1.無職になりました
「ああ!もう!何なのマジで!」
ダンと大きな音をたてながら、勢いよくビール缶がテーブルに置かれた。
「こちとら、大きなプロジェクト二つも抱えさせられてただえさえ忙しいっつーのに、更にもう一つプロジェクトを抱えさせたうえに、もっと成果をあげろだぁ?」
女はそう忌々しそうに吐くと缶の中身を煽った。掃除がされず、散らかった部屋は生活感が溢れている。十畳くらいの部屋の中央にポツンと置かれたテーブルとソファ。壁側にはテレビも置いてあるが今は使われていない。反対側には壁一面に棚が敷き詰められていた。様々な業界の実用書からライトノベル、漫画に至るまでジャンルに関係なく、様々な本が並べられている。一見、何を目指しているのかと問いたくなるような光景である。
ジャージを身にまといながら、テーブルに置かれたコンビニ弁当を片手に本日三缶目となるビールを煽るこの女の名は柊麗羅。都内にあるコンサルティング会社に勤めている。今年で三十歳の誕生日を迎えた麗羅。若手が多い会社であるため、三十歳にもなるとプロジェクトの掛け持ちが当たり前であった。
次から次へと回されるプロジェクトに翻弄され、ろくな休日も取れない毎日。家に帰れるのは常に夜中の十時過ぎで、もはや残業の概念も消えかかってきている。所謂、ブラック企業に勤める社畜女であった。
そんな彼女はここ数年彼氏もいない。忙しすぎて恋愛よりも仕事に走ってしまい、唯一できたことのある彼氏にもすぐに振られてしまった。碌なデートも重ねないまま別れてしまったので麗羅の恋愛経験はほぼ無いに等しい。今は亡き彼女の両親も彼女の現状を知ったら涙を流すこと間違いなしである。
さて、そんな麗羅だが今日は特に荒れていた。綺麗に延ばされた黒髪をかき揚げ、わしゃわしゃと頭をかいている。
「大体、そんなに成果が欲しいならこっちの要求を聞き入れろっての!行動しようにも予算下りなきゃ行動できないんだよ!」
そう言って三本目のビールを煽り空にする。そして、空にした缶をくしゃりと握りつぶした。普段はおとなしい麗羅がこれほどまでに苛ついているのには訳があった。
任せられていたプロジェクトの案を上司に握りつぶされたのである。漸く絞り出した最高の案だった。実現すれば今までにない成果をあげられるはずのものだった。
にもかかわらず、頭の固いあの上司はそれを認めなかった。それに加え、新たなプロジェクトを与えたうえで成果が足りないことを卑下してきたのだ。これには流石の麗羅も我慢ならなかった。麗羅が反発すると、上司はそれにキレた。そして、私から全てのプロジェクトを取り上げると、前から気に入っていた部下数人にプロジェクトを委任させた。そして、「無能はいらん」の一言で麗羅は会社を首になった。
でも、それでよかったと思う。もともとあの会社とはそりが合わないと思っていたから。そこまで考えて麗羅は散らかった部屋を見回して深いため息をついた。
「もういいや。どうせ辞めたんだし。……お風呂入ろ」
ざっとテーブルを片付けて、麗羅は脱衣所に向かった。
お湯に体をつけ、その温かさにほっと息をつく。疲れで凝り固まった体をお湯はほぐしていった。
「…明日からどうしよう」
ふと冷静になった頭でそんなことを思った。仕事を辞めた今、彼女は無職である。
三十歳、無職、独身、彼氏なし。
脳裏によぎったそのキーワードに麗羅は頭を抱えた。もう本当に親に顔向けできない結果である。
「…もういいや。また後で考えよう」
疲れが溜まっていてこれ以上考えるのが嫌だった麗羅は考えを放棄した。すると、疲れが一気に出てきて異常な眠気が襲ってきた。お湯の温かさに心地よさを感じながら彼女は目を閉じた。そして、麗羅の意識はそこでブラックアウトした。