9
かき上げた髪の色が白いのに気付いて、彼はふと手を止めた。
ここしばらく黒い髪色で過ごしていた。きらきらと光を弾く白い髪だった期間と比べればほんの一瞬のことなのに、もうその白色に違和感を覚える。
馴染みがあるはずなのに、落ち着かなく思うモノは他にもたくさんあった。
ひとつの染みも陰りもない、つるりと滑らかな床と壁。最低限の物しか置かれていないがらんとした部屋。並べられた投影装置から発せられる無機質な光の明滅。街の生活音がひとつもない静けさに混じる、低周波の作動音。そして、身近に快活な少女の姿がないことーー
そこに思考が至って、彼はふっと口許を歪めた。
(何を惜しんでいる。自身が決めたことだろう)
この場所に戻ってきたかったわけではない。けれども、いつまでも逃れ続けられるとも思っていなかった。迎えにこられたのは、きっと潮時だったということだろう。
『貴方はこの城を運行するために作られた。その任務を放棄したら、貴方の存在に価値はないの』
『私たちは、主が定めた任務を遂行するのが務め』
『貴方とあの子では、存在が異なるわ。同じ時間を過ごすことができないことくらい、わかっているでしょう』
『伴に過ごせない相手を縛り付けておいて、あの子の幸せになると思うの』
戻ることを躊躇う彼に、同種の彼女はそう畳み掛けた。
それは、どれもその通りの言葉だった。同じことは既に何度も自省している。それを覆すほどの答えも出ていない。
ーーそして今、彼はこの部屋にいる。
一般には“浮都”と呼ばれているこの城の集中管理室。城の最上層部の先端にあり、城の飛行だけでなく、内部の環境維持も含めてすべてを司る場所。
二年前に彼が破壊した痕跡は、表面上は残っていない。外側は自己修復機能が働いたのだろう。だが、内部の修復まで完璧に行うのは無理だったようだ。
かつてだったら自動で処理されていたであろう指示が、いくつも処理しきれずに滞留している。それがまた次の処理を阻み、制御系全体の動作を重くしていた。
ここに戻ってきた彼が初めに手を付けたのは、その溜まった指示の軽減。積み重なった障害を解きほぐし、原因を除き、処理をスムーズにする。
投影装置に映る赤や黄色の点滅に沿って、操作卓の上を形良い指先が滑らかに動く。それに沿って、次々と点滅は消えていく。
そうして淡々と作業を続ける彼の背後で、シューッと微かな音がして、壁の一部が横に吸いこまれていく。ぽかりと開いたその出入口から入ってきたのは、小柄な人影。華奢な少女のように見えるが、彼とほぼ同じ種の存在だ。
「飛行速度と高度が明らかに改善されたわ。内部の不具合箇所も目に見えて減っている。さすが天城ね」
賞賛の言葉に、しかし彼は眉一つ動かさない。投影装置に視線を向けたまま、平坦な声を返す。
「この程度のこと、お前にだって可能だろう。天城補なのだから」
「あくまでも“補”よ」
彼女は軽く肩をすくめて、座る彼の隣に並ぶ。
「主集中演算装置(メインCPU)に異常がなければ私にも代わりは務まるけれども、今の予備装置(サブCPU)では力が足りないわ」
投影装置の中央上部、埋め込まれた透明なケースの中で、小さな丸い遺石が淡く輝き細かく振動し続けている。彼女はそれを見やって、ふぅ、と息を吐き出した。
「貴方がいきなり集中管理室を爆破して、主集中演算装置(メインCPU)を投棄して、出奔してから二年。その大損害をカバーして、何とかここまで持ち直した。ようやく私自身が貴方を探しに出られるところまできたの。まさかまだこの城の中に残っているとは思わなかったけれど、裏をかくつもりだったのかしら?」
それに応える声はない。彼女もそれはわかっていたのか、気にすることなく話し続けた。
「皮肉なものね。逃走時間を稼ぐために主集中演算装置(メインCPU)を投棄したのでしょうけれど、主集中演算装置(メインCPU)がなくなったからこそ、私は何としてでも貴方を取り戻さなくてはならなくなった。この城を、主の“墓標”を守るためにーー」
