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物語はかくして始まった。

 教室に戻ってからも落ち着くことは出来ず、仕方がないので俺は授業のノートを取りながら反省文を書くことにした。

 幸いなことに五、六時限目は同じ教科だったし教科担当の先生がお喋り好きだったから大した苦も無く内職に勤しむことが出来た。

 五時限目が終わった後、トイレ休憩の時間に倉瀬は一心不乱に反省文を書く俺を見て「ついに友弥も反省文を書くようになったか」と感慨深そうに言っていたが、そんなことに感動しないで欲しい。むしろ友達としてその反応はどうなのだ、とそう問うと「いや、別に」と言うだけであっさり返されてしまったので少し悲しかった。



 ただ、その悲しさも今度の休日にファストフードを奢ってもらえることになったので良しとする。男子高校生の脳みそは胃袋と直結しているのだ。


「そういや、友弥は夏休みどうするんだ」


 ショートホームルームが終わると、倉瀬はまたこちらの席までやってきてそんなことを聞いてきた。


「あー、まだ特に用事はない」


 俺は、荷物をカバンに詰めながらそう答えた。どこかに谷木との予定が入る可能性はあるがそこまで詰まることもないだろうし構わないだろう。もしかすると金城先輩とどうこうとかあるかもしれないが、そこは今考えても仕方がない。

 夏休み前に心配すべきなのは休み明けにある定期考査ぐらいのものである。


「ならさ!」


 そう言って俺と倉瀬の会話に誰かが横から入ってくる。彼は牧本柚月といってこのクラスではその小柄で愛らしい容貌から男女ともに人気がある。正真正銘の男の子であるが、入学式から数ヶ月経っている今でも、未だに性別を疑っている奴がいるというのは個人的に面白いと思っているところだ。

 ちなみに本人はそういう方向性で人気がある事を不本意そうにしている。

 曰く、「僕は可愛いじゃなくて格好いいと呼ばれたい」だとか。


「海に行こうよ! 海!」


 牧本は元気よく海行きを提案した。今もその様子を遠巻きに女子や目覚めてしまった一部が見ている。

 牧本は確かに女子よりも女子らしいところがあるとはいえ、ちょっと前まで彼女持ちだった奴がその視線の中にいるのが恐ろしかった。酷い振られ方をしたらしいということを加味したとしても、仕方がないとは言ってしまうのは何かが違う気がした。

 しかし、そう考えると気をつけなければ今の不安定な俺は持っていかれるかもしれない。牧本が女子に見えてきたら距離を取ることにしよう。

 そんな風にして一人、アホみたいな不安に苛まれていると大きな影が背後からヌッと現れる。


「海か、いいかもしれないが男だけでいくのか?」


 渋い顔をしながらそう言ったのは木津涼太だ。木津は帰宅部であるが見た目は完全に野球部のそれでその体格に相応しい膂力と、不釣り合いな知性を合わせ持っている。たまに、俺の昼飯の卵焼きを奪っていくが、なぜかおかずの王道、唐揚げをくれる。このクラスで最もよくわからん奴だと俺は思っている。


「だからいいんじゃん。異性関係のしがらみとかないし、純粋に男同士で楽しめるでしょ!」


 渋い顔の木津に牧本は勢いよくそう言い返した。確かに、異性関係のしがらみがないのは大きいかもしれない。牧本は女子に過剰に愛でられている現状をとても気にしているし、倉瀬は倉瀬で彼女が居る。



 この中で、異性関係に憧れがあるといえば俺と木津ぐらいのものである。俺はつい最近になって恋愛に関する自由意志を絶たれてしまっているので、実質木津だけと言ってもいい。


「俺も海に賛成だ。俺には彼女が居るし、男だけってのは色んな意味で安心だな」


 倉瀬がそう言うと、木津は「まあ、俺と友弥はナンパすればいいもんな」と頷いて二人の意見に同調して見せた。勝手に俺をパートナー指名しないで欲しいが、俺も海に行くことには賛成だったので木津の発言には目を瞑った。


「やったー! じゃあ海で決まりだね!」


 牧本が歓喜の声をあげて、夏休みにどこに行くか会議は一先ず終了した。後日、改めて詳しい日取りなどを決めるということになった。



 終わったところで、俺は担任に反省文を見せるために職員室に向かおうとすると木津が期待の眼差しをこちらに向けた。面倒臭いので親指を立てるだけで後はスルーことにしてそそくさと教室を後にする。

 木津には悪いが、主に精神的な理由で俺にはナンパなんてとても出来そうになかった。


 

 しばらく歩いて職員室に着くと失礼しますと言って、横開きのドアを開いて中へと入る。入ると担任の久方先生がこちらを見て手招きをしたので彼の元へ近づいて、原稿用紙を二枚渡す。


「確認、お願いします」

「おう、ちょっと待ってろ」


 言うや否や、久方先生は確認を始めた。

 一方俺は職員室でこういった書類の確認をされるのはなんとも落ち着かないものがあって、モジモジとしていた。


「今宮が反省文なんて世の中わからんな」


 読み終わったのか顔をあげると、久方先生はそう言ってからからと笑った。

 久方先生は気のいいお兄さんと言ったタイプの教師で、生徒との距離が近い。ただ、必要以上に距離が近いわけではなく、それは彼に対してため口を使う生徒を見たことがないということが示している。そういった線引きが出来ているのも生徒人気が高い理由なのだろう。本当に出来た人である。



