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雲の上で尾羽を広げる孔雀の模様が彫り込まれた木製の扉を開けると、カロロンと涼やかな音が響く。
「ただいまー」
「おや、おかえり、アサキちゃん」
無愛想な三毛猫か引きこもりの青年が迎えてくれると思っていたアサキは、朗らかな声に出迎えられてちょっと目を見開く。
「柳屋のご隠居さん! いらっしゃいませ」
ショーウィンドウ近くの商談机から顔を伸ばしていた老人は、近所の商店「柳屋」の先代で、この雲上銀紅孔雀商会の常連客だ。
体も顔も丸っこい輪郭で、薄くなった白髪の上には短い筒型の帽子がちょこんと乗っている。親しみのある細い目が、皺に埋もれるようにさらに細くなった。
「仕入れに行ってたのかい?」
「ええ。浮都の一時着陸があったばかりだから、豊作でしたよ。人もたくさんいたし」
浮都は物資の補給などで、一時的に大陸各地にある都架に着陸することがある。その際には、外部の人々の入都も許可されて浮都内の取引も活発になる。その名残で、一時着陸後もしばらくは市場に物品が増えるのだ。
「そうか。一人で行ってるんだろう? 危ないことはしないようにな」
「大丈夫ですよ。仕事に必要な物を探しに行ってるだけで、もう慣れっこですから」
「アサキちゃんが仕事熱心なのは感心するが、まだ若い女の子だという自覚も必要だと思うがなぁ。ナチさんも心配するんじゃないかい」
「そういうことを心配するようなお祖父ちゃんだったら、そもそもわたし一人を残して旅に出たりしないと思います」
それもそうか、とからから笑う柳老の背後に、ゆったりとした長衣姿の青年が現れた。
切れ長な薄灰の瞳に端正な面立ちの彼は、この店の店主代理であるマシロだ。
「いくらお師匠さんでも、残るのがアサキさん一人だったら、さすがに出立されなかったろうと思いますよ」
「あ、そうか。ヤエ姐さんもいるもんね」
「いえ、そうではなく……私もいるじゃないですか」
「ええー、だって、マシロはお祖父ちゃんが残してくれたというよりは、残していったというか、押し付けていったというか……この店のことはともかくとして、何か私の役に立ってる?」
「……そんな、アサキさん。仮にも一年間は同棲しているのに」
「住んでる場所が同じなだけでしょ!」
不毛そうな二人の会話を止めたのは、再び大きくなった柳老の笑い声だった。
「いやあ、相変わらず仲が良いねぇ、二人は」
「これのどこが仲良く見えるんですか!?」
「おや、違うのかい?」
「違いますよ!」
冗談じゃない、と頭を抱えるアサキを、柳老は細めた目で見守る。その視線の温かさ(アサキにとっては不本意ながら)にアサキはこれ以上の抗弁を諦めた。
「それで、ご隠居さんは、今日は何を探しにこられたんですか?」
尋ねると、柳老はほくほくとした顔になった。どうやら水を向けられるのを待っていたようだ。
「うん、それがね。アサキちゃんは“夜星飛石”って知ってるかい?」
「よるほしとびいし……? 遺石の名前ですか?」
「そう。その名前の通り、夜空に星が散ってるように、深い紺色の遺石に金色の装飾が彫り込まれている。そして、物を浮かせる力があるらしいんだ。ごく僅かしか発掘されてない、とても稀少なものでね。骨董界隈にも滅多に流れないらしいから、この店にもないんじゃないかな?」
柳老に視線を向けられて、マシロがゆるく首を振った。
「はい。“夜星飛石”という名前は聞いたことがありますが、私も実物を見たことはないですね。もしかしたらお師匠さんがどこかにしまいこまれているかもしれませんが。物を浮かせる力を持つ遺石にはいくつか種類がありますが、その中でも比較的強い力を持ち、数が少ないそうです」
