9 エン来
9 エン来
目的地の村に着いた。
いよいよ異世界村デビューである。
ちょっと緊張して来たな。
村は柵で囲われており、入口には番をしている人がいた。
「よう、ランスにクリアじゃないか。へえ、その子がお前たちの子か?」
お互い遠くから見えていたので番をしていた人が気軽に声を掛けて来た。どうやら顔見知りらしい。
「ああ、そうだ。どうだ俺の子は可愛いだろ」
「まあな、男の子は母親に似るって言うからクリアに似たってことだな」
「どういう意味だリック」
「はいはい、その辺にしておきなさいランス。リックさん、こんにちは」
「おう、元気そうでなによりだ」
「ほら、セイルくんもご挨拶して」
クリアお母さんがボクを前に押し出す。
「こんいちは!」
緊張していたせいか、村デビュー第一声なのに少し噛んでしまった。ちょっと恥ずかしい。
「おう、ちゃんと挨拶出来て偉いな。俺はリックっていうんだ。これからよろしくな」
「あい!」
リックと呼ばれた人は気にした様子も無く笑顔で話してくれるので、ボクも気を取り直して元気よく返事してみた。
「うんうん、元気のいい男の子だ」
リックはワシャワシャとボクの頭を撫でた。
「クリアに似て聡明そうじゃないか」
「だからどういう意味だリック」
「ほら、じゃれてないでボルファスさんのところに行くわよ」
クリアお母さんがボクを抱き上げてから、村の中へと先に歩き出す。
「ったく、分かったよ」
ちょっと不満げにランスお父さんが付いて来る。
「ランス、相変わらず可愛い嫁さんの尻に敷かれているようだな。羨ましい限りだ」
リックさんは笑顔で言う。
「うるせえ、人を特殊な性癖持ちみたいに言うな! そんなに羨ましかったらお前もはやく尻に敷いてもらえる嫁さんでも見つけろ! 何なら足蹴にしてくれそうな女性でも紹介してやろうか?」
ランスお父さんも軽口をたたいて笑顔でその場を離れていく。その声に本気での怒りは無い様なので、どうやら毎回のやり取りの範疇らしい。それだけ気安い付き合いをしてこの村になじんでいるのだろう。
村に入って思ったのだが、自分が想像していた村よりは大分大きかった。
もっと、こう、家と家の間が数十メートルくらい離れて点在しているのかと思っていたけど、そこまで感覚は離れていないし人も結構いそうだ。
ちらほらと物を売るお店や食べ物屋、宿屋みたいなものも点在している。
道幅もそこそこ広いし、村に入るまでの道もそうだったけど、地面に轍の跡が何本かあったので、もしかしたら町と町を結ぶ間の街道の途中の村なのかもしれない。
「よう、ランスじゃないか、久しぶり」
「あら、クリアちゃん! その子がセイルちゃん? 可愛いわね」
「ランスさん、今度稽古つけてください!」
「クリアお姉ちゃん遊んで!」
通りを歩いていると、ランスお父さんとクリアお母さんにあちこちから声が掛けられている。
ボクが推測したところによると、二人がこの地に来てから1~2年くらいしか経っていないだろうし、普段は森の奥に住んでいるから交流も少ないだろうに、本当村の人たちとなじんでいるのが良く分かる。
これも二人の人柄なのだろ。心底ランスお父さんとクリアお母さんの子供で良かったと思うよ。
「セイルくん、あんまり遠くに行ってはダメよ」
「あい!」
再び地面に下ろしてもらい、自分の足で村の中を歩く。
頭が重くてなかなかバランスを取るのに苦労するけど、 何と言っていいか、前世を含めて、ほんと久々の自立歩行による外出だ! 正に感無量!
家の周りの森は時折歩いたりはするけれど、やっぱりいつもと違うところというものは気分が全然変わってくる。
歩けるってこんなに素晴らしいんだ! 動けるってこんなに自由なんだ!
鳥が自由に飛び交い、牛がのんびり草を食み、風が草木を撫でている。
世の中はこんなにも色にあふれてて、世の中はこんなにも音にあふれてて、世の中はこんなにも気配にあふれてる! ……んっ、? 気配?
「ふぎゃっ!」
「おっと、セイル、大丈夫か?」
後ろからピッタリと付いて来てくれていたランス父さんが起き上がらせてくれた。
前世を含めて本当に久々にいろんな人がいる中を歩いたので、つい舞い上がってしまった。
反省反省。今度は転ばないように落ち着いて歩いて行こう。
ランスお父さんとクリアお母さんの目的の場所は位置的にはボク達が入った出入口とは反対の出入り口に近いお店だった。
パッと見た感じ、いろいろな道具類みたいなものが置いてあって、なんとなく雑貨屋というイメージがするお店だ。
「こんにちは、ボルファスさん」
「んっ、おう、クリアちゃんじゃないか。それとランスもか」
「人をオマケみたいに……まあいいか。今日はもう一人いるぞ。ほらセイル」
ランスお父さんの後ろに隠れていたボクを前に出す。
目の前にはランスお父さんより頭一つ以上高い大柄で顔全体に立派な黒い髭を蓄えた中年の男性が経ってこちらを見下ろしていた。
「こんにちは!」
今度は噛まずに言えた。
どやー! (赤ちゃん的ドヤ顔)
「おっ、大きくなったじゃないか。覚えているか? って、覚えているわけないか。ハッハッハッハッ」
豪快に笑い、頭をワシャワシャと撫でてくるボルファスさん。大雑把そうであるが、意外と繊細に撫でてくれた。
手、でっか!
