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五話

 お目覚めになったお嬢様に、ハーブティーとなめらかとろけるプリンをお出ししたら、「優しすぎて怖い」と言われた。失礼な。


 そして朝食も終え、今は出発前に少し休憩を取っている。兄が給仕をすると言い出したので、私はサロンの隅で邪魔にならないように控えていた。兄は馬車酔いをしないと言われている薬草を入れたハーブティーを淹れている。完全に二人の世界なので、私は置物だ。


「ロンド、準備を色々とありがとうね。向こうではあなたも休むといいわ」


 お嬢様は穏やかな微笑を浮かべ、兄を労う。数少ないお嬢様のために作られたワンピースドレスの一つをお召になっていて、薄水色の生地に腰についたリボンが可愛らしい。気合が入っている証拠だ。


「いえ、お嬢様の願いを叶えるのが執事の役目ですから」

「本当に、ロンドは最高の執事ね」

「恐縮でございます。お嬢様はかよわいですから、万全の状態を整えませんと」


 そう返して、兄はお嬢様にハーブティーを出した。


(かよわい? 何かあればロンドロンド、理想が高くて、どんな手を使ってでもものにするって言ったお嬢様が?)


 兄にはお嬢様は何に見えているのか不思議に思う。


(あ、いつも天使って言ってたわ)


 惚れた目で見ているからか、お嬢様がそういう姿だけを見せているからか……。


「昨日はよくお休みになりましたか? お辛いようであれば、ご無理はなさらないほうが」


 兄がカップにハーブティーを注ぎ、お嬢様にお出しすると、お嬢様は上品に取り上げて悲し気な表情をした。


「いいえ、早く忘れたくて……。ロンド、私を癒してくれる?」


 うるうると潤んだ瞳。心の中は愛しさで絶叫しているはずの兄だけど、表情には一切出ず、にこやかな笑みを浮かべた。


「もちろんでございます。道中には景色のよいところもございますし、別荘ではおいしい食事もございます。お望みであれば、マッサージ師や音楽家を手配しますが」


(うん、そうじゃない)


 お嬢様は軽くため息をつき、「別にいらないわ」と言ってハーブティーに口をつけた。




 そして、プリアン家を出発したのだけど、三人での旅行なので当然兄が御者になる。本当に何でもできる執事だ。領地の北にある別荘は馬車でゆっくり行けば、夕方くらいにはつく予定。御者台とは少し距離があるので、お嬢様は馬車が動き出したとたん「ロンドがロンドが」と話し始めた。


「毎日見ても、ロンドは素敵。あの声、顔、身のこなし、完璧よ。執事としての返答も完璧……もう少し流されてくれてもいいのに。ちょっと自信を無くすわ」

「まあ、あの馬鹿兄ですからね」


 私はお嬢様の向かいに座り、話し相手になる。私の声に混ざった毒に気づいたのか、お嬢様が小首を傾げた。


「あら、喧嘩でもしたの?」

「いえ、別に」


 今日の朝、私はプリンを届けていない。さっき少し睨まれたけど、知るもんか。

 お嬢様は「早く仲直りしてね」とおっしゃってから、声を潜めて体を前に出した。


「ねぇ、それで、プリンは入れてあるんでしょうね」


 お嬢様は兄にプリン嫌いだと思わせているため、旅行の荷物の中にプリンは入れられていない。私はため息をつきそうになるのを我慢し、静かに首を縦に振る。


「もちろん、大量に氷を入れて持ってきております。ただし、一日一個ですよ」


 しかも兄の分もなので、プリンだけでだいぶ場所を取っている。氷も途中で買わないといけないし、この地方が寒い方で氷が流通しているだけましね。


「えっ、一日一個?」


 お嬢様はこの世の終わりのようなお顔で、お口に手を当てた。その顔はついさっき同じことを兄に伝えた時のものと同じで、プリン中毒者に一日一個は厳しいらしい。

 そして馬車は進み、途中で休憩を挟み、景色を見て、昼食にする。問題の二人は一切演技を崩さず、完璧な主人と執事で、ほんとうに進む気あるのかしらとこっちがじれったい。


 休憩を終えると馬車はさらに進み、三分の二が過ぎた頃、お茶休憩をしていたお嬢様のところに、周辺の情報を聞きに行っていた兄が戻って来た。少々顔が固く、側に寄ると礼を取ってから「お嬢様」と報告をする。


