3 エン遠い日々
3 エン遠い日々
前世の自我が目覚めてから、すでに数か月が経過していた。
その間この世界の言語を理解する為に、必死に日々、両親の会話に耳を傾け続けていた。
まさか、異世界で必死に「リスニング」をしている自分がいる事なんて少し前の自分なら想像もつかなかった。
前世、妹達が僕の入院中に持って来てくれていた異世界転生物のラノベは、基本最初から言葉は理解できているのはもちろん、エルフ語や龍語、果は魔族語や精霊後まで理解できていたから、てっきりそういうものだと思い込み、薄紫髪ツインテール少女神への文句も出そうになったが、よくよく考えれば当たり前の事だと頭を冷やした。
いや、文句は言いました。
『ステータス』も無い。『言語理解』も無い。『異世界転生基本セット』みたいなものが全然ついてない。
多少の能力値の高さはあの薄紫髪ツインテール少女神も言っていたので成長すればそれなりに望めそうだが、この分だと、『空間収納』とか『魔法適正全属性所持』とかも期待できそうにない。まあ、言ってないし、思い込みなのは解ってるんだけどね。
いや、前世の記憶があり、速いうちから自我が芽生えている時点で大きなアドバンテージを持っている事になる訳だから、それだけでも感謝しなければならない事なのだろうけどさ。
だから、今は少しでもこのアドバンテージを効果的に活用するべきだと考え直すことにしたんだ。
転生しているのだから時間が経てば自然と身についてくるのだろうが、やることもやれる事も少ないし、折角自我があるのだから時間も惜しい。
何より、一刻も早く情報が欲しい。
という事で、時にはまだ発声器官が成長していないために言葉にならない声でわめき、時には目についた物を指さして、日々、物の名前らしき単語を聞き出していた。
ふと歴史上、海で漂流して外国船に拾われ助けられて、訳も分からないままに異国に連れていかれて、必死になって異国の言葉を覚えた人達の話を幾つか思い出していたが、その人も自分と同じ気持ちだったのだろうかと考えてしまう。
ただ、この行動が良かったのか、ボクのこの世界の両親はとても嬉しそうにボクのこの反応に満面の笑顔で話しかけてくれていた。
おっと、話が逸れてしまったが、まず分かったのが両親の名前。
母親がクリア。父親がランス。自分の名前がどうやらセイルと言うらしいという事。
あと、『おはよう』や『おやすみなさい』などの簡単な言葉。それと食べ物の名前や幾つかのものの名前。
まだ、あまり外には連れ出してもらえないが、たまに抱っこされたまま周囲を散歩して分かったのは、ここが森の中で周りに家らしきものは見当たらないという事だ。
その他は前世の知識を忘れないように出来るだけ記憶を思い起こす様にしたり、『九九』を心の中で諳んじたりしていた。
記憶を思い出すといってもラノベ小説の主人公みたいに妙に軍事や武器の製法に詳しかったり、鍛治の名工や農業の名人張りの知識がある訳じゃないから大したことは無いし、うろ覚えだけど……。所詮はごく普通の一般人です。実際はこんなもんですよ、はい。
ただ、算術はどの世界にいっても多分役に立つだろうと想い、面積の求め方とか、1次関数や2次関数の公式とか、階差数列の合計の式とか、コンビネーションを使った分かれ道を選ぶパターン数とか、総当たり戦の試合数の求め方とか久々に思い出していた。
紙に書けず、頭の中だけで思い出すのは結構大変だなあとつくづく思った。
それ以外は食べて寝ておむつを替えられてと、赤ちゃんとしては規則正しい健康的な生活を日々送っていた。
前世、身体が徐々に動かなくなる病気のため、最後の方は殆ど現役女子高生の妹たちに世話されていたから、この赤ちゃんの身体で妹たちと同じくらいの年齢に見える母親におむつ替えされるのはそれ程精神的に来るということもなかった。
……言ってて空しくなる。
それはそうと、ネットスーパーの円建てによる使用不可の問題の解消法として、来店ポイント1日1ポイントを見つけたのだが……。
結果から言おう。
一回買い物が出来るようになる為には、一体何日掛かるんだよこれ!
