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5

 外縁広場の床面は静かに濡れていた。

 広場の手前でそれに気付いて、アサキは顔をしかめる。

「雨が降ってるのか」

 浮都に暮らす人々は、雨を気にする習慣がない。各層の中にいる分には屋内と同じようなものなので、雨に濡れるということがないからだ。

 そして、雨粒を弾く地面からは遠く離れているからか、外縁部に近付いてもあまり雨音というものが聞こえない。

 広場の入口付近のかろうじて雨が掛からないあたりにも、二つ、三つほど腰掛けられる場所はある。ひとまずその一つにカートを立てかけて、アサキはさて、と外側を眺めた。

 いつものように外出ついでに休憩しようと思ってここに寄ったのだが、雨のせいか肌寒くて、のんびり留まる雰囲気ではない。もともと人気の少ないところだから、当然のごとく先客もいない。

 空を見上げると、薄暗い雲が同じような色調で向こうの方まで続いている。雨脚は強くもならなさそうだが、止みそうな気配もなかった。

「最近、雨が多い気がするな-。前は降り始めたらすぐ雲の上に避難してたと思うんだけど、浮都の航路が変わったのかな?」

「その通りよ」

「……っえ?」

 唐突に割り込んできた声に、アサキは青緑の瞳を大きく開いて、声がした右下方向を見る。いつの間にやってきたのか、そこにはアサキよりも小柄な少女がすらりと立って、アサキの方を見上げていた。

 にっこりと無邪気に笑いかけられて、アサキも戸惑いつつも笑い返す。そうしながら、まじまじとその少女を観察してしまう。

(……すっごく、キレイな子)

 年の頃はアサキより二つ三つ下か。細い絹糸のような銀色の波打つ髪、白く滑らかな肌に埋まる形良い薄灰色の瞳。顔立ちも体つきも人形のように整っていて、なんだか存在感がないほどだ。

(あ! ……ちがうか)

 唐突に現れて存在感も薄いモノに一つ思い当たって、アサキはどきり、としたが、すぐにその可能性を否定する。

(まわりに怪しげな遺石はないから、遺石の幻影じゃなさそう)

 そのことにとりあえず安心して、アサキは少女に向き直った。

「えっと、何がその通り?」

「浮都の航路が変わったかどうか、という話。以前は、天候の悪化が予測されれば、雲の上に浮上するか、近くの都架クレイドルに一時退避していた。でも、今ではその精度で浮都を運航することができなくなってしまったの」

「どうして?」

「二年前に、浮都の上層部であった爆発を知ってる? あの『事件』以来、浮都を安定運航する“機能”が失われてしまったのよ」

 年下の少女とは思えない整然とした物言いに、先程とは別の意味でアサキは少女の正体に疑念を抱き始める。

 少女の身形は、アサキよりもずっと上等だ。

 その身形や洗練された仕草から推測すると、この少女はおそらく第四層(平民街)ではなく、第二層(上流階級)の住民だろう。だが、第二層のお嬢様がたった一人でこんなところにいるのは不自然だ。どこかに守り役が控えているのかと周囲を見回してみても、広場にはアサキと少女以外の姿はない。

