7.ついに恐れていたことが起きました
「リフィール。これ食べられる?」
そう聞いてくるのはシモンという銀髪で灰色の瞳を持つ男の子。私より一つ下の男の子で私とヴィクタルと共に採集に来ていた孤児の一人である。今の孤児院には七歳以上の子どもは私とヴィクタル、ナタリアとこのシモンの四人だけだ。ナタリアは喘息持ちで体が弱いので残りの孤児たちの世話を頼んでいる。
転生して一週間。漸く採集にも慣れてきた私は、今日もこの三人で山に来ていた。
「ちょっと、待ってて」
『解析』
シモンが差し出してきた赤い木の実を受け取ると、私はと瞳に魔力を注ぎ、分析を始めた。
最近、気が付いたことだが、どうやら魔法はイメージさえできれば色んな使い方ができるらしい。そこであれから色々と魔法を試してみたのだ。だってせっかくなら色々できるようになりたいじゃない?昔から興味あったんだよね。魔法ってどんな感じなんだろうって。
そして、そこで分かったことが一つ。呪文を唱えることで安定した魔法が出せるということ。別に唱えなくても繰り出せないことはないのだが、その場合繰り出すまでに時間がかかるし、失敗することも多い。ただ、それは別に口に出す必要はないみたいで心の中で唱えればいい。その点は本当に良かったと思う。だって、私ネーミングセンスなさ過ぎて、中二病かっていう呪文しか思いつかないんだよ……。流石に精神年齢アラサーにそれはきついよね……。
ちなみに今のは対象をスキャンすることで、それがどういうものなのか調べることができる魔法だ。色々試す中で様々な魔法を使えるようになったが、中でもこれは重宝している。採集の時に、こうやって色々調べられるからだ。
「――アプルの実。食用可。疲労回復、整腸作用あり、か。うん。食べられるみたい」
スキャンをするとこのように品種、毒の有無、食べられるかどうか、そして効能など、物によって入ってくる情報にムラはあるが、調べることができる。
「……わかった。ならもう少しとってくる」
私の言葉に頷いたシモンは再びその木の実を取りに行った。すると、入れ替わりで今度はヴィクタルがこちらにやってくる。
「リフィール。こんなのを見つけたんだがこれがなんだか分かるか?」
そう言って彼が差し出してきたのは紫色の楕円型をした木の実。その毒々しい見た目からはとても食べられるものにはみえない。
「ちょっとヴィクタル。そういう怪しいものは素手で触っちゃ駄目って言ってるじゃない。毒があったら危ないんだから」
「ああ、わるい。わすれてた」
「もう……」
注意力の欠けるヴィクタルの行動を咎めなら、私は彼の持ってきた木の実をスキャンする。すると、意外なことがわかった。
「でかしたわ、ヴィクタル!」
「なんだ、いきなり…」
突然テンションの上がった私の姿を見て、彼は気味悪そうにこちらを見た。
「これ!石鹸の材料になるみたい!これでようやく石鹸が手に入るわ!」
そう。ここには石鹸がなかったのだ。流石にこの世界にないというわけではなく、孤児院だから手に入らないのだと思うが、この一週間石鹸なしで、水だけで髪や体を洗うというのは本当にきつかった。全く洗った気がしないのだ。おかげで髪もベタベタした感じが取れず気持ちが悪い。だが、石鹸が自分で作れればそれからも解放される。それ故に、私の気持ちは高揚していた。
「は?せっけん?…なんだそれは」
「え、知らないの?石鹸。…うーんと、こう四角くて水につけてこすると泡がたって汚れを落とせるやつ。髪や身体を洗うのに使う。液体のもあるけど」
まさかこの世には石鹸がないのかと思い私が驚きながら聞き返すと、ヴィクタルは少し考えたあと、思い出したように声をだした。
「……あわ?はたたないが身体を洗うものはあるな。ただ、あれはきぞくの使うものだ。きちょうで高価なものだからな。平民は使わない。その存在を知らない者もおおいくらいだ。おれも存在すらわすれていた」
「そ、そうなんだ」
そんなに高価なものなのか石鹸。そりゃあ、孤児院にあるわけないよね……。私が納得してうんうん頷いているとヴィクタルの様子が変わった。
「なあ、リフィール。お前、だれだ?」
「え……!」
いつもより一段と低いヴィクタルの声。その瞳には敵意を向けているかのような鋭さがある。あまりの迫力に私は身がすくんだ。彼は鋭い視線をこちらに向けたまま、一歩一歩こちらに向かって進んでくる。
私は反射的に一歩一歩後ろに後ずさった。だが、ヴィクタルもそれに合わせて前に進んでくるので一向に距離は空かない。ついに木に背後が拒まれ、逃げ場がなくなった。私が動けなくなったのにも関わらず、彼は距離を詰めてくるので、ついに二人の間の距離がゼロになった。
「ヴ、ヴィクタル?」
ダンっと手を木につき、完全に私の逃げ場をなくしたヴィクタル。完全に追い詰められた私は、あたふたと彼を見上げる。そこにあったのはとても冷たく鋭い彼の瞳だった。
え、これ壁ドンならぬ木ドン?っていうか、どうするよ、これ!明らかに私がリフィールじゃないって気が付いたパターンだよね!一体どこで墓穴を掘った!……あ、もしかして石鹸か?!あの石鹸のくだりか!
どうしようとうろたえる私に、ヴィクタルは低い声で話し始める。
「おかしいんだよ、お前。はじめはきおくがないせいなのかと思った。でもちがう。確かに日常のきおくがないけれど、きおくがないわりには知っていることが多すぎる。しかも、それはずっと孤児院ですごしてきたリフィールが知るはずのないことばかりだ。そうじの仕方とか、せっけんの存在とか、まほうの使い方だってそうだ。たおれるまえのリフィールは、そんなにまほうを使えなかった。でも、お前はちがう。次から次へと新しいまほうを見つけ出した」
「……」
「あれからずっとお前のこと見てきて不思議だった。リフィールだけど、リフィールじゃない。顔も姿もまちがいなくリフィールなのに、話しかたや行動、性格までまるでちがう。あいつらはおさないし、きおくのないせいだと思っているだろうが、おれはそうは思えない。お前と話していると、リフィールじゃないだれかと話している気分になる。答えろ。お前はだれだ」
――ついにばれた。そう確信した私はこの場をどう切り抜けようか必死に考える。しかし、目の前にいる彼の圧力が私の正常な思考を奪う。あまりにも至近距離で追い詰められているせいで上手く言葉がまとまらず言葉がでてこない。緊張で体温が一段と下がったのを感じた。手も冷や汗でびっしょりだ。
「……私は」
ようやく言葉がだせたと思ったその時、私の声は突然別の音に遮られた。
「うわぁぁ!」
それは聞き覚えのある声だった。私たちはお互い動きを止め、悲鳴の聞こえた方へ視線を向ける。
「今の声…」
「シモンだ。何かあったのかもしれない」
ヴィクタルは私を開放すると、私をもう一度真剣に見つめた。私もそれに視線をあわせる。
「あとで、もう一度話を聞く。にげるなよ」
普段よりも低く発せられたその声に、私はしっかりと視線をあわせたまま頷いた。ばれたからには仕方がない。きちんと真実を話そう。それを聞いてどうするかは彼次第だ。どうなったとしても甘んじてそれを受け入れよう。私はそう深く決意した。
そして、私たちはシモンの無事を確かめるため、悲鳴の聞こえた方へと走り出した。