71 エンこ
71 エンこ
つい、調子に乗って飛び跳ねまわったり、回転技の「ローリングテイル」を連発したりしてしまった。
「うえええ、気持ち悪い」
その結果がコレである。
前世の成人の感覚で考えていたのが敗因だ。
前世は割とコーヒーカップみたいな遠心力で振り回される系の乗り物は得意な方だったから、同じ感覚で調子に乗りすぎた。
三半規管がまだ発達しきっていないのだろう。
フィギュアスケートの選手って凄いって、改めて思ったね。
ルーが心配そうな雰囲気を醸し出して自分の袋の中のボクを覗き込んでいる。
その表情はないはずなのに、なんだか申し訳なさそうに見えて、こっちの方が申し訳ない気分になる。
調子に乗って回り続けさせたボクが悪いのに。
「ルーが気にすることじゃないよ。ボクが悪いんだから」
そういってもルーは申し訳ないといった雰囲気を漂わせたままだ。
そういえば、回っていた当のルーは大丈夫なのだろうか?
精霊も、やっぱり目が回るのかな?
きっと、人と同じで回るとは思う。
今のルーを見ていると、今回程度では目が回っているようには感じられないので、一先ずは大丈夫なんだろうとは思うけど。
気持ちが悪いながらも、今の状況を確かめようと辺りを確認してみる。
気が付けば、アンザスさん達からは少し離れてしまっていた。
そのため、魔物達に徐々に囲まれつつある。
さっきまで、ルーが大暴れしていたので、警戒しながらという感じで、動きは遅いけど、このままではマズい。
ルーが一気に跳んで戦線から離脱してしまえば早いのだけど、ヘバっているボクにこれ以上負荷がかかるとボクが多分、吐いてしまう。
それを察してか、ルーは動こうとしない。
だけど、このままヘバっていていい状況ではないことは明らかだ。
ルーに構わないからと言おうとした瞬間、スラクロの町の方から声が聞こえてきた。
「コラァ! セイルくんをイジメるなぁ!」
見れば、魔物に叫ぶにはどうにも場違い感のある叫び声をあげながら駆け込んでくるティニアお姉ちゃんの姿があった。
そのまま勢いに任せて、ボクたちにとびかかろうとしていたコボルトを殴り飛ばす。
「セイルくん、大丈夫!?」
ボクがぐったりした様子でいるのを見てティニアさんが慌ててボクをルーの袋の中から抱き上げた。
ちょっ、ちょっと、あまり揺らさないで! 今、振動を与えられると……わぷっ!
ボクが心の叫びを口にしようとした矢先に、何かとても柔らかいもので口と言わず顔全体を覆われた。
「モゴモゴ! ワフウ」
どうやら、ティニアお姉ちゃんの胸に思いっきり抱きしめられているらしい。
ティニアお姉ちゃんにはここ数日、抱き枕にされていたから、まあ、慣れているといえば、慣れているんだけど。
「我が前に立ちはだかるすべての物を切り刻む風の剣を宿し、逆巻く渦となりて一切を薙ぎ払え! トルネードカッター!」
そんなことを考えていたら、いつの間にか隣りに来ていたサーベニアお姉ちゃんが魔法の詠唱をしていた。
あっ、この魔法は。
前に、クリアお母さんが使っていたやつだ。
ちなみにサーベニアお姉ちゃんにも家ではエストグィーナスお姉ちゃんと交代で抱き枕にされている。
「小僧、無事か!?」
アンザスさん達もやってきてくれた。
本当、この人たちは根は意外とまともなのに、運がなかったというか、何というか。
「この辺はだいぶ片付いたし、スラクロの町に戻りましょう」
そうサーベニアお姉ちゃんが言った。
そのタイミングでスラクロの町の門が開き、中から馬に乗った騎士らしき人たちの出てくる姿が見えた。
「いいタイミングね。わたしとルーで抑えるから、その間に。いいわねルー」
ルーがサーベニアお姉ちゃんに頷いた。
「あたしが運んでいくから」
そういうと、ティニアお姉ちゃんはボクを抱きかかえたまま、門に向かって走り出した。
安定感のある走り。
柔らかくて暖かくていい匂いで落ち着く。
心地よい揺れに、今まで集中していて精神的な疲れが出たのか、少し眠くなってきた。
それからボクたちは無事戦線から離脱して、スラクロの町に帰り着くことができた。
最後の方は殆ど眠りに入っていたけど。