「あの爆発って、やっぱり影響大きかったんだ……」

「あなたも爆発を知ってるの?」

「うん、ちょうどこの広場にいたときに見かけたから」

「あら、そうなの」

 きらり、と少女の薄灰の瞳が輝いた気がして、アサキは気後れぎみに頷く。

「あなたは、こんなお天気の日にここにいるのは何かの用事があるの?」

「特に用はなくて散歩のつもりだったんだけど、来てみたら雨が降ってただけ」

「私と同じね。雨が降るとは予測してなかった」

「あなたも散歩?」

「いいえ。ちょっと探しモノがあって、そっと出てきたのだけど。残念ながら、この雨では探し物は無理ね。またの機会を待つわ」

「この広場で探し物? だったら、わたしも手伝おうか? ここにはよく来るから、もし見付けたら連絡するよ。どんな物を探してるの?」

「ありがとう。探してるのは、大きな丸い遺石と、大きな人形なの」

「……え」

 ざわり、とアサキの胸の裡を何かが撫でた。

「とはいえ、もう今はそのままではいないだろうから、なくしたときの様子を説明しても役に立たないと思ってるわ」

「それで、どうやって探すの?」

「私ならわかる(・・・)の」

 きっぱりと断言されて、アサキはふーん、と受け入れるしかない。

 そんなアサキに、少女は再びにこりと微笑む。

 端正な人形のようなその微笑みに、アサキはふと店で待っているはずの人物を思い起こして、そして慌ててその連想を否定した。

(いや、うん。確かにこの子もマシロもすっごくキレイな顔してるけど。でも、顔立ちが似てるってわけじゃないし。それにこの子の方がずっと親しげだよ。だいたい、この子は一人で外に出てるもん。店の中に引きこもってる誰かさんとは違う!)

「今日は、せっかく来たのが無駄になったと思っていたけれど。あなたに出会えたから幸運だったわ」

「そ、そう?」

 少女の話は強引というほどではないが、アサキの想定する範囲よりもやや外側から投げられてくるので、どうしてもアサキが引っ張られがちになる。

「ええ。あなた、とっても素適な色彩を持ってるわ。艶やかな髪は黒緑石みたいだし、大きな瞳は孔雀の羽根みたい。どちらも遺石の色ね」

 少女の白く細い指が、アサキの肩あたりに広がる黒髪に伸ばされる。

 アサキは自分の髪について、嵩が多くてまとまらず扱いにくい、という認識しかなかったので、こんな風な評価をされるのは初めてだった。

「えーっと、それは、ありがとう? でも、わたしがもしも遺石だとしたら、あなたは空人みたいだと思うよ。とってもキレイだもん」

 もっとも、空人は二十代くらいの青年の姿しか見たことがなく、こんな少女の姿はいない。また、空人は概して表情が乏しい。そもそも彼らに感情というモノがあるのかどうかも怪しい。それを考えると、この少女は表情が豊かで、空人ではありえないが。

「そう? ありがとう」

 容貌を褒められるのは慣れているのだろう。少女はさらりと笑っただけでやり過ごす。

「私はマキホよ。あなたの名前も教えてもらえるかしら?」

「わたしはアサキ。第四層ここの真ん中あたりの骨董屋で、遺産の修理をしてる」

「……アサキ、アサキ……ああ。いい名前ね」

 マキホと名乗った少女は、アサキの名を何度か口の中で転がしていた。

 やがて、どちらからともなく帰路に着く。マキホが使うだろう層移動のための昇降機がある場所まで、なんとなくアサキも一緒に歩いていった。

 昇降機の利用にあたっては、都架や都門ゲートで浮都外に出るのと違い特段の制限はない。多少の待ち時間を短い待機列に並んでいればよいだけだ。

 その待機列の少し手前で、マキホは足を止める。

「ここでいいの?」

「ええ。ちょっと違う経路を使いたくて」

 層移動には昇降機以外の手段はないはずだ。

 だが、マキホが何を言いたいのか深く追求するのは無駄だと、この短い時間のうちにアサキはなんとなく悟っていたので、今回の台詞も、アサキは受け流すことにした。

「そう、じゃあ気を付けて帰ってね」

「今日はありがとう。またどこかで会えるといいわね」

「わたしは、天気が良ければさっきの外縁広場によく顔を出すけど。マキホはそう頻繁には来られないんじゃない?」

「これからは、そうでもないかもしれないわ。近いうちに再会できる可能性も高いかも。楽しみにしてるわ、アサキさん」

 そしてまたマキホは、最初に見せたような無邪気な笑顔を見せてきた。

 そんなとき、その騒動は起こった。




「お待ちください、お嬢様!」

「いいえ。わたくしはどうしても行かなければならないのです!」

「しかし……!」

 待機列の向こう側から、何やら言い争う声が聞こえてくる。どうやら、今到着したばかりの昇降機から降り立った一団のようだ。

 その場にいた人々は、その騒動をやや遠巻きに伺っている。アサキもその中に混じって覗いてみる。人垣の隙間から見えたのは、若い女性とその使用人らしき数人の男たちだった。どうやら何らかの事情で勝手に第四層に来た良家の令嬢を阻止しようとしているところのようだ。