「悪足掻きでしかない。私が戻ったところで、耐用年数はやがて尽きる」
「それでも、しばらくの猶予はできたわ。これで主集中演算装置(メインCPU)の捜索に集中できる。あの店の中では波動を感じられなかったし、あの子も知らないみたいだったから、こちらは本当に城外に落ちてしまったのかしら。そうだとすると少々厄介だけれど、あの日の座標と風向から落下地点を計算できないことはないから……」
「彼女に何かしたのか」
切り裂くように冷たい声が言葉を遮った。彼の瞳が、その声よりも冷ややかな白銀色に煌めく。
彼女はその視線に息を飲んだ。
「……な、何もしてないわよ。ただ大きな遺石を知らないか尋ねただけ。貴方のことを聞かれたけれど、もう縁のないことだから忘れろと言っておいたわ」
「……それなら、いい」
「……人の時間は早いわ。しばらくの間は悲しむかもしれないけれど、すぐにあの子も伴に過ごせる相手を見付けるでしょう。そうして人は世代を重ねていく。私たちはそれを見続ける種なのよ」
数多の投影装置の半分ほどには、城内各地の人々の様子が定期的に入れ替わりながら映し出されている。それを彼女は静かな銀色の瞳で見つめて言った。
「……わかっている」
彼も、同じ映像群を見ながら、掠れる声を絞り出した。
それ以上は、二人の間に会話は続かなかった。しばらくして、彼女が部屋から出ていく。
一人残されても、彼は投影装置をぼんやりと見つめていた。
「……わかっていた。私と彼女の時間が異なることは。時間が交わっているように思えていたのは、錯覚だというのも。それでも……」
閉じた瞼の裏に浮かんだのは、孔雀の尾羽のように輝く大きな青緑の瞳。
「それでも、私はあなたの傍らにいる幻想を見たかったのですーーアサキさん」
消え入るような呟きは、室内を満たす作動音に飲み込まれて、どこにも届かなかった。
下向きの風を感じてうっすら目を開けたアサキは、想定外の事態にその目を限界まで広げることになった。
「……う、浮いてるっっ!?」
淡い青緑の光を発する遺石に吊り上げられるように、アサキの身体も宙に持ち上がっていた。しかも、その高さはどんどんと上がっていく。
「ちょっ、な、どういうこと、これっっ!?」
訳がわからなくてばたつきかけたが、首元にかかった鎖がずれたところで、慌てて鎖に両手を掛けて姿勢を正した。
この細い鎖が実際にアサキを引き上げているわけではなさそうだが、この遺石から離れたらきっと落ちる、という気がする。アサキはただ身を堅くして成り行きに従うしかなかった。
人が宙に浮いているところを誰かが見付ければ騒ぎになりそうだが、幸か不幸か、外縁広場には他に人がいなかった。そしてアサキの上側も壁ばかりで窓や露台がない。誰にもこの異常事態を気付かれていなさそうだ。
怖くて下は見られない。上方を見つめるアサキの前を、浮都の外壁が行き過ぎていく。
「第三層……第二層……第一層……?」
三層分を昇ってもうおしまいだと思っていたのに、さらにその上があった。
砂色の壁が途切れたその上、第一層の面積の四分の一ほどの広さを、新たな壁が囲っていた。壁は陽光を反射して、白い光沢を放つ。青い空を背景にして、その壁はぱっきりと浮き上がって見えて、遠近感が掴みづらい。
青緑の遺石は、アサキの身体をその壁の前まで運んだ。ようやく床に足を付けて、アサキはほうっと息を吐く。
その場所は、浮都の砂色の壁と比べると、とても白かった。
壁も床もつややかな白色で、表面は陽光を弾いて複雑な虹色を帯びている。
壁には窓も扉らしきものもなく、もちろん他に人の気配もなく、ここが何のための場所なのか探る手がかりはなかった。
「第一層のさらに上に、こんなところがあったなんて。……もしかして、マシロは、この中にいる?」
まだ淡く輝いている胸元の遺石の欠片に話しかけてみる。
この遺石は、初めてマシロと出会ったときに拾ったものだ。あのときは判らなかったが、マシロが鳥の羽のようにゆっくり落ちてきていたのも、この遺石の力によるものだったのだろう。
