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月の輝く夜に  作者: げん
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お月見

                     月の輝く夜に

                                         



「ほらっ、見て見て、ようやく雲が流れて月が顔を見せたよ」

 青白い雲が流れていくのが、月明かりでよく見えた。


 栞は、隣ではしゃぐように月を指差す司にチラッと視線を送ってから、夜空を見上げた。

「司って、本当に昔から変わんないな」言葉にはせず、栞は心の中で思った。

 それは、安心感でもあり退屈にもなり得る大きな境界線だ。


「今夜の月は赤くて、どこかに続く穴が開いているみたいだね」

「えっ、どういうこと?」

 司はすぐさま月を見上げる栞の横顔を見つめて、無邪気に栞の一言に喰いつく。


「栞には月が赤く見えるの?俺にはいつもの満月にしか見えないけど」

「なんだろね、うちにもよく分かんないけど、そんな気がするの」

 納得できる返答ではないが、首をゆっくりと何度か縦に振りながら、司はまた月を見上げる。


「その穴は何処に続いてるんだろ?」

 栞も夜空の月を見上げながら、

「何処に続いているのか、行ってみたいね」

「また、どういうこと?イメージがあっての話じゃないの?ファンタジーの話?スピリチュアルな話?」

「司が何処に続いているのかなって聞くから、うちも想像してみたけど、どこに続いてるのか自分でもよく分からないから」


 虫の音が草むらから漏れてくる以外、静寂に包まれていた。

 かかっていた雲はすっかり流れて、月はありのままの姿を惜しげもなく見せていた。

 栞は、あれこれ思いを巡らせることをしなかった。月をしっかりと観るのでなく、目を瞑って何かを思い出すように月を眺めた。


 司も赤い月を観るつもりなのか、栞の真似をして月を眺めた。

 栞は、考えるとはなしに今夜の月を「赤い満月」でイメージしてみた。


 自分にとって違和感はないが、確かに感覚的なもので、「ピカソの絵って分かんない」のと同種のものだ。

 共感できる人とはきっと会話が弾み、分かり合えないと会話は萎んで行くのだろう。


 司はその辺りが曖昧で、自分に分からないことを知りたがるので、この静寂も受け入れてくれるだろうと、栞は素直に思った。

 そう言えば、「黄金のように輝いて見えることもあるな」。これはきっと司の満月に近いものだろう。


 司とは高校まで一緒の幼馴染でたまに連絡を取る仲で、同窓会の連絡で近況報告が盛り上がり、会って久しぶりにもっと話しがしたいねと、今夜のドライブが決定した。

 夜を望んだのは栞で、ドライブを望んだのは司だった。


 目的地のない近況報告のドライブで、紫色が次第に濃くなってゆく中に、月の輝きは心地よく眩しくなっていった。

 明るく差し込む月明かりに誘われて、どちらかともなく「月でも観るか」と、近況報告がお月見という目的に変わった。


 目的が変わったことも、お互いによくあることと何ら気に留めることもなかった。

 魔法使いに成れるんじゃないかという、夜という神秘的で不思議な時間が栞は昔から大好きだった。

 誰しも、子どもの頃は夜というだけで興奮した記憶があると思うが、栞はその感覚を曇らせることなく成長していた。


 時間の経過がよく分からず1時間くらいかと思うと2時間過ぎていたり、その逆も然りだったり。

 いつもは気にもかけない花言葉が気になって調べ、「そうか、マーガレットは真実の愛とか信頼とかの意味があるんだ」と都合の良い花言葉を記憶に留め、そこからベッドで空想が一人歩きを始める。