「別にわたくしは無茶なことをするつもりはないのです。ただこれを修理したいだけなのです。どうか行かせてください」

「とはいえ、お一人では……」

 令嬢が口にした“修理”という単語に、アサキは仕事柄つい意識が向く。

(何を修理したいのかな?)

 令嬢は手元に何かを大切そうに抱えている。アサキの位置からは、柔らかそうな布に包まれていることしかわからない。

「離して!」

 令嬢が使用人に掴まれた袖を振りほどこうと、大きく腕を捻ったところで、その布ごと何かは空に放り投げられる。

「……あ!」

「きゃああ!」

 令嬢が悲壮な顔で細い悲鳴を上げる。

 その間も、その何かは宙を進みーー何の因果か、アサキの目の前に飛んできた。

「ええっ!?」

 戸惑いつつも、知らないフリはできない。

 慌てて両腕を差し出して、その何かを受け止める。

 代わりに手放されたカートががしゃんと地面と音を立てた。

(カートの中、今日はたいしたモノが入ってなくてよかったー)

 そんなことを思いながら、アサキは腕の中身を確認する。

 橙色の布が捲れて半分くらい見えていたのは、古い手鏡だった。かなりの年代物で、細工の繊細さはもしかしたら遺産かもしれない。

(こ、これは。落とさなくてよかった……)

 ほう、と息を吐いたアサキの元に、蒼白になった令嬢が駆け寄ってくる。

「ああ、旦那様……!」

 旦那さん? とアサキが考えるよりも先に、令嬢はアサキの腕の中の手鏡を布ごと抱き取り、その場にくずおれた。

「よかった。旦那様のお姿がご無事で……!」

 柔らかな布から取り出した手鏡を胸に抱えて頬ずりする。愛おしい人に再会したかのような気持ちのこもりようだ。

「ああ、貴女。本当にありがとうございました。これを守っていただいて! 何とお礼を申し上げたらよいか」

「いや、たまたまこっちに来ただけですから、たいしたことは」

 跪いたまま見上げてくる令嬢は、二十歳過ぎくらいだろうか。色白で線が細く、儚げな印象を受ける。この騒動のせいか、やや疲れた顔付きだ。

「あの、さっきちらりと修理がどうとか聞こえちゃったんですけど、遺産の修復が必要なんですか?」

 余計な口出しかもしれない、とは思った。だが令嬢の様子があまりにも必死で、アサキはつい深入りしてしまった。

「ええ。この“鏡”の調子が良くなくて……何としても直さなければならないのです。ですから、修理してくれるところをまずは探さないとなりません」

「えーっと、もしよかったら、わたしが見てみましょうか? いちおう、遺産の修復を仕事にしてるので」

「貴女が直してくださるの!?」

「直るかどうかは、実物の状態を確認してからですけど」

「ええ、それで構いません。ぜひ、よろしくお願いします!」

 すがりつく令嬢に気圧されて、やや後ろに引きながら、アサキは頷いたのだった。




「それで、その鏡をお預かりしてきたんですか?」

「うん。なんか、とても知らんぷりできる雰囲気じゃなくて……」

 カウンター奥の椅子に腰掛けるマシロの膝には、ごろりと丸まるヤエが乗っている。ゆっくりと撫でるマシロの手の動きに合わせて揺れる、細長い三色の尾を見ながら、アサキは気まずげに頷いた。