まぁ、自分がお金出してる訳じゃないから仕方ないかもしれないけどさ……けどさ、一日1ポイントじゃ。
仮に60円くらいの安い品物を見つけたとしても60日。まだ自我が目覚めたばかりだから、こちらの世界の一年がどう分けられているのか知らないけど、地球の感覚で一つの品物を買うのに2ヵ月は長い!
それに欲しい品物がこの値段ということはないだろうし。
120円で4ヵ月。
240円で8ヵ月。
360円分になるまで地球感覚で約1年……。
安めのお弁当一個買うのに1年!
トイレットペーパー1包み(18ロール)買うのに1年!
ちょっとハイグレードな四六時中社畜する為の精力剤を買うのに一年!
……いや、赤ちゃんだし精力剤は買わないけどね。
なまじ赤ちゃんの状態で自我があるからこの待ち状態は拷問に等しい。
異世界転生でネットスーパーを使ってみたいと思っていたから希望したけど、使い慣れていない者をお願いしたのはちょっと失敗したかなあとも思う。
もうちょっとよく考えれば良かっただろうか? 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
と、悔いていても仕方がない。今更だ。
と言う訳でその間はやれる事も無かったので、ネットスーパーの商品のラインナップを指を咥えて見ているだけの日々を過ごしていた。
いや、マジで指咥えてみてます。
だって、歯が生え始めてきてて、物凄く歯茎が痒いんだよ!
分かるかこの気持ち!?
確かおしゃぶりとかしない方が歯並びが良くなるんだっけか?
なので未来のイケ面、とはいかないまでもフツ面以上を目標に一応は指を咥えるのも我慢もしています。
両親が両方とも普通以上の容姿だからきっと大丈夫!(当社比、前世地球の日本基準)
そんな事をつらつら考えつつ、一日千秋の思いで、地道に毎日毎日、一日一ポイントの来店ポイントを貯め続けた甲斐あって、132ポイント貯める事が出来た!
どやー! (赤ちゃん的ドヤ顔)
そして、いよいよ今日ネットスーパーの機能を試す時だ!
何故、132ポイント?と、 中途半端なポイントに思うが、今日購入しようと思ったのには理由がある。
それは、普段なら砂糖一袋1キログラム200円を超えているのだが、今日はなんと、先着50名様98円!
多分、あの薄紫髪ツインテール少女神のことだから、地球の日本のネットスーパーのシステムをそのまま流用するだろうと踏み、それなら普通の買い物と同じように、こういったお買い得品が出る時を待っていたのだ。
どやー! (赤ちゃん的ドヤ顔)
ふっふっふっ、読みと粘りの勝利なのだよ。
勿論、これはいくしかないだろう。
一つ問題は、自分で移動できない以上、いきなり部屋に正体不明の袋が有ったら怪しいって事だが、早速購入してみたいという気持ちが先に立ってしまう。
それに、砂糖なら、恐らくこの世界でも役に立つだろうし。
まあ、何とかなるだろう。希望的観測過ぎるけど、好奇心には勝てません。ボク赤ちゃんだし。
早速売り切れないうちに籠に入れて、ってこのスキルほかに使っている人っているんだろうか? 先着50名って、そんなに異世界人がいてネットスーパー使っているのか? これ、もしかして『釣り』のうたい文句か?
なんとなく、あの薄紫髪ツインテール少女神のことだから、何も考えず画面の流用をした様な気がするのはやっぱり気のせいじゃないと思う。
まあいいか。さて、早速レジに進むとしますか。
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会計の際、 消費税○○パーセントが掛かります。ご注意ください。
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ノーーーーー!
おのれ消費税! 赤ちゃんから寝たきりの病人はおろか、異世界からも搾取するとは! お前の血税の色は何色だ!
はあ、はあ、はあ。まっ、まあ、いいだろう。何とか足りるし。
ところがそんなボクの考えをあざ笑うかの様な一文が更に追い打ちとなって目に飛び込んできた。
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一度のお会計5000円未満の場合は配送料500円が掛かります。ご了承ください。
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「何……だと」