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エピローグ

 浮都の第四層、平民街の奥深く。雲の上で尾羽を広げる孔雀の模様が彫り込まれている木製の扉が開いて、カロロン、と涼やかな木鈴が鳴る。

「ほら、もう別に店の中に引きこもってる必要はないんでしょ。たまにはマシロも出掛けようよ」

 青緑の瞳の少女が、店内にいる人物の腕を引っ張っている。

 その背後からは、猫の鳴き声が、なー、と追いたてるように聞こえてきた。

 端から見ても強引に連れ出されたとわかる青年は、屋外の明るさに眩しそうに薄灰の瞳を細めた。隙間から入った光でその瞳が一瞬だけ白銀に輝く。

「確かに、もう隠れている必要はなくなりましたが……アサキさんは良いのですか? 私が往来を出歩いても」

「何かいけないことなんてある? マシロが外に出てくれれば、仕入れも配達も分担できるから、わたしにとっては助かるだけだよ」

「そうですか……それでしたら私もご一緒させてもらいます」

 そんな会話を経て、アサキは古物市をマシロと並んで歩いている。

 こんな風にマシロと連れだって歩くのは初めての経験だ。

 何とか浮都の最上層から戻ってきて、その後マシロとマキホの間でどんなやり取りがあったのか、アサキはよく知らない。

 ただ、あれ以来まだマキホも他の空人も店には現れていない。そして「半月に一度、様子を見に行くことに決まりました」とマシロが微笑んでいたので、おそらく何らかの形で収まったのだろうと思っている。だから、もうマシロは店の奥に引きこもっていなくてもよくて、こうして店の外をぶらつくこともできるのだ。

 ただ店の外にマシロを連れ出すことはできるようになったこと以外は、アサキもマシロも以前の生活と特に変わったことはなかった。

 アサキは遺産の修復をしながら時折うっかり遺石の“声”を聞いているし、マシロは骨董品店の店主代理として数多くの遺石を整理している。

 店を閉めたあとは、二人と猫一匹で淡々と過ごす。実はそこでも大きな変化はなかった。お互いに好意を寄せていることがわかったからといって、関係に特段の進化もなく。毎朝顔を合わせたときに「おはようございます」と向けられる微笑みの甘さにくすぐったさを感じつつも、それ以外は恋人らしいことは何もしていない。

 以前アサキが市場で手に入れたお揃いの飾りも、まだアサキの作業部屋の棚に置かれたままだ。

(……なんか、今さらお揃いの何かを身に付けるとか、恥ずかしいしっ)

 こうして二人並んで歩くのだって、純粋に引きこもりのマシロを外に引っ張り出そうと思っただけで、恋人と出掛けている、というつもりはなかった。

 けれども、いざ隣り合って歩いているとマシロの存在を意識せざるをえない。

 雑多な喧騒の中にいるのに、隣にいるマシロの息遣いや衣擦れの気配だけは感じられるのが不思議で、そして面映ゆい。

(……マシロは、平気なのかな?)

 ちらりと横目で見上げる。

 明るい陽射しの下だと、マシロの端正な目鼻立ちがよりくっきりとわかる。薄暗い店内では薄灰に見える瞳も、戸外では白銀に煌めく。髪は再び黒に染め直しているが、整った容貌は雑踏の中で確実に浮き上がっている。

 それは周囲の人々から向けられる視線でひしひしと感じられた。特に若い女性たちの注目を集めまくっているので、隣にいるアサキは居心地が悪いことこの上ない。

「……なんか、マシロ、目立ってるね。やっぱりマシロが言ってたみたいに、用がないときは無理に出歩かなくても、基本、引きこもりでいいよ」

「私が誰かに見られるのは気に入りませんか? それは独占欲でしょうか。嬉しいことですね」

「そ、そんなんじゃないよ! わたしはただ、不必要に注目を集めてるのが落ち着かないだけでっっ」

「心配なさらなくても、私はアサキさん以外には興味などありませんから」

「だから、心配なんてしてないってば!」

 ぷん、とむくれるアサキと、それをいとおしげに微笑むマシロの姿は、古物市の雑踏の中に紛れていく。

 浮都の中で、人々の営みはこれまでと変わらずに続いていく。

 それがいつまで保たれるものなのかは誰にもわからない。けれど、それが続くことこそが、この天の城を作った者たちの希望なのだろうーー






<了>

 


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