 あのまま店に押し掛けてきそうな勢いだった令嬢を落ち着かせて、とりあえず近場の喫茶館まで移動することに決まった頃には、昇降機まわりの人垣はほぼ散らばっていた。

 そういえば、とアサキは慌てて周囲を見回して、先ほどまで一緒にいたマキホの姿が消えていることに気付く。

 何やら事情がありそうな少女だったし、厄介事に巻き込まれるのを避けて、静かに立ち去ったのだろう。

深く追求せず、アサキは令嬢たちと場を移動する。昇降機近くの喫茶館は、第二層(上流階級)の人々の利用も多いからか、わりと落ち着いた上品な雰囲気だ。アサキ一人だったら、足を踏み入れづらい。

 そこで改めて、令嬢から修理したい品の詳細を説明してもらった。

「仕事の都合で浮都を出て、離ればなれになってる婚約者さんとの唯一の連絡手段だって言うし」

 そこまで説明したところで、マシロに、くすりと笑われて、アサキの口がとがる。

「何よ?」

「アサキさんは、日頃から面倒なことは嫌いだ、とおっしゃってるわりに、わりと面倒見が良いですよね」

「別に好きこのんで関わってるわけじゃないよ。だいたいのことは、向こうからわたしに近付いてきてるからね」

「でも、寄ってきたものは振り払わないでしょう?」

「どうせ、降りかかってきたものを避けるのが下手だよ」

「けれどもそれは誠実な対応で、不器用ではあるかもしれないけれど、アサキさんのとても良いところだと思います。そしてそんなところが、私は好きですよ」

 薄灰の瞳が柔らかく細められて、アサキに向けられる。

 いつもと同じ綺麗に整ったマシロの微笑みのはずなのに、なぜかいつもよりも引き込まれそうな気がする。

「そんなお世辞言ったって、別に何もしないよ」

「お世辞ではありませんよ。だいたい、そんなアサキさんだったからこそ、私が今ここにいられるわけです」

「え?」

「よほど面倒見が良くなければ、拾った見ず知らずの者を連れ帰って世話したりしないでしょう?」

 ふいに投げ込まれたひと言に、アサキは息を飲む。

 脳裏にざっとわき上がってきたのは、人気のない外苑広場。雲の多い青空と、そこを舞い落ちてくる白い布のはためき。

 マシロからその事に触れてくるのは珍しくて、反応が遅れる。

「あのとき、あの場所にアサキさんがいてくれたことに、今は本当に感謝しています」

「“今は”?」

 マシロの言い回しに引っ掛かって、アサキが首を傾げる。すると、マシロは眉を少し下げて困ったように笑った。

「当時は、私もいささか余裕をなくしていましたので……」

「そんなの、初めて聞いたよ」

「そうでしたか? でも、見ていればわかったのではないかと」

「わかるわけないでしょ!? あの頃のマシロは、何を考えてるかぜんっぜんわかんないくらい無表情だったじゃない」

 するとマシロは、予想外のことを聞いた、という顔になった。

「私は、わりと感情が豊かな方だったのですが」

「どーこーがー? あの頃と比べたら、今の方がよっぽど表情が出てるよ。たとえいけ好かない胡散臭い笑顔でも、無表情よりは断然マシだよ」

「……それは、今の私を評価していただいている、と捉えてよいのでしょうか」

「表情の話だけだから。引きこもってばかりなのも、家事能力が壊滅的なのにも、ちっともまったく評価してないから」

「そうですか。アサキさんにそんなに評価いただいているとは知りませんでした」

「ちょっと! わたしの話聞いてる!?」

「でも、そうやって私が表情豊かになれたのも、アサキさんのおかげです。だからやはり、アサキさんには感謝することばかりですね」

 マシロがこの家に来てしばらく経ち、ようやく日常生活を営めるようになった頃、アサキはマシロに怒ってばかりいたような気がする。いわく『マシロは何言いたいのかぜんっぜんわかんない! 思ってることがあるのなら、ちゃんと顔に出して!!』と。