1才児のせいか、頭を撫でられた手が物凄く大きく見えてちょっとびっくりするが、どうやら優しい人みたいだ。
それと覚えていますよ。しっかりと。
半年くらい前に森の中のボクの家に荷物を届けに来てくれた時に、まだベットに寝てるだけのボクをおっかなびっくり抱き上げてくれたんだ。
ボクは思わずその髭に手を伸ばしてペタペタと触っていたのを覚えています。その時は何ともどうすればいいのか分からないといった感じで困った表情を浮かべていたのが印象的だった。
「おひげ!」
なので、ボクは両手を広げボルファスさんの立派な髭に向かって手を伸ばす。
「おおっ、もしかして覚えているのか!? 賢い子だな」
ボルファスさんはボクを抱き上げ笑顔になる。
「どうだ賢いだろ、うちの子は」
「そうだな。それに俺を最初に見て泣きださなかった子は初めてだ」
「将来はドラゴンの前にも立てそうだろ?」
「俺は魔物か!」
「子供には違いが無いだろ」
「ふん、言ってろ。セイルといったよな。このお父さんの剣技は見習ってもいいが、あとは真似するなよ。碌な大人にならんからな」
「こら、うちの子に変なこと吹き込むな! ……で、最近どうだ?」
ランスお父さんが急に真面目な口調になった。
「そうだな。お前たちがいるクラードの森側はいつも通りだが、こちら側のゼバスの森側は少し魔物の出現頻度が増えているような気がする」
それに合わせてボルファスさんも真剣に応える。
「そうか」
「特に中型の魔物が増えている気がする」
「何かゼバスの森であったか?」
「分からん。特に大型の魔物の目撃例もないし、今のところ畑にも目立った被害は出ていない」
「そうか」
「じゃあ、この小麦を一袋とお塩を一袋、干し魚を5袋、イモリの黒焼きを10匹、それと中級の魔核を5個と下級の魔核を10個見せて貰えるかしら?」
ランスお父さんとボルファスさんが話をしている間に一通り買うものを見ていたのか、クリアお母さんが手際よく頼んでいく。
にしても何だこの品揃え!? 雑貨屋と評したけど、にしてもとりとめがなさすぎるだろ! ……いや、そうでもないのかな、前世でも、田舎の村だと個人の店に食料品から、雑貨、靴に至るまで何でもかんでもおいてあることがあるし。
それにしてもイモリの黒焼きと魔核って……特に魔核とは、やっぱファンタジー世界だな。
「しめて、金貨1枚に銀貨6枚と銅貨3枚。だな。銅貨はセイルに会えたからオマケしておこう。魔核はどんなのがいい?」
あっ、しまった。この世界の物価を調べておかないといけないんだった。
まだ、パスティエルポイント5000ポイントには程遠いけど、今のうちから、市場をリサーチしておくことは大切だと思うんだ。
……やれる事が少ないというのが本音だけど。
にしても、値札とか付いてないからどれがいくらか全然分かんないや。合計金額からじゃ内訳は推測できないし、どうしようかな?
「ありがとう。そうね、緑と青を見せてもらえるかしら」
「分かった。今奥から持ってくる。おっと、忘れる所だった。クリアちゃん、サーベニアさんからまた預かりものが届いてるぞ」
「ええっ、また変な物じゃないでしょうね?」
んっ? 何かクリアお母さんが露骨に嫌そうな顔をしているな。珍しい。
「中身は知らん。俺が開けるわけないだろ。そんな危険な真似するか。クリアちゃん宛てに手紙も添えてあるからそれに書いてあるんじゃないか?」
「あのねえ」
危険なの前提なのかい!
この名前の出て来たサーベニアという人、エルフの女性(ランスお父さん曰く、かなりの美人らしい)で元ボクの両親の冒険者仲間でクリアお母さんの魔法の師匠。尚且つ、うちの家の持ち主だそうだ。現在はちょっと離れた国のザードリブ王国の王都で雑貨屋を営んでいるらしい。
どうやら、ちょくちょくうちに荷物を送ってきている様だ。どうも、それを管理するのがうちの両親の頼まれ事のようである。
「お互いサーベニアさんには頭が上がらないだろ?」
「なんだかんだと言ってもサーベニア師匠は面倒見が良いから」
クリアお母さんが自慢げに言う。
「まあな。俺も冒険者稼業から離れてからもこうやってまともに働かせてもらっているのはサーベニアさんのおかげだしな」
ボルファスさんもそれに同意する。
そしてボルファスさんが荷物と魔核を取りに店の奥に行こうとしたその時。
カン! カン! カン! カン!
突然町中に切迫した鐘の音が響いてきた。
それから道を走りながら叫ぶ人の声が聞こえてくる。
「大変だ! オークの群れが出たぞ!」