何処にいるのかということになる。商売に関するあらゆる権利はジーナ・ハインズとして取ってあるわけだから、それをすべて名義変更しなくてはならない。
しかも国も名前も全く違うと言うことになるとかなり面倒な手続きになる。それが出来るかどうかも分からない。
少しずつ子供たちに移していくにしてもすぐには無理だ。それに私が亡くなった時は遺産問題も浮上する。
国籍別夫婦別姓制度があっても無理かもしれない。
抜け道でも見つからない限り、ジョジーナもジーナも結婚しない方が良いのだ。
フィリアスもそれは理解してくれている、たぶん......。
「仕方がないだろな。婚姻届けを出さなくても実際には夫婦として認められているし、現実には結婚していることになっているからね。問題はないよ。それに君は、ずっと私の傍にいてくれるだろ?」
「もちろんよ、フィリアス。愛しているわ。願わくは、私より先に逝かないで」
「それはどうかな。私は君がいなくなったら耐えられるかどうか分からない。でもその言葉だけで十分だよ」
どうしても不都合が出てきたら、その時に考えよう。
私とフィリアスの婚約は永遠に続くのかしら?
---End---
幸せの形はいろいろあります。
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