あの遺石は、マシロのことをとても求めていた。その遺石の力で、アサキはここに連れてこられたのだ。きっとマシロと関係の深い場所に違いない。
「この壁も床も、遺石っぽいなあ……でも、建物には遺石は使わないよね?」
そんなことを呟きながら、壁に軽く手を掛ける。すると、その手のひらを通じて、壁の中に振動を感じた。
アサキの背丈を超えるほどの高さで四角い形に光が走り、パシッという音と伴に壁が横方向に吸いこまれた。
「開いたっ!?」
勝手に入って良いものかどうかしばし迷ったが、胸元の遺石が促すかのように明滅する。覚悟を決めて、アサキは足を踏み入れた。
内部はぎりぎり様子がわかる程度の薄暗さで、外側と同じく白い光沢のある壁に囲まれた狭い通路が左右に伸びている。なんとなく右側を選んで数歩進んだところで、左手の壁が途切れる。
その先の光景に、アサキは息を飲んだ。
手前にあった壁は、単に入り口と中を仕切るだけの役割で、左手に進んでも同じ光景に辿り着いたのだろう。そこは、柱や壁のない開けた空間だった。
空間を丸く囲む壁は白く滑らかに輝き、わずかな光を反射しあって、全体を明るくしている。静謐な真っ白い空間の広さに、厳かさと異質さを感じた。
そしてその壁には、ぐるりと一定の間隔で縦長の窪みがある。窪みの上には透明なカバーがあって、こちらも光を乱反射して、遠目には中がよく見えない。
そっと足を進めたアサキは、一つの窪みを覗き込んで、瞳を大きく見開いた。
「……こ、れは……人形? それとも、人……?」
アサキの目線よりも少し高いところにある窪みの中には、人影らしきものがあった。
アサキが目にしたこともないような、滑らかで繊細な衣服をまとい、遺石がふんだんに使われた装飾品をいくつも身に着けている。
そして顔や手先は、白く艶やかに煌めいていた。ーーそう。この広い空間の壁のように。
瞳を閉じているので、その中の色まではわからないが、長く流れるような髪も、同じく遺石のような輝きを宿している。長い睫毛の影が落ちる頬も、通った鼻筋も、最高の腕を持つ造形師が作り上げたかのような整い方だ。
これが人だったとしたら、あまりにも歪みも傷もなく整いすぎている。けれども作り物だったとしたら、あまりにも精巧過ぎてどんな技術で生み出せるのかわからない。
どことなく空人たちと雰囲気が似ている気もするが、空人と比べると肌や髪の質感が異なりすぎる。
一歩下がってぐるりと見回してみる。よく見れば、どの窪みにも同じような人影が収まっていた。そのどれもがただ眠っているだけのようで、今にも動き出しそうだった。
「何なの、ここ? この人たちも、何?」
『……遺人タチノ墓標』
ふいに、頭の中に“声”が響いてきた。
それは、微かに聞き覚えのある声だった。
アサキは胸元の遺石を持ち上げる。その遺石は、淡い青緑の光を発し続けていた。シドネイアやウィワクシアのように幻視を見せることはないが、何かアサキに伝えたいことがあるらしい。
「遺人、って、どこかで聞いたような……」
『今ノ人ガ古代ト呼ブ、古ニイタ者タチ。コノ城ノ本来ノ主』
「それは、空人とは違うの?」
『違ウ』
胸元の遺石がアサキを部屋の中央まで引っ張っていく。そこの床には幾何学的な線がいくつも刻まれていた。
その中の1本が淡く光って、そこだけ床がせり上がってくる。アサキの腰のあたりまで上がって止まったそこに、遺石は座れというように導いていく。
何が起こるのかまったく予想がつかなかったが、もうここまできたら、なるようにしかならないだろう。そう覚悟を決めて、アサキはそこに腰掛けた。
すると、目の前の空間に、板状の光が浮かび上がる。
目を丸くして見ているしかないアサキの前で、その板の上にどこかの風景が現れた。
抜けるように青い空。豊かな緑の植栽。そして、この空間の壁と同じようにつややかな建材の建物。その中に複数の人影が佇んでいる。
(遺人?)
