37 エン路遥々 (えんろはるばる)
37 エン路遥々 (えんろはるばる)
「クリアお母さん、ただいま~!」
家に帰り、大きな声で元気よく家の奥に声をかける。
「セイルくん、お帰りな……」
扉を開けて家に入ったそのタイミングで、クリアお母さんが丁度キッチンの方から出てきたんだけど、ボクたちを見ると目を丸くして固まった。
おおっ、なんか新鮮な反応だ。
結局、ボクはエルフのサーベニアさんに抱っこをされたまま家まで帰ってくることとなり、今も抱っこされ続けている。
エストグィーナスお姉ちゃんはその横に並び、ルーは文字通り崩れるように地面と一体化して遺跡に戻っていった。
「サーベニア師匠!」
クリアお母さんはそんなボクたちを見て、素っ頓狂な声を上げる。
おっ、再起動した。
「は~い、クリアちゃん、相変わらず元気そうで安心したわ」
今のは相変わらずの元気よさじゃないと思うんだけど。
「一体、いつこちらに?」
それでも、すぐに平静を取り戻してクリアお母さんがサーベニアさんの所に近づいてきた。
「うん、さっきね。急いで来たから、ケスバ村にも寄らずに来ちゃった」
「急ぎ? 何かあったんですか?」
途端にクリアお母さんの顔が神妙な面持ちになる。
クリアお母さんの魔術の師匠でもあり、以前は一緒に冒険者としてパーティーも組んでいたことがあったという話をしてくれたことがあったし、それだからこそ、何かを感じ取ったのだろうか?
「う~ん、ちょっと、クリアちゃんとランス君を驚かせたくて」
割とどうでもいい理由だった。
「はあ、充分驚きましたよ! サーベニア師匠、帰ってくるなら帰ってくるで、前もって手紙を出してください」
サーベニアさんの言葉に一気に力が抜けたのか、クリアお母さんは盛大な溜息を一つ付くと、続いて抗議し始める。
「いいじゃない、自分の家に帰ってきただけなんだし」
「それはそうですけれど、家を借りている身としては出迎えの準備くらいはしたいのです」
「いいわよ、そんなの」
「よくありません」
この人、本当に自由だなあ。
エルフ本来の奔放さとはまた別方向のような感じがする。
クリアお母さんが、奔放な生徒会長に振り回されているまじめで優等生な副会長みたいなイメージになっているよ。
『あきらめよクリアよ。サーベニアはいつもこんなもんじゃろ』
「ええ、分かっています」
「とりあえず、玄関での立ち話もなんだから、椅子に座ってゆっくりお話ししましょう、ねっ」
「……はあ、分かりました。今、お茶を入れますね」
一先ず3人、アンド、抱っこされたボクは家の中に入っていった。
◇
「はあ、やっぱり、自分の家に帰ってくると落ち着くわね」
サーベニアさんはクリアお母さん特性の薬草茶を一口飲み、木のコップをコトリと机の上に置くと、心底リラックスしたという表情で大きく息を吐いた。
僕は相変わらずサーベニアさんに抱っこされ、今は膝の上に座らされている。
ちなみにボクは器にヨーグルトを盛ってもらって木のスプーンで食べて……食べさせてもらっていた。
もう、この辺は慣れるしかない。
あと、何年くらいかなあ。
それにしても、この世界のヨーグルトは甘さが足りないし、乳臭さが強いので、今一つという感じだ。
ボルファスおじちゃんから飴玉を貰った時も思ったけど、材料の鮮度なのだろうか? 製造工程なのだろうか? 保存技術なのだろうか? どうも今一つな感じがしてしまう。
はあ、早くネットスーパーが使えるようになりたいなあ。
『それでサーベニアよ。本当にクリアとランスを驚かせるためだけに帰ってきたのか?』
「う~ん、近くに来たついでに、しばらく帰ってなかったし、たまには自分の家の様子も見ておかないとと思ってね。エストグィーナスがクリアちゃんとランス君とうまくやれてるかも気になっていたし」
『問題ないのじゃ。セイルとも楽しくやっておる』
「ほったらかしの自覚はあったんですね。何よりです」
「もう、クリアちゃんは相変わらず真面目だなあ」
サーベニアさんは話しながらもボクに木のスプーンでヨーグルトを食べさせる手を止めなかった。
時折、口元に付いてしまったヨーグルトをニコニコしながら拭ってくれるんだけど。
それを横でエストグィーナスお姉ちゃんが羨ましそうな目で見ている。
「エストグィーナス、セイルくんはあげないわよ」
『むむむっ』
なんかちょっと、エストグィーナスお姉ちゃんが不満そうだ。
エストグィーナスお姉ちゃんはいつもボクを膝に乗せているだろうに、あれかな? 他の人がやっていると、いつもやっていることでも、つい羨ましくなってしまうあれかな?
そういえば、前世、双子妹の一人がボクの膝の上に座っていると、もう片方が押しのけて座ろうとしてたっけ。
あの時は結局、両方をそれぞれ片方の膝の上に乗せてたっけ。
『おぬしのではなかろう! セイルは我のものじゃ!』
「わたしの子どもです!」
クリアお母さんがきっぱりと言い切った。
「エストグィーナス、あなた少し見ないうちに表情が豊かになったんじゃない?」
『そうかのう? それほど変わってはおらんと思うのじゃが。不本意じゃがおぬしとあってから』
「前はもっと冷ややかな印象を与える感じがしていたけど」
へえ、そうなんだ。
ボクが初めて出会ったときから、割とこんな感じだったと思うけど。
結局、サーベニアさんとエストグィーナスお姉ちゃんが椅子をくっつけて、ボクが二人の膝の上に座って両方から食べさせられるという形になった。
なんだこれ?
微妙にバランスが悪い。
……やわらかくて、気持ちは良いんだけど。
まあ、美人や美少女に取り合われているのは悪い気はしないな。
……幼児としてだけど。