「マシロも知らない遺石があるんだ?」
意外に思って目を大きくしたアサキに、マシロは眉を下げて微笑んだ。
「さすがにすべての遺石までは網羅しきれません。知識としては知っていても、目にしたことのないものはたくさんあります」
「そっか。店に引きこもってばかりじゃ、みたことない物を見る機会はないもんね」
「……そういう問題では……」
「そういう問題でしょ?」
「ほら、二人とも、それくらいにしておきなさい」
また始まった、とやや呆れ顔の柳老に、アサキは首をすくめる。気心が知れた柳老の前では、ついつい彼がお客さんだというのを忘れかけてしまう。
「それで、ご隠居様は、その夜星飛石をお持ちなのですか?」
マシロが、場を仕切り直すように尋ねる。すると柳老の目がにんまりと弧を描いた。
「これを見てくれ。なかなかのモノだと思うんだがね」
そう言いながら彼が懐から取り出したのは、手のひらにすっぽり収まるほどの半球状の石だった。
ごく薄い透明な層に、滑らかな濃紺が包まれている。その濃紺の表面には、夜空の星を集めて散らし直したように、細かな金色の粒が広がっている。その金の点が濃淡を描くところは、確かに夜空の銀河のようにも見える。
「夜飛星石を守るために透明な層を重ねてあるのが、いっそう珍しいと聞いたんだ!」
「……ああ、きれい(・・・)なモノですね……」
「……確かに、珍しくはあります」
一拍置いたアサキとマシロの感想に、柳老の上がっていた眉が、すとんとすぼまった。
「……あれ? 二人ともそういう反応ってことは、もしかして、これ」
「言いにくいのですが……」
「ご隠居さん。これ、遺石じゃなくて普通の鉱石だよ。綺麗な濃紺だけど、遺石の場合は、角度を変えるともっと色味が変化するの。こんな安定した色にはならない。普通の鉱石の表面に模様を彫り込んで、色変化をごまかすために透明な石を重ねたんじゃないかな」
マシロは柳老の心情を慮って慎重に切り出そうとしたのだが、アサキはそんなことは気に掛けず、ばっさりと事実を突きつける。
「そうなのかい、マシロくん?」
「ええ。アサキさんの言うとおりです。鉱石にこのような加工をしているのは見たことがないので、珍しいものだとは思いますが。これを夜飛星石と言って売り付けるのは、いささかタチが悪いですね」
「商談の席で、ほんのちょっと浮かせてくれたんだけど……普通の鉱石には、そんな力はないだろ?」
「その後、ご隠居さん自身で試した? 試してない? じゃあ、その場は何かの手品かカラクリがあったか、別の遺石を隠し持っていたかじゃないかな。何にせよ、詐欺だよ、詐欺。ご隠居さん、どこの悪徳業者に掴まされたの?」
「この前の一時着陸のときに乗り込んできてた行商だ。感じが良かったし、儂がこの店で買った品々を褒めてたから、目は効くと思ったのに……」
「行きずりの行為というわけですね。まあ、浮都内に店を構えていたら、そんな信用をなくす取り引きはできないでしょう」
「客の蒐集品を褒め立てるなんて、商売人の基本でしょ。長年お店を持ってたご隠居さんが、どうしてそんなのに引っかかるかな」
「ああ、また娘に怒られるな……」
肩を落として項垂れる柳老の背後で、アサキとマシロは温い視線を交わす。
柳老は骨董が好きで、この雲上銀紅孔雀商会にとっても良い客だ。アサキの祖父とも馴染みが深く、遺石や骨董の知識がないわけでもない。だというのに、なぜか時折、こんな風にあっさりと偽物を掴まされたりする。
この店に見せびらかしに来て失敗に気付くのも今回が初めてではないので、アサキとマシロの同情の気持ちも、つい減ろうというものだ。