 正直、反省文を見せるだけじゃなくて人生相談をしてほしいぐらいであるが、それをすると谷木の手によって社会的に死んでしまうのだからやり難い。

 いっそのこと国外逃亡でもしてしまえば谷木も追っては来れないだろうし、諦めてもくれるのではないだろうか。


「毎度レポートとか見るたびに思うが、お前は本当に文章が上手いな」

「え、そうですかね」


 高校生の懐具合を考えれば土台無理な大して身にならないことを現実逃避気味に考えていると、全く予想していない方向から褒め言葉を貰い少し驚く。今までそんなことは言われたことが無かった。


「図書館利用数が多いのは知っていたし、本を読んでいるのもみかけていたから当然と言えばそうなのかもしれんが、現役小説家の谷木ほどではないにしろ上手くまとまっていて読みやすい」


 そう言って、久方先生は渡した原稿用紙を返してくる。


「あ、ありがとうございます」


 小説とこういった作文とでは必要な技量が全然違うのだが、久方先生は分かっていて言っているのだろうか。分かっていて言っているのなら、俺の反省文はまるで小説みたいだということになってしまうから直さないといけないので面倒臭い。



 いや、きっと分かってないで言っているのだろう。以前、本人が言っていたが久方先生はあまり本を読まないようだし、谷木の小説と俺のこの作文を比較したのは単純に対象が近い場所にあったからで、都合が良かったからと考えて間違いないだろう。


「おう、じゃあ後は生徒会室に出しに行くだけだな。お疲れ様。気をつけて帰れよ」

「はい、お手数をおかけしました」


 気にするなと言って快活に笑う先生を尻目に、職員室を出る。

 久方先生との話で思い出したが、あれきり谷木からの連絡は一度も入っていないし会ってもいない。これを幸せと言えばいいのか、不幸の前兆と言えばいいのか判断できないが一先ず考えない方が良い事だけはわかる。



 知らぬが仏。俺はその古人の言葉に従うことにした。本当に最近は何かにしたがってばかりである。脱線した思考を元に戻すのも面倒なので、そこからぐるぐると何にもならないようなことを考えながら歩いていると、あっという間に生徒会室に辿り着いた。



 昼の時は金城先輩がいたからわからなかったが、生徒会室には職員室とは全くもって違う妙な威圧感があった。ノックするのもためらってしまうような厳かな雰囲気を感じるのだ。



 しかし、ここで止まっていてはいつまで経っても帰宅できないので、俺は勇んで扉を三度ほど強すぎない具合に叩いた。それから、数秒と待たず「どうぞ」と声がかかったので扉を開けて、中に入る。


「ちゃんと来ましたわね」


 こちらを見て、そう言ったのは他でもない金城先輩だった。というのも、他の生徒会役員は全員出払っているのか今は彼女しか生徒会室にいない。しかし、生徒会長が居て他の役員がいないなんてことがあるのだろうか。気にしていても、仕方がないので俺は金城先輩に反省文を手渡すと、彼女はそれをすぐに読み始めた。



 それから一分から二分ほど経ってから、金城先輩は顔をあげるとこちらを見据えて口を開いた。


「……よくできていますわ。書きなれているんですの?」


 なんだかとても心外なことを言われたが、貰った時も思ったが俺はこれが人生初反省文なのである。遅刻が多くても書かされるようなので倉瀬と木津は何度か書かされているようだが、俺は高校に入学してからは数カ月経つが遅刻はゼロだし、中学時代も反省文というものを書かされるようなことはしたことがない。というか、単純に叱られるのが怖いからやらなかった。


「いえ、むしろ初めて書くぐらいなんですが、そんなに上手でしたかね」


 俺がそう言うと、金城先輩はその鋭い目をジトッと細めてこちらを見る。疑っているようだ。


「実は中学では不良だったとかではありませんの? 高校に入ってからの素行は良いみたいですけれど」


 俺にそんなラブコメ主人公みたいな設定はない。というか、そういう不良は逆に反省文なんて書かないだろうし、大抵は文章そのものが下手くそだろう。律儀に反省文を書く不良なんてどこの世界にいるのだろうか。


「中学時代も今みたいに普通でしたよ」

「そう……」


 金城先輩はそう呟くが、納得はしていないらしくジトッした目でこちらを睨む。それがなんだか可愛らしくて、笑ってしまいそうになった俺は小さく目を逸らした。


「……まあ、いいですわ。それでは、今後こういうことのないように」


 金城先輩は不服である事を隠そうともせずそう言った。もしかすると、彼女は不良更生ものの青春物語に憧れがあるのかもしれない。俺が更生した不良だといえばきっと彼女はすんなりと納得するのだろうと思う。ただ、申し訳ないことに当店ではそういうのは取り扱っていない。


「はい、気を付けます。失礼しました」

「ええ、さようなら」


 不服は残ったようであるが、別れ際に微笑んだ金城先輩に頭を下げて生徒会室を後にした。



 昼には色々あったが、放課後はあっさりと全てが終わったことに安堵しつつ下駄箱で靴を履き変えて学校をでた。ここ数日の中では比較的清々しい帰宅だ。最近は、いつ谷木に絡まれるかわからなかったので、気が気ではなかったが今日に限っては何もないだろう。そう高を括っていた。



 俺の安堵を嘲笑うようにスマートフォンが鳴る。最近、以前よりも意識するようになったメッセージアプリの通知音だ。


『本番は明日だよ』


 そのメッセージを確認すると慌てて後ろを見た。空き教室だろう。そこの窓から人影が見える。その姿を認めると、今まであった安心感は全て塵のように消え失せて顔を引きつる。あまりの恐怖に意図せずして「勘弁してくれ」と声に出す。



 夕陽が当たる校舎の中で、遠くにあるはずの谷木の笑顔が嫌に鮮明に映った。

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