「ギン・シンクレア。」
ガラスの学院へ足を踏み入れると、まるで夢幻のような現実が広がっていた。セレストはユウネを学院の中へ連れて行った。
まるで巨大な水晶宮のような建物がそこにあった。その壮大さ、美しさに圧倒される。しかし、それは浮華さではなく、神秘的で幻想的なガラスの世界だった。
それは、高価な材料にこだわるのではなく、全てを真心で築き上げた結果の美しさ。そんなことを感じさせてくれる場所だった。
セレストはユウネを教室のドアまで連れて行き、そこで彼女の手を離した。扉は半開きで、中には数多くの生徒たちがそれぞれの世界に耽溺していた。
そして、ユウネはその中に、朝、写真に写っていた紫色のポニーテールの女の子とよく似た少女を見つけた。彼女は後ろから二番目の窓際の席に座っていた。しかし、振り返ると、セレストの姿はすでに見えなかった。
あの少女は、他の生徒たちが集まって騒いでいる中、ひとり窓外を見つめていた。何を見ているのか、何を思っているのか、彼女の心中は誰にも分からない。しかし、その無表情な顔には、一種の焦燥と孤独が滲んでいた。
学生たちの声は、ガラスの壁に反射して、いつまでも響いていた。
そして、ポニーテールの少女はユウネに視線を送った。その眼は、痛みと怒り、そして孤独に満ちていた。突然、彼女の手が挙がり、ユウネの周围が一瞬にして純白の色に包まれた。
「ユウネ、シンクレア!」少女はユウネの名を呼び、悔しそうに泣きながらユウネを見つめていた。その声は酷く震えていた。ユウネはそれが少女自身の「心象」であり、それぞれが抱える自己の空間であることを意識した。
「お前のせいだ。」低く呟く少女。
その手には、次第に破片が形成され、銀色の剣となり、そこから強い意志と共に、ユウネに向けて放たれた。彼女はユウネを見つめ、眼を大きく見開き、一瞬もためらうことなく突き進んできた。
「ああ、お母さんと同じ青。」と、ユウネは少女の瞳を見つめた。その瞳に映る青色は、まるで海のように深く、底知れぬ哀しみと切なさを秘めていた。恐怖もなく、憧れもなく、ユウネはただただ、その青に引かれて。
突然、時間が止まったかのような、夢と現実の境界を揺らす不思議な瞬間が訪れた。少女が振り下ろした剣の軌跡が、優音の目前に迫ったその刹那、誰かががそこに現れた。
「鈴に身を任せて。」そう囁いた彼女は、青色の髪をなびかせながら優音の横に静かに浮いていた。その瞳は深い銀色で、底なしのように見え、無数の星が輝く天の川のようだった。
鈴の存在は、この世界のありとあらゆる風景を静止させ、時空さえも凍結させるかのような強烈な現実感を持っていた。
「その子の名前はギン・シンクレア。」鈴の声は、深海から響き上がるかのような低い音色で、静かに響き渡った。
そして鈴は、まるで霧が消えるかのように、ユウネの体の中に吸い込まれ、姿を消した。その瞬間、ユウネの瞳は銀色へと変わった。
その瞬間から、ユウネの身体はまるで百戦錬磨の戦士のように動き始めた。猛烈な力を持つ銀色の火花と共に、ギンは剣をふった、しかしユウネはそれをすべて躱し続けた。
ギンの剣撃が繰り出される度に、白い空間はさらに深く白く染まっていくようだった。それは彼女の心象の証で、彼女の純粋さを示していた。
「お前がいなければ!」とギンが叫びながら攻撃を繰り返した。
それは突如として訪れた現象だった。白色の空間に、突然、ひび割れが走った。そのひび割れは、粉々に砕けるガラスのように、全体を飲み込んでいった。そして、それが終わると、そこには元の教室の風景が広がっていた。最前列には、ユウネとギンが対峙していた。ギンの手には、未だ剣が握られており、その先は優音を指していた。クラスメートたちは、その光景を見て困惑していた。
セレストが静かに二人の間に入り、その両肩に優しく手を置いた。「はい、そこまで。喧嘩は駄目だよ。君の名前を教えてくれる?」彼女は、ギンを見つめ、満面の笑顔を浮かべた。
ギンの剣は、地面に落とされ、ガラスとなって消えていった。彼女の瞳は細くなり、驚きと絶望が混じり合った眼差しをセレストに向けた。
「私はセレスト・シンクレア。これからは君たちの新しい担任となる。よろしくね!」セレストは、クラス全体に向かって言った。
「マ...マ...」ギンの声は弱々しく、彼女は膝をつき、床に座り込んだ。
「少しお家が恋しいのかしら?でも、初中生の君たちには、もう少し独立心を持ってもらったほうが良いかもしれないね。でも、大丈夫。これからは私がしっかりと面倒を見てあげるから。」セレストはそっと膝をつき、ギンを抱きしめ、優しく頭を撫でた。
ユウネはその光景を静かに見つめていた。
ギンの身体は震えるながら、突然セレストを押しのけ、泣きながら教室の門から走り去った。
「困ったなあ。まだホームルームも始まってないのに、あの子を探しに行かないと。とりあえず、ホームルームは後にするわ。皆さんも、遊びはほどほどにね。直ぐ帰る!」セレストは苦笑しながら、門から出た。
「ギン・シンクレア。」ユウネはその場に立ちつくし、教室の門を見つめ、その名を静かに口にした。