「この周辺は最近雨が続いていたようで、今から通る山道は土砂崩れや落石の可能性があるそうです。迂回する道もございますが、そうなると今日中に着くのは難しいので、一度ここらへんで一泊することになりますが、どういたしましょうか」


 たしかに雨が続いていたようで、道はまだぬかるみが残っていた。別荘は山道を抜けた先にあって、近道だが切り立った崖も多く、岩肌も目立つところなので不安は残る。

 判断を託されたお嬢様は、「そうねぇ」としばらく考えている。


「ここらへんで泊ると言っても、慣れた別荘で眠りたいし、山道を急ぎましょう」

「かしこまりました」


 兄が頭を下げたので、私も「かしこまりました」と倣った。空を見る限り雨は降らなさそうだし、辺鄙なところなので不届き者もいない。二人で手早くティーセットを片付け、出発した。お嬢様は少しお疲れになったのか、うつらうつらとされている。さきほどの休憩の間に、兄によってクッションやぬいぐるみが増やされており、山道の揺れ軽減と寝てもいいように対策されていた。よくできた執事というより、もはや過保護だ。

 馬車は森を抜け、山道へと入っていく。山道と言ってもしっかりと整備がされていて、道幅も十分ある。道に水が溜まっていたり、小石があったりもするが、大きな問題はなさそうだ。順調に馬は山道を駆けていた。


(こうやって見ていると、ほんとに可愛い顔してるわ。あの馬鹿兄にはもったいない……でも、お嬢様の幸せを叶えるのが、私たちの役目だからね)


 静かになったお嬢様の寝顔を眺めながら考え事をしていたら、私まで眠くなってきた。私の席にもクッションやぬいぐるみが置かれている。私の部屋から持ってきたようで、私のものだった。


(でも、そうなったら、お嬢様が義姉様に……。いえ、そこは考えないでおこ)


 思考が脇にそれそうになって、瞼も落ちてくる。私は近くにあったぬいぐるみを抱きかかえると、顔をうずめて目を瞑った。でも眠りに落ちる直前に、バキバキゴロゴロという轟音が聞こえ、私はハッとなって顔をあげる。それと同時に、馬のいななきが聞こえ、車が大きく跳ねた。


「きゃぁ!」

「お嬢様!」


 音に馬が驚いたのか、蛇行を繰り返す。私は目を覚まして怯えるお嬢様の上に被さり、その肩に手を置いて「大丈夫ですよ」と声をかけた。蛇行のせいでクッションやぬいぐるみは散らばり、揺れも激しい。


「きゃっ! ロンド! どうしたの!?」


 車輪が石に乗り上げたのか一際激しい揺れが来て、カシャンという金属音が聞こえたような気がした。音が聞こえたドアの方を見ても、クッションたちで原因がわからない。


「お嬢様! 申し訳ありません! 先ほど落石があり馬が暴走していて、すぐに落ち着けさせますので!」

「そんな!」


 それはまずい。下手したら崖下に一直線だ。私はちらりと窓から見える絶壁に目をやって、青ざめる。右は崖、左は岩肌だ。


「ベラ! 危ないわ、あなたも座って!」


 お嬢様は怖くて顔が強張っているのに、そう言って私を押し返そうとする。


「だめです! 何かあった時、お嬢様をお守りしなくてはいけませんから!」

「私なら大丈夫だから!」


 お嬢様は無理矢理私を座らせようと、立ち上がろうとした。だけどその時、一番大きく右へと曲がり、馬車が少し傾く。


「きゃぁ!」


 二人とも立って相手を押しやろうとしていたせいで、踏ん張ることもできず、体が左に飛ばされる。


「お嬢様!」


 よろめいたお嬢様を抱きしめ、壁に打ち付けないよう守る。クッションもある。大丈夫だと思った。なのに、クッションのやわらかさを感じた瞬間、ガチャって音がして支えがなくなった。


(……え?)


 腕の中には守るべきお嬢様。視界に入って来るのは空と、岩肌。耳に迫る車輪の音、兄の馬を宥める声。その姿が一瞬目に入った時には、私たちは外に投げ出されていた。


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