複雑に光を弾いて、繊細に色味を変える色彩をまとった人々が、その映像の中で穏やかに微笑んでいる。
そして、その遺人たちに静かに付き従っている人々の姿に気が付いた。
白っぽい長い髪と瞳の人たちは、遺人たちに負けないくらいに整った容姿をしていて、全員の雰囲気が似通っている。
(空人……)
遺人たちと並ぶと、空人たちの均一感に、よりいっそう作りモノという印象を受けた。
だが、その映像には、遺人が一方的に空人を使役をしている感じはなかった。
遺人と空人は互いに敬意を持ち合い、空人は喜びを持って遺人たちに仕えているように見える。
(これは、いつの時代の映像?)
遺人の動く姿があるというとは、かなり古い時代の映像なのだろう。
『数ガ次第ニ減っていた遺人ハ、補ウタメニ空人ヲ造ッタ。空人ハ遺人ニ仕エルコトガ喜ビ』
青緑の遺石の声が映像の人々に重なる。
映像の中で、遺人と空人は互いに微笑み、穏やかに言葉を交わす。話している内容は聞き取れないが、見ているアサキの方も、その温かい雰囲気に心が落ち着いてくるようだ。
ところが、映像の切り替わりとともに、その温かさが失われていた。
薄暗く重い雲が垂れ込める空。
深刻な表情で、足早に行き交う人々。荷物を抱えて指示を出し合う空人たち。
遺人たちは、顔を合わせると悩ましい表情で何か語り合い、最後に深くため息をついて首を振る。
(何があったの?)
見ているアサキには詳しい状況はわからない。ただ何か深刻な事態が起きているようだ。
説明を胸元の遺石に求めるよりも早く、また映像が切り替わる。
先ほどよりもいっそう暗くなった空。風が強く、その向こうに見える景色もずいぶんと荒れている。
遺人たちは依然として厳しい表情だ。だが、先ほどと違って、何かを決断したような引き締まり方をしている。
そしてそんな彼らの向こうに、大きくそびえる砂色の影があった。
(……浮都?)
まだ着陸した状態だし、今とはずいぶん外形が違うが、その存在感はアサキも見知っている。
真新しい浮都の中に、次々と運び込まれる物資。忙しなく行き来する空人たち。不安そうに乗り込む遺人たち。
そんな人々を包み込む真新しい浮都。その最上層部分、さきほどアサキがたどり着いたのと同じ場所に三つの人影があった。
全身に艶やかな色彩をまとった遺人。その前に跪く空人が二人。真っ白に流れ落ちる髪、伏せた睫毛の下の白銀に耀く瞳。
その少し後ろには、波打つ髪の小柄な空人。
(……マシロ!)
白一色と見紛うその色彩は、あの日アサキの前に舞い落ちてきたときと同じ。
遺人と伴にいることが、マシロと自分の種が異なる決定的な何かに感じられて、胸の奥が波立つのを抑えられない。それでも、たとえ映像の中だったとしても、数日ぶりにマシロの姿を目にできたことが嬉しく感じられる。
(後ろにいるのは、マキホ?)