 一人歩きを始めた時点で妄想なので、その終わりはないに等しい。


 始発の花言葉は記憶の彼方に薄れ、幸せってなんだろうみたいな、その時の栞にとって答えの終着点がない妄想にすり替わってしまうのが常であった。

 そんな話を友達にしてみても、これまでほぼほぼ「ふ〜ん」でお仕舞いだった。

 司は、そんな栞の話を「へー」とか「それで」とか言いながら聞いてくれる希少な存在だった。


 レポートの提出が間近であるのにも関わらずドライブに出かける気になったのは、相手が司で夜という時間が決め手と言ってよい。

 栞にとっては、胸キュン期待もあったが、大切な夜の時間を共有できる気の許せる相手であることが大切であった。

 夜のお出かけとは程遠い大学生活を送っているので、このようなデートまがいなことも栞には新鮮な出来事だった。


 司は、しばらく走ると車を停めて、二人は少し坂を登り公園に着くと、正面に月が見えるベンチに腰掛けた。

 二人が見上げた先の月は、まだ丸いその全体を現さずわずかずつその姿を現す中で、このような時間を作らないと感じられないであろう妙艶な怪しい光を二人に注いでいる。

 普段、二人ともわざわざ時間を作って月を眺めることなどない。

 二人きりで月を眺めるのも初めてだった。

 男女が二人きりで夜を一緒に過ごすのは、緊張も期待も高まるものだが、沈黙が栞の体に染み込んでいった。


 この時の時空間は、栞にとって懐かしいものだった。

 空気が冷んやりしてきたのが、感覚を研ぎ澄ませるようで、栞の期待は高まった。

 どう表現すればいいのだろう?

 それは、時間が止まった様な感覚で、栞は久しぶりに昔の透明感のある夜に近い感覚に近づくのを感じていた。

 言い方を変えれば、自分が透明人間になる感じだ。

 栞は、近頃あの感覚を感じることができずにいた。

 そうなる時とならない時があり、意図して同じ状態になれるわけではなかった。その理由は、栞にも分からなかった。


 栞は、一人で夜にしかそうなったことがなかったので、夜が好きな大きな要因と言える。

「今夜は昔の夜の感覚に近い感じがする」と、内心期待が膨らみ、緊張はなくなっていた。

 あの昔の夜に感じたような感覚に近付く経験ができるとは思っていなかったので、大きな発見だった。

 高校までは何度もこんな時間を夜中に一人部屋で感じていたが、誰かと一緒にいるときに感じられるのもとても意外だった。

 健と一緒ならこんな時間になっただろうか、栞は自分に問いかけたが、出てきた答えは、「司のおかげ?」


 ゆっくり瞳を開けて、輝く月を見つめると月も微笑んでくれているように感じられて嬉しくなった。

 こんな感覚を司は共有はできていたのだろうかと、栞はまだ眼を瞑っている司に顔を向ける。


「司はどんなことを感じてたの?」

「正直なところ、今夜の月は美しいなって。美しいって左右が同じで整っている様子なんだって。だから今夜の月は綺麗じゃなくて美しい、って」

 司が言葉を使い分けて選んで答えてくれているのが、栞は嬉しかった。

 栞が期待した答えではなかったが、司の言葉だったのが嬉しかった。


 もう一度、輝く月を見上げると、栞は自然と微笑んだ。

 すると、司が

「満月の夜は、なんでか特別な気がするのは、狼男の話とかあるからかなとか、こんな時間を過ごすのもいいなとかも思った」

 と二の矢を放った。


 栞は、なんとも言いようのない男の子らしい拍子抜けするような司の返答に苦笑いを浮かべながら、ただ日本もお月見とか、月のうさぎとか、かぐや姫とか、月見酒とか、十分月を愛でてきたお国柄であることを露も気にしない司が可愛く思えた。


 それより、こんな長い沈黙の時間を過ごしたことを苦痛に感じていないなんて。いいと思ったなんて。

 栞は、司に確かな連帯感を感じた。


「うちもよく分からないけど、こうやってゆったり月を眺めると特別な月夜に思えるわ。何より司にとってつまらない時間にならなくてよかった」

 司は栞を見ると笑った。

 それは、「そんなはずないじゃん」と音のない言葉と同じ意味に聞こえた。


 アルコールが入っているわけでもなく、夜空の満月を眺めることは、現代人には稀な時空間であろう。

 特別な深い会話をするわけでもなく、ゆっくりと時間が過ぎていた。

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