9月30日 沖縄土産
沖縄旅行では最高の時間を過ごすことができた。
初日の国際通りのにぎわいも、宿泊したリゾートホテルから臨むエメラルドのオーシャンビューも、首里城の燃え上がるような赤と青空の対比も、美ら海水族館のジンベイザメの雄大な泳ぎも、フクギ並木の深い緑の道も、全てが私たちの瞳に刻み込まれていた。
名残惜しい最終日、私たちは再びこの沖縄の地を踏むことを心に誓い合いながら、那覇空港から飛行機に搭乗し、このサンゴ礁に包まれた島々を飛び立ったのだ。
飛行機は一直線で中部国際空港に到着し、連日の強行スケジュールに疲れ果てた私たちの身体は転がり落ちるように、本州の大地に舞い戻ってきた。
ああ、戻ってきてしまった。
楽園から現実へ。
沖縄の思い出を散々語り合った紗弥香と別れた後、私は忘れかけていた問題を私は思い出し始めていた。
直面していた最悪な問題を。
彼にひとまず連絡をしてみよう。
私は手持ちのiPhoneを取り出すと、LINEアプリを立ち上げた。
「お疲れ様です。
本日無事沖縄から愛知に戻ってきました。
靴名さんにいくつか沖縄お土産をご用意しておりますので、今週末お渡しさせてください。
積もる話もありますし、久々にお会いできるのを大変楽しみにしております」
彼へのお土産は旅路の途中で立ち寄った琉球ガラスの工房で作られたコップだ。
青と白に着色されたガラスは沖縄の波間のように美しい流線を描いて器となっていた。
このコップを気に入り、自分用にも色違い、柄違いをいくつか購入したお気に入りのお土産だ。
彼はきっとこのお土産を喜んでくれるはずである。
浮気をし、私を騙し傷つけた彼に対し、私はなんと寛大なことか。
これは私に最悪の誤爆LINEを送って、私に合わす顔がないだろう彼に対しての、私からの最大限の配慮である。
恋人に対し、こんな最悪な誤爆をしてしまった後、彼は私に距離置こうとする可能性だってある。
だがその折、恋人からの沖縄土産を渡す旨の純粋な要請ならば、さすがの彼もきっと断れまい。
断る理由などないからだ。
そして私は沖縄土産を渡す口述で、彼と会えさえすれば、私はあの誤爆LINEの真相を聞き出すことができるのだ。
この一週間以上悩まされていた、あの悪夢の真相をやっと知ることができる。
そう思考を巡らせていると、LINEに一件の通知が入った。
彼からの返信だ。
私は不本意にも緊張した。
あの件以降の初めての彼からの反応だったからだ。
私は彼の返信を開いた。
「沖縄旅行、お疲れ様でした。
いただいた旅の記録、とても興味深く読ませてもらいました。
海の写真もありがとう。
懐かしい水着を見ました。
沖縄土産も準備してくれてありがとう。
ただ申し訳ないんだが、今とても忙しく、あいにく10月中旬までは週末は東京で講義が入っており、東京出張に行かないといけない。
会えるのは10月中旬以降になると思います」
このLINEに、私は様々な感情が掻き立てられた。
沖縄旅行中、私は懲りもせず彼へ旅の写真を送っていた。
美しい沖縄の青い海に白い砂浜、そこに立つ水着の自分。
それを彼は見てくれていたいたのか。
水着は彼と何年も前に海に行った時、用意した花柄のビキニだった。
彼は覚えていてくれたのか。
彼と海を歩む記憶が私にも鮮やかに思い出された。
だがその一瞬の感傷は、彼と再びしばらく会えないことへの底なしの不安感を前に消え去った。
彼に断られた。
やはり彼は逃げたのだ。
いや、逃げたのではない。
もともと彼は毎年この時期に東京キャンパスで講義を受け持っていることを私はよく知っている。
そのため毎年秋は週末に彼の出張が入るため、彼とのデートの調整に苦慮していたものだ。
だからこのLINEに嘘はない。
だからといってひどすぎるよ。
私はこんなにも長く彼への不信感に耐えているのに、まだ私に苦しみの時間を強いるのか。
「残念ですが、わかりました。
さみしいですが、6月の中旬の週末にお会いできますことを、楽しみにしています」
どこまで私はいい子なのだろう。
本当ならば、怒りを表さねばいけないのだろう。
長年多忙な彼へ、健康を案じ、活躍を支え、自分の欲を抑え続けた私は、もう彼を怒ることも怖く、彼の裏切りを直視するのを恐れていた。
だがいつかは彼と立ち向かわねばならない。
真実を知るのが遅くなるだけだ。
でも彼に対しての不満は強く私の心を支配した。
ああ、紗弥香に愚痴でも聞いてもらわねばいられない。
「お疲れー!
また恋愛相談させてください!
准教授にお土産を渡す名目で、浮気の状況を探ろうと思ってたんだけど、彼10月中旬まで週末は東京出張で会えない状況でした!
うーん、状況腑に落ちないけど待つしかないねー」
紗弥香のLINEにそう愚痴を送った。
そうでもしないと不満が爆発してしまう。
しばらく待つと既読になり、冷静な紗弥香はこう送ってきた。
「東京出張も本当かどうか疑わしいところだけどね」
慌てて私は回答した。
「それは本当です。
シラバスでも確認済みです。
でも大学とか出張中にも浮気されてるかもだから疑心暗鬼ね」
「そうなんだ。
現地妻とかもいそうだね」
彼女の的確な回答は私の心に直接響いた。
「そうだね。
信じきれなくなるね」
信じきれなくなる前に、彼には真相をただ答えて欲しかったのだ。