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お嬢様との出会い

 谷木に呼び出されてから日曜を経ての月曜日。あまりの憂鬱さに日頃からあまり高くないテンションがさらに下がり、朝だというのに俺は教室の机に突っ伏していた。




「お前、大丈夫かよ」




 いつもと違う様子に気づいた友人の一人――倉瀬光義という――が心配そうに声をかけてくる。




「おー、倉瀬ありがとう。休日に色々あって疲れてるだけだから大丈夫だぞ」




 あまり心配をかけるのも良くないので、頑張って顔をあげると倉瀬はほっと安心したように笑って、俺の前の席に座った。




「お前が休日明けに疲れてるなんて珍しいな。カノジョでもできたか?」


「ははは、ばっかお前。俺みたいなのに彼女が出来るわけねえだろ」




 彼女であったのならどれだけ良かったろうか。あんな恐ろしい女と過ごして正気を保つぐらいなら、いっそ神話生物にでも遭遇して正気を失ってしまいたい。その方が断然マシだと、本気で思う。




「まあそうだよな。友弥にカノジョなんて出来た日には世界が滅ぶぜ」


「おうおう、彼女が居るからって調子に乗んなよクソ野郎。さっさと別れちまえ」




 俺がそう言うと、倉瀬は「別れるわけねーだろ。ばーか」と返事して、快活に笑った。その返答に、俺も小さく笑って「だろうな」と返す。彼が今の彼女と別れるところはその仲睦まじさを知っているからか、どうにも想像できない。




「でもよ、じゃあ休日何して過ごしたんんだ?」


「世の中の不条理について考えて過ごしていた」


「うわ中二病だ」


「うっせえわ」




 確かに言い方は悪かったが概ね表現としては間違っていないし、的確なのだから仕方がないだろう。谷木のあの要求を不条理や理不尽と言った言葉で表さないで、どう表せばいいというのか。


 あれは完璧に自分の立場を利用した横暴と言って過言ではない。  




「まあ、あんま無茶な事はすんなよ」


「まるで俺がいつも無茶してるみたいに言うんじゃねえ。誤解されんだろ」


「お前の中二病発言に乗っかってみた。まあ、今日はせいぜい早く帰って休むんだな」




 倉瀬はそう笑うと、「そろそろ始業のチャイムが鳴るから戻るわ」と呟いて自分の席へと戻って行った。そして、まるで彼が戻るタイミングを見計らっていたかのように俺のスマートフォンが震えた。メッセージアプリの通知だ。


 彼の忠告は嬉しいがどうにも、早く帰って休むことは当分無理そうである。




 時間は過ぎて昼休憩の時間になると、俺は弁当を持って教室を出た。普段であれば倉瀬や他の友人と集まって食事をとるのだが、今朝来たメッセージで谷木に屋上に呼び出されてしまったので渋々向かうことにしたのである。


 倉瀬も含め友達は珍しいものを見たと言ったような顔で、快く送り出してくれたが邪推も良いところであるからこちらも心が痛い。


 これからどんな指示を出されるのだろう。二度目になるが、俺とこの学校の有名人三人との間には一つとして接点がない。お嬢様と俺は会話すらしたことがないし、なんなら彼女は俺のことを認識すらしていないだろう。






 土曜日に谷木に会った時は『ある程度は私がお膳立てするから』と言われたが、結局のところ俺がこの学校一のお嬢様と懇ろにならなくてはいけないということだ。お前に人の気持ちはないのかと説得を試みたが、その時点ですでに彼女の頭の中にはすでにあの短編をリメイクした作品を書くことしか頭になかったので、俺の意見は全て無視された。




「これからのことを考えると胃に穴が空きそうだ……」




 そんなことを呟いて、ため息を吐きながら屋上の扉を開ける。有難い事に、まだ谷木は来ていないらしい。そういえば、メッセージには具体的なことはなく、昼に屋上に来いとしか書いてなかったし昼食を摂ってから来るのかもしれない。それなら好都合である。




「あんなのと飯なんて食ったら味なんてわかんねーっつの」




 もちろん、すでに胃へのストレスで食事を純粋に楽しめてはいないが、このうえ谷木がいることによる緊張で味覚まで感じなくなったら地獄だ。折角、親が早起きして作ってくれているのだから出来る限り残したくはない。