 今のマシロは人当たりの良い柔らかい微笑みが基本ながら、それなりに感情の変化が表情に現れる。そこまでになったのが、アサキの文句の結果だというのなら、確かに感謝されてもいい気がしてきた。

「……別に、誰にでも無差別に親切にしてるわけじゃ、ないよ」

 いくらなんでもそこまでお人好しではない。遺産や遺石がきっかけでなければ、アサキも関わらなかった事柄はたくさんある。

 マシロのことだって、そうだ。

 アサキは服の上から胸元を軽く押さえた。

 服の中には、あの青緑の遺石の欠片が提げられている。

(この遺石があんなに必死に“叫ばなければ”、マシロのことだって関わらなかったかもしれないよ)

 どこか後ろめたい気分でそう呟くと、マシロが優しく笑みを深めた。

「ではアサキさんは、私のことを特別に思っていただいているのですね」

「……どうして、そうなるの!?」

「私の面倒を見ようと思ってくださったからです」

 話題が巡って、結局もとのところに戻ってきたかのようだ。それを察知したのかどうかわからないが、ヤエがなぁ、と小さく鳴いて、マシロの膝から抜け出す。

 カウンターの上に軽く飛び移ると、その上に置かれていた布包みを尻尾でさらりと撫でて、陽当たりのよい出窓の方に去っていった。

「グダグダ言っていないで、はやく仕事をしなさい」と言われた気がして、アサキは肩をすくめる。

 寄りかかっていたカウンターから身を起こして、布包みを手に取った。

 淡い色彩の糸を多用して紋様が織り込まれた布は、それ自体もそこそこに値が張りそうだ。あの令嬢がこの遺産を大切に思う気持ちの表れだろう。

 ヤエが離れて膝の上が軽くなったからか、マシロも立ち上がってアサキの手許を覗く。

慎重な手つきで布を開くと、女性の両手の平くらいの大きさの手鏡が出てくる。

 形は楕円形の鏡部分に持ち手が付いた、良くあるものだ。古い物のためか鏡はやや曇り気味で、写すものの輪郭がやや揺らいでいる。

 枠はくすんだ金色。幾何学的な模様が細かく施されているが、素材はおそらく一般的な金属に鍍金をしたものだろう。

 そしてその枠の上部と持ち手の根元の二箇所に、青味のある黄色の遺石が嵌め込まれている。親指の爪ほどの大きさがあるその遺石は、鏡と比べるととても鮮やかに周囲の光を弾いている。

「これが、その鏡ですか……」

「うん。この下の方の遺石に触れると、婚約者さんの手許にあるもう一枚の鏡とつながって会話ができた、って聞いてる。婚約者さんの姿も鏡の中に浮かび上がってきた、って。遺石が起動装置になってるとして、それ以外はどういう仕組みなんだろうな」

 慎重に手鏡を持ち上げて、側面や背面を確認する。普通の手鏡と比べるといささか厚みがあるようだが、外観からはそれ以上のことはわからない。

「……アサキさん。これは」

「何? こういう遺産について何か知ってる、マシロ?」

「いえ、あいにくと私もこのような手鏡を目にするのは初めてです」

 にこやかだったマシロの眉根がわずかに寄っていたのに、アサキは気付かなかった。

「マシロも知らないんじゃ、やっぱり一度、枠を外して中を精査してみないとダメね」

「お役に立てずに申し訳ありません……アサキさん。もし、修復中に何か気になる点などあれば、遠慮せずにお声がけくださいね」

「別にいいよ。普段の修復だって、マシロの手を借りずにやってるものの方が多いでしょ」

「……そうですね」

「じゃあ、続きは作業部屋に行ってからにする」

 手鏡と布を一緒に持って、アサキはカウンターを離れる。

 そのまままっすぐ作業部屋の扉を潜るアサキの背中を、マシロが気がかりそうに見送っていたのは、アサキは知らないままだった。


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