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ままならない状況

 着いて来いと言われたので、俺は金城先輩の後ろを黙って着いていく。なんだか、最近黙って相手に従うことが多くなった。今の俺は『まるで』どころか、本当に犬のようである。ワンと一鳴きしたら許してくれないだろうか。無理だろうな。許されるどころか病院に連れていかれるだろう。


「さ、着きましたわ。少々ここでお待ちなさい」


 屋上からしばらく歩いて連れてこられたのは生徒会室だった。よりにもよって何故生徒会なのかと思ったが、よくよく考えれば校則違反をしたからだろう。教師に見つかれば職員室に連れていかれるが、生徒会役員に見つかった場合は生徒会に連れていかれるという話を以前誰かが言っていたのを聞いたことがある。

 そこで、反省文を書くための用紙を渡されるらしいが原稿用紙で何枚程度書かされるのかは違反の度合いによるのだとか。反省文なんて人生で一度も書いたことがないので少しだけ不安だ。



 それにしても、どういうわけで谷木ではなく金城先輩が屋上にやってきたのだろう。

 屋上に入ることが校則違反だということは最初のホームルームで担任に説明されていたから当然知っていたのだが、今までにも何度か屋上で昼を食べたことはあるし、それは俺に限った話ではない。鍵もついていなくて誰でも自由に入れるのだから、一度も利用しない生徒の方が珍しいだろう。今までも知る限りでは、見回りというようなことはされていなかったはずである。

 それがいきなりどうして生徒会長直々に出向いてきたのだろうか。なんらかの意図があるのだろうかと勘繰るのは間違っていないはずだ。

 今の状況に何か作為的なものを感じて、考え込んでいると金城先輩が何かの紙を二枚ほど持って出てくる。


「お待たせしました……ちゃんと居ますわね」

「まあ、そりゃあ……」


 居ないということの方が有り得ないだろう。

 ところがどうにも意外そうな顔をしながら、こちらを見る金城先輩を見るに逃げるとでも思っていたらしいことが分かる。同時に、少しだけ彼女から訝るような視線が向けられていることにも気がついた。


「これが反省文の用紙ですわ。担任に確認を貰ってから、今日の放課後までに生徒会へ出しにいらっしゃい。あなたは普段の素行も良いみたいだし、一枚と半分ほどを埋めてきなさい」

「本当にすみません……」


 疑いの目を引き下げて優しく微笑んでそう言う金城先輩に、俺は安堵しながら頭を下げた。

 お咎めにはどうやら温情があったらしい。今まで普通に生きてきてよかったと心底思った瞬間である。

 まあ、そのせいで人間性を小説に捧げた女に目を付けられたわけであるが、とそこまで考えて気分が落ち込んだ。言いようのないしんどさ感じる。


「あの、大丈夫かしら?」


 意気消沈していると、金城先輩が心配そうに声を掛けてくる。その表情と様子を見て彼女は本当に良い人なのだと思った。

 それは谷木祥子のような周囲に向けて取り繕った善意ではない。金城エリスという女性はその根幹をなす部分が善なのだ。そうでなければこんな挙動不審な奴を心配したりなどしない。

 そして彼女のような人を己のエゴで騙そうとしているのだという事実が、ピアノ線のように細い糸になって俺の心を締め上げた。圧迫感がして、胃もぐじゅぐじゅと痛み始める。


「大丈夫です。それよりも、金城先輩はどうして屋上に来たんですか?」


 そんな圧迫感と痛みを誤魔化すように、金城先輩に尋ねる。どうせ谷木だろうと、なんとなく答えはわかっているがそれでも己の内心から目を逸らすには丁度よかった。


「谷木祥子、という一年の女子生徒をご存知ですわね? その子から誰かが屋上にいるという知らせがあったので駆け付けましたの」

「……なるほど」


 予想通り、やはり谷木だった。ということは、これが彼女の言う『お膳立て』なのだろう。改めて無茶が過ぎる。もう少し計画を練るということをやった方が良かったのではないか。どうやってここから関係性を広げていけばいい。金持ちの好きそうな話なんて何も分からないぞ。

 ……いや、本当にどんな話題がいいんだよ。


「まあ、まさか寝ているなんて思いもしませんでしたけれど」


 俺がそんな姑息なことを考えているとは露も知らず、金城先輩はそう言ってからかうような笑顔を浮かべた。あまりにも予想外なその表情にドキリとして、顔に熱が集まるのを感じる。


「いや、それは……最近疲れてて……」


 しどろもどろになりながらそう答えるが、心的疲労はともかく肉体的にはそこまでの問題はない。授業中に少し眠くて欠伸が出る程度だ。


「ふふ、なら早く帰って休まないといけませんわね。頑張りなさいな」


 金城先輩はまた、笑う。笑顔が多い人だな、と思う。集会などで見る彼女の表情はいつも硬くて、真剣そのものだし、一年生の間でも彼女は綺麗だけど気難しい人だ、という認識だったからまさか、彼女がこんなに笑う人だとは考えもしなかった。

 結局のところそれは俺たち、いや、俺の勝手なイメージだったということだろう。

 彼女は壇上でこそお堅い生徒会長というイメージではあるが、実際に話してみるとそこまで気難しいというわけでもないことがよくわかる。


「金城先輩って、優しいですね」


 ふと、そんなありふれたことを言う。何故だか、彼女を前にしていると言葉が上手く出てこなかった。

 その言葉を聞いて、何故か金城先輩は面食らったような顔をしたがそれは一瞬のことだった。


「……ありがとう。それじゃあ、また放課後に会いましょう」


 微笑みながらそう言うと、踵を返して金城先輩は行ってしまった。

 それに俺は安堵を感じながら、少しの寂しさと多大な罪悪を感じて頭を掻いた。



 もしも、金城先輩がどうしようもない悪人であったのならまた話は変わってきたのだろう。そうであったのなら俺の胸はきっと痛まないし、むしろ早く事を終わらせようと率先して行動を起こすかもしれない。

 けれど、金城先輩は悪人ではない。紛れもなく善人だ。だというのに、俺は善良で優しいあの人を騙さないといけない。それは自分を、人間の心を持たないあの女から守るために必要だからだ。

 すでに心の安寧などクソもない。平穏な生活なんて望めるはずもない。それでも俺が谷木に屈するのは、やはり彼女の発言によって起こることが恐ろしいからだ。



 安寧も平穏も奪っておいて、逃げた時にあいつが用意した俺の道はどうしようもないバッドエンディングだけ。これでは、まるで小説ではなく恋愛シミュレーションゲームの主人公だ。選んではいけない選択肢が可視化されてるだけで、本質は変わらない。

 さながらあの女はプレイヤーといったところだろうか。当事者じゃないから、人の人生使ってどれだけ好きな事をやっても致命的なダメージを負わない点なんかそのままだ。


「クソが……」


 恐怖と怒り、罪悪感と言った負の感情をごちゃごちゃに混ぜたような気持ちを普段は絶対に口にしないような雑な言葉を吐いて誤魔化したところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

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