 それからしばらくして、弁当を平らげる。谷木が来る気配は幸か不幸かまだなかった。彼女のことさえなければ、屋上で昼を食うのはだいぶ気分がいい。特に今日は天気も良いし、風も心地よい冷たさだから、なおのこと気持ちがいい。あまりにも気持ちがいいので、俺はだらしがないことを自覚しつつ大の字でその場に寝転んだ。




「こういうのを青春と人は呼ぶのだろうか」




 ふと、そんな独り言が漏れる。青春ドラマなんかでは屋上は主人公たちのたまり場であるし、こんな風に大の字になって寝転んでいるシーンも多かった気がする。


 どうせ、俺を主人公にするなら爽やか青春ものにしてほしいものである。身分差恋愛ものなんてドロドロとしてそうなものは嫌だ。


 そもそも、どうやったら俺みたいな普通の人間を彼女は見出すのだろう。数日前にそんなことを彼女に言った時には『過剰なまでの普通さが欲しかったんだ』なんて言われたが、普通系主人公なんてのはそれを補ってあまりある特別な優しさを持っているものである。その点俺は、例えばプリントをぶちまけた見知らぬ生徒が目の前に居たとして、手伝うかどうか悩んでたら他の人が手伝いに入ってたので黙ってその場を離れますってぐらいの人間性である。






 身内や友達に向ける優しさこそ持ち合わせているが、赤の他人に優しくするほどお人よしでもない。そんな俺が主人公に選ばれた理由はやっぱりよくわからない。もしくは、それが谷木の言う『過剰なまでの普通さ』なのかもしれないが、それでもさっぱり腑に落ちない。






 しかし、あれだ。大空を仰ぎ見ているとそんなことはどうでも良い事のように思えてきてしまうから不思議だ。井の中の蛙さんもこんな気持ちだったのだろうか。


 なんだか本格的に気持ちが良くなってきて、頭がぼんやりとしてきた。まだ谷木は来ないし、いっそ寝てしまうのもいいかもしれない。




「そんなところで寝ていたら、風邪をひきますわよ」




 突然かけられた声に、びくりとして微睡から覚める。いつの間にか誰か来ていたらしい。




「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんですけれど。あなたもこんなところで寝ていたらダメですわ。ほら、御立ちになって」


「え、あ、はい」




 ぼんやりとまだ寝ぼけた頭で彼女の言葉に従ってすぐさま立ち上がるが、如何せん寝起きであるから足元がおぼつかない。




「おっと……」


「大丈夫かしら? まるで酔っ払いみたですわ」




 案の定少しふらついて、声をかけてきた人物に刺々しい言葉を貰う。ただ、辛辣な割に彼女は転びそうになる身体を支えてくれていた。


 ふわりと、優しい匂いが鼻孔をくすぐり、長い髪が頬に触れる。




「まったく、ここはそもそも校則で立ち入り禁止になっているのに、どうしてそんなになるまでくつろいでいられたのかしら、理解に苦しみますわ」


「すんません……」




 返す言葉もないので、素直に謝って彼女の支えから離れて自分の足でしっかりと立つ。そこまで体制を整えてから、ようやく俺は改めて彼女を正面から捉え、そして目を見開いた。



 まず目に映ったのは腰辺りまで伸び、温かい風に緩く靡くイチョウ色の綺麗な髪。右サイドに作られた一本の控えめな三つ編みが可愛らしい。瞳はキッと力が入っていて少し鋭いがそこに冷たい印象はなく、その佇まいからはどこか気品のようなものを感じた。



「マジかよ……」



 よく覚めた頭で彼女の事を認識すると、思わずそんな呟きが口から漏れ出た。幸いなことに目の前の彼女にその発言は気づかれていないらしく、腕を組んでこちらを見上げるようにして見詰めている。


 その様子に怒りなどの感情が見えなかったから少しだけホッとした。


 それでもやはり動揺だけはしてしまう。


 彼女のことは始業式などで何度か見た程度であるが、その姿はとても印象に残っていたし、最近になって意識するようなこともあったからよく覚えていたのだから。




「では、着いてきなさい」




 踵を返しはっきりとした口調でそう言った彼女こそ、谷木が俺に落せと言ったこの学校一のお嬢様にしてこの学校の生徒会長を務める人物。金城エリス、その人であった。

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