マシロに相対する遺人が、遠くの重暗い空を見据えながら何事かを告げる。
それを聞いたマシロは、愕然として何か言い募る。背後のマキホの制止を振り切るように。
けれども遺人は、決意を秘めた瞳で静かに見返すだけだ。
マシロの眉が寄って、言葉が途切れる。
そんなマシロの頬に、遺人の手がそっと触れ、温かく穏やかな表情で語り掛けた。
やがて、マシロの眉尻が下がって、瞳がぎゅっと閉じられる。
再び開かれたとき、白銀色の瞳には諦めと悲しみと、そして使命感が宿っていた。
(こんな顔のマシロは知らない)
アサキが見知っているマシロは、いつももっと落ち着いた表情しかしていなかった。誰かの言葉にこんなに気持ちを乱されているマシロを見たのは初めてで、アサキの心の中もざわめく。
映像の中の慌ただしさと不穏さはいっそう増していく。
空は更に暗くなり、風も吹き荒れる。遺人も空人も普通の人々も、浮都に集い身を寄せ合う。
そして人々の恐れが最大限に膨らんだところで。
ーーぷつっと途切れるように、すべてが真っ暗になった。
「えっ!?」
何が起こったのかわからなくて、アサキはつい声を上げてしまった。
見ているこちらもとても不安になるくらい同調していた映像を突然絶たれて、状況を把握できない。
装置の故障なのかとも思ったが、四角い板状の画面は真っ黒になったまま残っている。
そのまましばらく待っていると、ふと映像の隅が揺らめいた。
再び明るくなった映像の中にあったのは、抜けそうに青い空だった。
その映像にはもう、先ほどまでの不穏さは微塵もなかった。
白い雲が刷かれたさわやかな空。豊かな緑の大地にくっきりと影を落として進む浮都。
浮都の中の人々も、皆、落ち着いた顔付きになっている。
だが、そこに遺人の姿はない。
浮都の大半に暮らすのは、普通の人間たち。活動的な彼らは、自分たちの都合に合わせて浮都にどんどん手を入れていく。
上階層に残る空人たちは、そんな人々をただ見守るようかのように淡々と職務をこなしていた。
再び視点がすうっと上昇して、浮都の最上層部分まで上がる。澄んだ青い空の下に、艶やかな壁の白が眩しく映える。
その白に紛れるように、一人の人物が静かに佇んでいる。
風に煽られて長い髪が舞う。衣服も風をはらむ。顔に髪がかかるのも気にせず、視線を向けるのは、青い空の彼方。
白銀色の瞳には、もう先の映像のような悲嘆はない。ただ、何かを追い求める色が奥の方にたゆたっている。
(マシロ……)
そのまま映像は再び全面の空に変わって、そしてやがてふわっと途切れた。
今度は板状の光も消えて、そこに映像があった痕跡がなくなる。
次々と切り替わる映像の内容は、すべて消化するには膨大で、アサキはそこに座ったまましばらく呆然としていた。
映像内の言葉がわからなかったので、遺人たちに具体的に何が起こったのかはわからない。断片的な映像をつなぎ合わせて推測すると、おそらくは何らかの災厄が起こったのだろう。遺人たちは避難する先として浮都を用意した。けれども結果として遺人は絶えてしまった。残されたのは、彼らに仕えていた空人と、たくましい人間たちだけ。
(こんな歴史、聞いたことなかったよ)
浮都にしろ、遺産にしろ、今の人々にとっては遥か昔に造られたもの、という認識しかない。そしてそれらを造った古代人が空人なのだと思っている。
遺人という人たちがいたことも、彼らがなぜいなくなったのかも、人々の記憶からはすっかり抜け落ちてしまっていた。
『人ノ時間ガ過ギルノハ早イ。遺人ヤ空人ガ時ヲ終エルマデニ、人ハ何世代モ交代スル』
遺石の静かな声が励ましてくれているようだった。
アサキは大きく息を吸って、勢いよく立ち上がる。
「それで、ここに私を連れてきてくれて、こんなものを見せてくれて、どうしてほしいの?」
『我ハ、天ノ城ノ運航者ヲ補助スルもの。彼ノ傍ニアルノガ我ノ望ミ』
「運航者が、マシロなんだよね?」
『其方ナラ、遺人を失ッタ今デモ彼ヲ留メル』
「どういうこと?」
『彼ハ遺人ヲ待ツノヲ憂イタ。ダカラ自ラ役目ヲ終エヨウトシタ。我ヲ持チ出シ砕キ、自身モ投ゲ捨テヨウトシタ。ソレヲ拾ッタノガ其方』
「……あの時のは、そういうことだったの!」
『彼ノ元ニ運ンデクレルヲ待ッテイル』
そして、再び足許から微かな震動を感じる。
今まで見てきたのと同じように、床面に光の線が走る。先ほどよりも二回りほど大きいそこは、先ほどとは逆に下に沈む。
その先には、細い階段があった。
そっと覗き込むと、床と同じ光沢の白い素材は淡く発光しているかのようで明るかったが、途中で階段の向きが変わっていて行き着く先はわからない。
「……この先にマシロがいるんだね?」
頭の中には返事は聞こえなかったが、遺石は軽く明滅したので、間違っていないだろう。
ここまできたら、尻込みする理由もない。
「よし、いこうか」
ひとつ頷いて、アサキは足を踏み出した。
これから向かう先に、求める人がいることを信じて。