(この気のいいおじいちゃんが、現役時代は遣り手の商人だったなんて、イマイチ信じにくい話よね)
だが、けっして疎ましく思ったり見捨てようと思ったりできないのが、彼の人徳なのかもしれない。
「ご隠居さん。確かにこれは夜飛星石ではないけど、鉱石としてみたら、まあ質は悪くないと思うから、そこまで気を落とさないで」
「本当かい?」
「うん。色は濁りやムラがなくて綺麗だし、これだけ大きくても欠けてたり傷がないだけでも十分じゃないかな」
「でも、夜飛星石とはとてもいえないんだろう……」
「それは、まあ」
「鉱石そのものの品質は悪くないですが、産地や工法の希少さがわかるものでもないので、単純には高値は付けられませんね」
柳老に手渡されてじっくり見ていたマシロが、申し訳なさそうに首を振る。
「となると、やっぱり残念だなぁ……」
すっかり意気消沈してしまった柳老は、いったんマシロから戻された石をアサキに差し出す。
「アサキちゃん、これ、何かの修復の材料に使えるかい? もう儂が持ってても仕方ないから」
「まあ、何かには使えると思いますけど、いいんですか?」
「いいよ、いいよ。娘に見付かるよりマシさ」
いい年した老人らしくない理由だが、柳老の跡を継いだ娘はかなりの才覚の持ち主だと聞いたことがあるから、仕方ないのかもしれない。
「じゃあ、遠慮なくいただきます。何に使おうかな……」
素材がお得に手に入った、とアサキは明るい声音で両手のひらを差し出す。そこに柳老がぞんざいに石を乗せる。
「ーー!?」
ーー眼前に、濃紺の夜空が広がった。
棚に囲まれた暗い店内の風景はどこにもなくなっていた。すぐそばにいたはずのマシロと柳老の姿もない。片腕を乗せていたテーブルも消えている。
アサキの前も後ろも足元も、果てのない深い紺色と砂粒のような星だけが広がる。
(これ、は)
青緑の瞳を見開いて、アサキは自分の身を確認する。
椅子に座った姿勢のまま、つい先ほどまでと何も変わりがない。差し出した手のひらに乗せられた石もそのままで……いや、違う。透明な層の内側が、ごくわずかに光を発しているように見える。
ぼんやりとした輝きに、アサキは眉を寄せる。
(どうして、遺石じゃないのに……?)
手のひらに乗る石をもっとよく確かめようと顔に近付けたとき、足首を何かがふわり、と撫でた。
「っわっ!? ……あ」
目をぱちくり、と開く。
一瞬、瞼を閉じた間に、すべての光景は元の薄暗い骨董屋の店内に戻っていた。
「どうしました、アサキさん?」
「アサキちゃん?」
心配げなマシロと柳老を認識して自分が元の空間に戻っていることに気が付く。それから慌てて机の下を覗き込んだ。
そこでは、白と茶と黒の混じった細長い尻尾がひらりと揺れていた。
いつの間に潜り込んでいたのか、机の脚に寄りかかるようにヤエが丸くなっていた。その尻尾がアサキの足首に触れたようだ。
「……もー! びっくりした、ヤエ姐さん! そこにいたなら教えてよ」
「え? ああ、そんなとこに隠れてたのか。儂に姿を見せてくれるとは珍しいね」
店の常連にもなかなか近付かない三毛猫を、柳老はそっと伺う。見付かってしまったことを残念に思ったのか、ヤエは無言で立ち上がると、するりと机の脚の間を抜けて店の棚の奥に向かう。マシロの足許を通り過ぎざまに、長い尻尾で軽く彼の足をはたいていった。
「ありがとうございます、ヤエ姐さん」
「ん? 何がだい、マシロ君?」
「いえいえ、こちらの話です」
にっこり何事もなかったように微笑むマシロだったが、アサキは眉をちょっと寄せる。
(……気付かれた、かな?)
