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フィリアスの語り

◇-◇


 私は七歳の時に君と会った。兄に虐められ、母からはいないものと扱われて、とうとう耐えられなくなって、あの日、まだ日が昇る前に王都の屋敷を抜け出した。

あの林の中で、もうこのまま死んでもいいやと思っていたのに、天使が白い犬と共に私の下にやって来た。

 亜麻色の髪と光に輝くグレーの瞳を持つ天使は私を心から心配して応援してくれた。だから私は自分を甘やかしていたのだと気が付いた。天使が去ってから泣きながら食べたクッキーはとても甘くて幸せの味がした。


 天使のくれた石を大事に抱えて、家に帰り、それからは天使と共にある自分の未来を目指して頑張った。

 水切りもニ十回は出来るようになった。ん? 悔しいって聞こえたが?


まあそれで、白かった髪も天使の言う通りに、いつの間にか金色に近い色になった。


 天使が誰かを知る機会が中々無かったが、十二の時に騎士学校に入ってすぐに分かった。

騎士学校というのは、貴族の次男、三男が多いから、当然、良い婿の先が話題になる。君の人気は一番だった。由緒ある伯爵家の亜麻色の髪の美しい少女。ジョジーナ・ルドウィン。僕が天使と会ったのはルドウィン家の領地だ。


 たぶん、君の下には釣り書きもたくさん来ていたことだろう。通常の方法では君が手に入らないと思った。だから私は君に相応しくなったと思った時に父に頭を下げて、陛下の推薦を貰った。

婚約は無事に整い、私は天にも昇る気持ちだった。ただ、私も若かったから七歳の頃の情けない姿を君に思い出して欲しくなかったので、あの時のことには口を噤んだ。


 そして、君は美しく成長してだんだん私を気にかけてくれるようになった。どんなに嬉しかったことか。


だが、すべてはレリアに壊されてしまった。


 結論から言うと、彼女はリジット王国で訓練を受けた間諜だった。実際の年は私の一つ上だったようだ。


 王太子と騎士団長の息子がそして宰相の息子までが彼女に夢中になった時点で、騎士団長からレリアに接触して調べて欲しいと言われた。


「男をその性格に合わせて持ち上げ、自分に気持ちを向けさせるなんて、普通の令嬢には無理だろう。出自がはっきりしないところもある。君は婚約者のジョジーナ嬢に夢中と聞いているから大丈夫だろう。ただし、本人や周りの者に気づかれないようにしてくれ」


そう頼まれれば嫌とは言えなかった。だから君にも言うことができなかった。

彼女をそれとなく見ていたが、彼女の方がずっと上手だったよ。君に触れることを躊躇している私の気持ちを分かって、彼女は私の腕や肩や手に触れてくることが多くなった。触れてはさも偶然だと言うように恥ずかしげに笑うんだよ。君への思いがなければ、私も危なかった。


 ただ、あの頃の新米騎士から得ることは何もないから、面白がっていただけだろう。むしろ君の家に通うことが彼女にとっては大事だったようだ。あの土地はリジット王国にとっては重要な地だったからね。私は彼女の目的はルドウィン家かその土地ではないかと騎士団長には告げていた。


 婚約解消話の原因になったあの日、私は執務室から出てくる彼女を見た。たしか伯爵は留守のはずだから、おかしいと思った。彼女は私に気が付かなかったと思う。いやもしかすると気が付いていたのか?


 何か盗まれなかったか? 一番詳しい領地の地図? やはりそうだったんだ。

あの後、君の部屋から出た私は中庭にいたレリアに君が良くなったことを告げた。そしてこれから君がサロンに来るよと言った。その途端に彼女は「少しここで待っていて」と言って薔薇の咲いている一角に行って一輪の赤い薔薇を手折って来た。


「これをジョジーナに上げれば喜ぶわ」とその薔薇を私に差し出した。

「もう、バラの花束を上げてきたよ」と答えたら、急に「あら、目にゴミが入ったわ、薔薇のとげだったらどうしましょう。お兄様、私の目を見てくれない?」そう言って、腕を私の首に回した。彼女は君があそこを通ると分かってあの行動をしたんだ。


地図を手に入れることができたから、出入り禁止になった方が都合が良かったはずだ。

 

 私たちは罠に嵌まったんだ。


 あれから、まもなく私は戦争に行くことになった。君の誤解を解く前に死んでたまるかと思った。半年ほどの膠着状態が続いて、変だと思った時に君の領地に敵が攻め入っていると言う情報が入った。あの時の私の気持ちが分かるか? すべてを捨てて行きたかったが、ベルナ高原の敵の軍も引いてはいなかった。


 王都の話も伝わって来た。レリアはゲイリーや宰相の息子マックスに嫉妬した王太子によって一室に監禁されていた。レリアにとっては計算外だったろう。そのうちにエメリンの怪しい行動が君の叔父のチャード医局長に気づかれて、エメリンは牢に入れられ、すべてを暴露させられた。


 エメリンとレリアは親子ではなくて親子という設定の間諜だった。医局長が王宮に移動すると言う話を知ったリジット王国の情報局が、彼女たちに君の叔父を誘惑してエルサス王国の王宮に出入りすることを命令したらしい。


 レリアが敵国の間諜だったと知った王太子は自分の失態を悟った。レリアのために婚約破棄までしたのだ。愛するが故にレリアを許すことはできなかったのだろう。彼女を殺害して自分もその場で命を絶った。


