9.こういう時は逃げるに限ります
「……マジかよ、あいつ」
「…リフィール、凄い」
見事に魔物の首を吹っ飛ばし、血の雨を降らせたリフィールをヴィクタルとシモンの二人は、若干ひき気味で見ていた。
だが、戦いを終え身を魔法で綺麗にし、こちらに向かってくるリフィールに気が付くと二人は我に返り、リフィールの下へと向かう。
「リフィール!けがはないか!?」
リフィールに近づくと、ヴィクタルは真っ先にリフィールの様態を確認する。あれだけの魔物と戦い、あれだけ血のついた服を着ていたのだ。怪我の一つや二つはあるものだろうと思っていた。いくら先程まで疑いを受けていた相手といえども、一緒に暮らしている相手ではあるし、流石に心配であった。しかし、当の本人はけろんとしており、大丈夫だと笑顔で言ってくる。そんな、彼女の様子にヴィクタルは拍子抜けした。
「ごめん、リフィール。……ボク、奥に入りすぎた。……まもの出たのボクのせい……ボク、リフィールを危険な目に合わせた」
俯きながらそう謝ってくるシモンに、リフィールは優しく彼の頭を撫でてやりながら言う。
「大丈夫よ。私は怪我をしてないから。それよりもシモンは怪我してない?」
リフィールの言葉にシモンは静かに頷く。それをみてリフィールはほっとした笑みを浮かべた。
「そう。ならよかった。もともと、魔物は山に出るものみたいだし、今まで出現しなかっただけで、特別なことじゃないわ。寧ろ、今まで油断しすぎていたのよ。だから、魔物が出たのはシモン、貴方のせいじゃない。ごめんなさいね、怖い思いさせて。これからはあまり奥にはいかないように、そしてできるだけ固まって動くようにしましょう?」
リフィールの提案に二人ともそろって頷いた。とその時、遠くから人の足音が聞こえてきた。かなり大人数の足音だ。足音はだんだん近づいてくる。嫌な予感がして、リフィールは二人を連れて、茂みに隠れた。
「どうした、リフィール?」
いきなり二人を茂みに連れ込んだリフィールに、ヴィクタルは不思議そうに尋ねる。
「しっ!誰か来る!」
リフィールは急いで忠告する。彼女の言葉に二人はハッと息をのみ口を閉ざすと、静かに茂みに隠れた。しばらくして、鎧を身にまとった明らかに身分のある人たちが魔物の側にやってくるのが見えた。
「あれは……」
リフィールが不思議そうに小声でそうつぶやくと、ヴィクタルが潜めた声で答えてくれた。
「あれは騎士団だ」
「騎士団?」
首をかしげながら聞き返すリフィールにヴィクタルは説明を続ける。
「ああ。たぶん、領主様の命令でうごく、領営騎士団だろう。ときおり、神殿にも重要な儀式のけいごで来るから、見かけたことがある。騎士団は領内にでた魔物のとうばつも任務としてせおっているからな。きっと、今回もそれで来たんだろう」
「え、それってまずいんじゃ……。私、騎士団の仕事、奪ったってことだよね?」
ヴィクタルは険しい顔をしながら私の言葉に頷いた。
「そうだな。まずいかもしれない。魔物をたおしたのが孤児の、それも子どもだって知られたら、リフィールは確実に騎士団に目をつけられるとおもう。下手したら、命狙われるかもしれないぞ。騎士団は貴族の集まりだからな。孤児に仕事をとられたなんて面白くないだろうし……。貴族とはあまりかかわらない方がいい。ろくなことがない」
「なら、とっととここから離れましょう」
「……下手に動いたらみつかる。それに孤児院はむこう」
リフィールの提案に、シモンは静かに首を横に振り、騎士団のいる方を指さす。そう、運悪く騎士団が歩いてくるのは孤児院があるほうだ。元々手入れの行き届いていない山。通れる道は一つしかない。孤児院に帰るなら、どうしても騎士団と鉢合わせてしまう。
――普通なら。
「大丈夫。方法がある」
リフィールはそう言うと、両手でヴィクタルとシモンの肩を掴む。そして、心で呪文を唱えた。
『転送』
その瞬間、光に包まれ三人の姿が消える。
「っ!」
「うわ!」
ヴィクタルとシモンは、瞼を開けると目の前の光景に呆然とした。先ほどまで森にいたはずなのに、なぜか見慣れた孤児院の裏の勝手口にいたからだ。
「ふぅ、流石に三人はきついわね……。成功してよかったわ」
そんな二人をよそにリフィールは自分の手を見ながらそう独り言ちた。我に返ったヴィクタルはリフィールに説明を求めるような視線を送る。それに気づいたリフィールは説明し始めた。
「転送魔法よ。こうやって魔法陣を貼り付けてある場所になら、どこにでも移動することができるの。たまたま練習のために貼り付けておいたんだけど、役に立って良かったわ。……流石に三人で移動したことがなかったから賭けだったけど、何とかなったわね」
笑顔でそう言うリフィールにヴィクタルは呆れた表情になる。シモンも複雑な表情だ。
「……お前、色々と規格外だな」
「え?!……あはははは」
はぁとため息をつきながらそう言うヴィクタルにシモンも無言で頷く。まさかそう評価されるとは思わなかったので、驚いたリフィールだったが、自分でも思うところがあったので苦笑いで誤魔化すのだった。