ちらり、とマシロに視線を向けるが、マシロからは特別な反応はない。
「さて、長居してしまったし、そろそろお暇するかな」
「ご隠居さん、この石……」
「うん、気にしなくていいから。アサキちゃんの修復に使ってもらえれば、その石も喜ぶんじゃないかな」
あっさり応えて、柳老はよっこらしょ、と椅子を立つ。
(遠慮してるんじゃなくて、厄介事じゃないかどうかが、気になってるんだけどな)
とはさすがに言えず、アサキも見送りのために立ち上がった。
「じゃあ、今日はどうもね。また何か面白いものがあったら、教えておくれよ」
「かしこまりました」
扉口に並んで立ったマシロがにっこり微笑んで頷く。
「次はまたインチキなもの売り付けられないように気を付けてくださいね-」
ひらひらと手を振るアサキに苦笑を返して、柳老は去って行った。
それを見送って、扉を閉める。軽やかな木鈴の音が収まったところで、マシロがちろり、とアサキを見おろした。
「さて、アサキさん。先ほどもしかして……」
「さて! 仕入れてきた物を片付けなきゃ!」
言いかけたマシロを遮るように、アサキはくるりと向きを変える。カウンター脇に置きっ放しになっていた仕入れ用カートを自分の作業部屋に引き摺っていく。
取り残されたマシロの薄灰色の瞳が、何か言いたげだったのには、気付かなかったフリをした。
夕暮れ時の浮都を外から眺められるのならば、その美しさにしばらく目を逸らせられないだろう。
茜から濃紺までなだらかに色を変える空に浮かぶ、でこぼこした円錐状の影。その縁は太陽の最後の光を弾いて細く金色に輝く。そしてその影の内側では、時間を経るごとにぽつりぽつりと小さな灯りが広がっていく。浮都内で暮らす人々の燈火は、白っぽいものから濃い橙まで入り混じって、不規則な模様を描いていた。
そんな灯りのひとつ、雲上銀紅孔雀商会の扉の照明は、うっすら緑がかった黄色だ。遺産が発するその光は熱を持たず、ただ静かに周囲を照らしている。
「もう今日は閉めちゃっていいよね?」
「ええ。もうお客様もいらっしゃらないと思います」
店の内側からそんな会話がして、すぐに扉の木鈴が軽やかな音を立てる。するりと出てきたアサキが照明の付け根を操作すると、黄色い灯りはふうわりと消えた。
扉や窓からこぼれる室内の灯りの方が強くて、店の外はもうすっかり夜の暗さだ。周囲の建物からこぼれる灯りが、細い路地をところどころ照らして彩っている。
(考えてみたら、浮都の中で昼間と夜があるのもヘンなものなんだよね)
かつてアサキは、そんなことをマシロに向かって呟いたことがある。
浮都の各層は、その名のとおり順に積み重なっている。上層にいくほど面積が狭まる円錐型だから、周縁部なら外光が当たるが、中心部には光が届かないはずだ。ところがどういう仕組みなのか、第四層平民街の中ほどにあるこの店の周囲でも、太陽の光を地上と同じように感じることができていた。
マシロは「鏡面反射の組み合わせで……」とかなんとか言っていたが、難しいことはアサキにはわからない。ただ、こんな不思議な天に浮かぶ街を作り出した、過去の文明の人々に対して、畏敬の想いを抱くだけだ。
「ずーっと昔に作られた物が、まだまだ現役で動いているってことが単純にすごいじゃない。しかも道具のような小さな遺産だけじゃなくて、こんな大きな街まで」
「そうですねえ。彼らが遺した街は、この宙に浮く島以外にも、海中を漂うものや砂漠の中に沈むものもあると聞きますが、どれにも未だに人が住めているようですね」
「ね。維持管理の仕組みってどうなってるんだろう。修理屋の身としては気になるなあ」
「それは空人がいますから」
「彼らには維持管理技術が受け継がれているのかな。民間向けに講習会とかやってくれないかな」
たとえ浮都に住んでいたとしても、空人と接する機会などほとんどない。慶秋節祭の時期に、視察に訪れた空人を、遠くからちらりと見かける程度だ。