 さて、私はと言えば、膠着状態を打破するために、ある夜、わが軍は敵陣への襲撃を試みることにして、私もそれに参加させられた。


 結果は敵に気づかれて惨敗だった。私は殺されずに捕虜となった。なぜなら公爵家の息子と言うのが利用価値があると思われたらしい。あちこちで捕虜となった十人ほどの貴族の息子たちが、監視隊とともにあちこち移動させられた。そんな生活が一年も続いたある日、私たちは洞窟の中で休めと言われた。捕虜たちの中の私を含む四人が、ここにいてもいずれ殺されるだけだ。この洞窟には絶対に他に出口があるはずだから、そこから逃げようと言ったが、他の者たちにはその提案は無視された。仕方がないので私たちは洞窟の中に入って行った。


 風の来る方向を目指して、進んだ。時には這いつくばり時には腰までの水につかりながら、暗闇の中を進んだ。

そしてやっと希望の光を見つけた。私たちは必死にその光の穴から這い出した。


 全員が出てほっとしたのもつかの間、前方から狙撃された。私にとって幸いだったのは最初の一発を胸に受けてその衝撃で倒れてしまい、次の弾が当たらなかったことだ。残念なことに他の三人は複数の弾に当たり、亡くなってしまった。


 どうして私が死ななかったのか? それは小さい頃君に貰ったあの石をお守り代わりにいつも左胸のポケットに入れていたからだ。偶然にもその石が胸に当たった弾をはじいてくれたのだ。ただしばらくは立ち上がれなかったので彼らは他の人間と同様に私が死んだと思ったのだ。

「ほら、やはりここから出て来ただろ? 賭けに勝ったぞ。まあ他の連中も長くはないがな」と話しているのが聞こえた。


 いずれにしても私達には明日が無かったのかと目の前が暗くなった。これが戦争と言うものだと思っても受け入れるには辛すぎた。


 だが、私は君に二度も命を救われた。私にだけは明日があった。もはや君は私の女神ではないかと言う思いを強くした。


 それから一か月ほど山の中を彷徨い、なんとか川まで辿り着き、川を下っていった。

それも酷く大変な経験だったが、ここでは話すことでもないだろう。


 そして、一年近くかけてエルサス王国の南の拠点まで辿り着いた。そこにはファメル公爵や第二王子のクリント殿下を中心に軍を立て直していた。私がクリント殿下の従兄と言うこともあり、すぐに側近となり、軍の経験や捕虜の経験から、軍で重要な地位に就かされた。


 それから我々は少しずつ力をつけ、周りの国々からも援助を受けて、リジット王国が弱体化した時を狙って一気に国を奪い返した。八年もかかったが、思い返せばあっという間だった。


 リジット王国が攻めてきた時から多くの犠牲者を出した。行方不明者も多い。それでも我々は祖国の再興のために前を向かなくてはいけない。悪夢を払拭したくて、国土を奪い返してからも全力で働いた。


 その間も私は君が生きているだろうと信じて行方を捜していた。

ルドウィン伯爵家の領地に赴いたが、屋敷は焼かれて崩れ、あれほど豊かだった農地も荒れ果てていた。君の消息は分からなかった。伯爵が避難させたようだと言うことまでは分かったが、後は混とんとしていた。


 しばらくして私は褒章を貰えることになった。侯爵位と他には何がいいかと聞かれた時に、ルドウィン伯爵家の領地が欲しいと言った。君の帰りを待ちたかったからだ。

あの地はリジット王国と接しているから、私の領地とするのは王家にとっても好都合だった。すぐに許可が下りた。


 君は私たちの婚約が解消されていると思っているだろうが、それは違う。

 

 父が婚約解消の書類を持って王宮に行った時に、リジット王国が戦争を仕掛けてきそうだと言う報告が入り、国王もそれどころではなかった。書類は未決の箱の中に入れられ、それはリジット王国に支配された時に焼かれた。


 ただ、貴族関係の戸籍の書類だけは、役所の金庫に入って無事だった。君との婚約の書類もそのまま見つかった。婚約解消のサインをするべき、君の父親も私の父親もすでにいない。


 だから我々はまだ婚約者同士ということになる。


 私は、何度か領地に赴いたときに、モイセスと会った。モイセスも領地が気になって何度か来ていたそうだ。モイセスの話から君たちが親戚のいるオルトン皇国へ避難したことが分かったが、それから足取りがぷっつりと消えていた。そこで彼に領地の管理を頼み、君が帰ってきたらすぐにも報告してくれるようにと言った。


 それから何年経ったろう。

 モイセスから君が領地に来たと連絡があったのに、私は軍の視察で外出していて、数日遅れた。馬で君を追いかけたら馬車に追いつくかと思ったが、港に着いた時は、君は既に船に乗ってオルトン皇国に向かっていた。

だから、すぐに次の便を手配しここまで来た。

 モイセスからオルトン皇国での君の名前を聞き、驚いたよ。君が有名な商会の商会長と同一人物だったなんて。

だから、君を知る人も多かったし、商会の場所も分かった。


 もう私たちは何の関係もないって?

二十年以上も女神に会うことだけを生きがいにしていた私にそんなことを言わないでくれ。


 どうして結婚をしなかったのかって? 婚約者がいるのに結婚出来るわけがないだろう?


 私は七歳の時から君を愛しているし、君と共に生きたいとずっと願っていた。

ジョジーナ。結婚して欲しい。どうか私の願いをかなえてくれ。


 もう若くないって。そんなことはない。以前よりも美しいほどだ。

それを言うならこの私だって、若くないし傷だらけだ。でも君を愛する気持ちは若い時と変わらない。


 私と一緒に故国へ帰ろう。え、事はそんなに単純じゃないって? 

そうだ。明日でも君の子供たちに会わせてくれ。私が説得しよう。


 ではまた明日ここに来るよ。何時ごろが良いかな?


◇-◇

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