遠目に見る空人たちは、皆が若く美しく、落ち着きがあるのに煌びやかで、まさに発掘された遺石の装飾品のようだった。
「どうでしょうね。空人たちはあまり人々の生活には興味がなさそうですし」
「やっぱりそうかなー」
そんな会話をマシロと交わしたのはいつだったか。
夜の闇に包まれた路地を眺めながら、過去の出来事を思い返していたアサキに店内から呼び声がかかった。灯りを消しにいっただけなのに、すぐに戻ってこなかったのをマシロが心配したようだ。
「アサキさんー?」
「はーい、今戻るー」
アサキは答えながら身を翻す。その勢いで、肩までの髪がふわりと広がる。宵闇の燈火を受けて、その髪の緑味が強く輝いた。
店内に戻ると、マシロの方もあらかた片付け終えたようで、店の奥の灯りは落とされていた。マシロは未整理の品がいくつか乗った木箱を片手にカウンター近くにいる。
その木箱を仮置き用の棚に収めるマシロを眺めながら、アサキは呟いた。
「ご隠居さんは、ぜんぜん見る目がないってわけじゃないのに、なんでときどき、あっさりと偽物に引っかかるのかなー」
少なくともこの店の中では、柳老は質の良い物を理解する目を持っている。他所で手に入れたと見せにくる物も、すべてが紛い物というわけではない。
「そうですね……ご隠居様は、ご趣味の蒐集家としては十分な目をお持ちだと思います。ただ、強い思い入れがあると、どうしてもその目も曇りがちになるのかと」
「思い入れ?」
「ご隠居様は、特定の分野の遺石には、何か格別の思いをお持ちのようです」
「そうなの?」
「はい。これまでに見せていただいたモノから、おおよその傾向は掴めます」
「どうして思い入れがあると騙されやすくなるの? こだわりがある物の方が、じっくり吟味するものだと思うんだけど」
「そうやって冷静に判断することができないほど、内心を揺さぶられる何かがあるのでしょう」
木箱を片付けたマシロはカウンターに戻ってきて軽く屈み、頬杖をついていたアサキと目線を合わせる。
形良い薄灰色の瞳が、アサキをじっと見つめる。
その瞳に炙られているような気がして、アサキは身動いだ。
「な、何?」
「私も、もし、アサキさんを手に入れられる遺石がある、と囁かれたら、見過ごすことはできないと思います」
「……え?」
言われた台詞の意味が取れなくて、ぽかん、と見返したアサキに、マシロはふっと唇と目許を細める。
「もしも、の話ですよ。人を操作できる遺石など遺されていません」
いつも通りに柔らかくなったマシロの雰囲気に、アサキは止めていた息を吐き出した。
「うん……っていうか、マシロはわたしのこと」
「アサキさん……」
「そんなにわたしのことをこき使いたいの? 今だって十分にマシロの面倒を見てるよね。この上さらに何かさせようっていうの?」
「……いえ、あの」
むっ、と頬を膨らませたアサキを前に、マシロの肩ががくん、と落ちた。
「いいんです。あくまでも仮定の話ですから、忘れてください……それよりも、アサキさん。この石なのですが、何か気になることがありましたか? 先ほどご隠居様から渡されたときに、何か考えていたようですが」
「っえ? な、何のこと? 別に普通の鉱石だと思うけど。遺石じゃないんだから、わたしにも何も特別なことはわからないよ」
見透かすようなマシロの言葉に、アサキは慌てて首を振った。
「そうですか。それにしては先ほどのアサキさんの様子が真剣だったので。もしかして」
「あー、あー、聞こえないー」
アサキは両手で耳を塞いで、マシロの詮索を遮る。そんな子供っぽい仕草に、マシロはくすり、と笑った。
「そんなにこの石が気に入られましたか?」
「なんでそういう結論になるの?」
「何かありそうな石なのに、手元に残しておく方を選んだようなので」
「……どっちかというと、“何かありそう”だというのを認めたくないかな」
はぁ、と溜息をつくと、アサキは作業部屋の方にちらりと視線を送った。その先の机には、さきほど柳老から譲り受けた鉱石が置いてあるのだった。