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22 有エン (うえん)

22 有エン() (うえん)


『これはアルマジラットで、こっちがユニホンラビーじゃ。アルマジラットはセイルくらいの大きさで丸まってぶつかって来るのじゃ。ユニホンラビーは、そうじゃのう、ランスより大きくて、額の角で突撃して来るのじゃ』

 今、ボクは土の高位精霊エストグィーナスお姉ちゃんの膝の上に乗せてもらって、『フーリアリバトーレグ大陸魔物見聞録』という動物図鑑のような本を読んでもらっているところ。所謂いわゆる『読み聞かせ』というやつだ。

「どっちも突撃して来るの?」

『そうじゃ、大きさは違えど、攻撃的で、すぐ向かって突撃して来るのじゃ』

 本の中のネズミのようなアルマジロのような生き物とウサギのひたいに一本の角が生えている生き物を指さしながら、エストグィーナスお姉ちゃんは特徴やどんなところにいるのかなどを楽しそうにボクに話してくれている。

 ボクの家の地下室と繋がっている地下遺跡の一室。

 ここにはこの世界の歴史や英雄譚、図鑑のようなものまでかなりの本が置いてある。

 ボクの家……一応ここもボクの家の地下室になるんだろうけど……にもクリアお母さんの魔法書をはじめとする本が結構あるけど、この石造りの部屋にはちょっとした小さな公民館図書室を思わせるようなくらいの本が置いてある。

 まあ、一冊が百科事典くらい大きい物や巻物、豪華な装飾を施した箱に収められた中身は数枚の紙と言うような過剰梱包のような物ばかりなので、冊数自体は思っているほどある訳では無い様だ。

 他の所を見た事はないけど、それでも恐らくは村の様子や生活水準を見る限りかなり充実しているのは間違いなさそう。多分だけど、この世界ではまだ本そのものが高価な物だと思う。

 何でもランスお父さんとクリアお母さんの冒険者仲間で、クリアお母さんの魔法の師匠でもあり、この地下遺跡を含めた家の管理をしているエルフのサーベニアさんが、各地を放浪……旅しながら集めてはここに置いていったものなのだそうだ。

『サーベニアの収集癖も、たまには役に立つ物じゃな』

 なにやらニコニコご満悦の様子で本を読んでくれているエストグィーナスお姉ちゃん。

 うちの地下室で、クリアお母さんが片付け物をするのにくっ付いて行って、この遺跡に迷い込んだ一件から数週間。

毎日この地下遺跡に来てはエストグィーナスお姉ちゃんに本を読んでもらったり、ガーゴイル……ドラゴイルのガーゴンを交えて遊んで貰ったりしていた。

 ランスお父さんもクリアお母さんもまったりスローライフって感じじゃなく結構忙しそうだし、逆に悠久の時を存在する上位精霊のエストグィーナスお姉ちゃんは時間なら気にせずたっぷりとあるのでちょうどいいらしい。

 よく考えてみると、これって、上位精霊に子守を押し付けているような状態ではないのだろうか? いいのかなあ?

 なので、クリアお母さんにちょくちょく遊びに行っていいか尋ねてみると、

「エストグィーナスも喜んでいるみたいだから良いんじゃないかしら。それに外に行くよりは安心だし。エストグィーナスの言うことを良く聞いて、いい子にしているのよ。あとご飯の時間になったら上がってきなさいね」

 どうやら良いらしい。

 それにしても、クリアお母さんの「上がってきなさいね」の言葉に、思わず吹き出しそうになってしまった。

 完全に家の一部の認識なんだねクリアお母さんは。

 で、今に至っているというわけ。

「これ、何て読むの?」

『どれどれ、それは「アルマジラット」の「ア」じゃな』

 ボクが指差した文字をエストグィーナスお姉ちゃんがボクの頭の上から覗き込んで教えてくれる。

 時折、ボクの頭の上に顎を載せていることもある。

「じゃあ、こっちは?」

『そっちは……そうじゃな、読んで聞かせるのも楽しいが、セイルは賢いから、文字を教えてみようかのう」

 エストグィーナスお姉ちゃんは良い事を思い付いたとばかりに、ポンと手を打つ。

「文字をおしえてくれるの?」

『うむ、長く存在しておると、れに気まぐれで覚えてみようと思う時があってのう。その時覚えたのじゃ。セイルも覚えてみたいか?』

「おぼえたい! 教えて、エストグィーナスお姉ちゃん」

 ボクはエストグィーナスお姉ちゃんの方に首を向け、両手を上げてやる気を見せる。

 こういうチャンスは逃してはいけない。

 今のうちに少しでも多くの知識を得ておきたい。

 せっかく、赤ちゃんの時から自我が確立しているのだから、それを有効に使わないと。

 それに小さい頃の知識の吸収力や記憶力は大人になってからのそれに比べてはるかに高いと聞いたことがあるし。

 この魔物のいる世界で、ボクが持っている『ネットスーパー』の能力が戦闘向きでないうえ、しかもかなり使い勝手が悪い以上、前世からの記憶を引継ぎ、幼少期から自我が目覚めているという優位性は出来るだけ生かしていきたいものだ。

『そうかそうか、良いぞ』

 うんうんと嬉しそうにうなずくエストグィーナスお姉ちゃん。

 クリアお母さんに数字と数の数え方は教わり始めているが、文字はクリアお母さんも忙しいため、まだ少ししか教えてもらっていない。だからちょうどいいと思う。早くいろいろ読めるようになりたいし。

 それからボクはエストグィーナスお姉ちゃんと一緒に、この図鑑の様な本を見ながら文字の勉強を始めた。


   ◇


「セイル! ご飯の時間よ!」

 ボクが顔を上げると、声と共にクリアお母さんが室内に入ってきた。

 どうやら、ボクとエストグィーナスお姉ちゃんが本のたくさんある部屋で文字のお勉強をしていると、いつの間にか時間が経っていたようで、いつまでも上がってこないボクをクリアお母さんが呼びに来てくれたようだ。

『おお、クリアか』

「もうセイル、ご飯の時間になったら上がってきなさいっていったのに」

「クリアお母さん、ボク、エストグィーナスお姉ちゃんに教えてもらって文字覚えた!」

 僕が右手を挙げてできたよとアピールする。

 クリアお母さんは仕方がないなあといった表情をしてから、優しい笑顔になってボクの傍までやって来た。

「そう、良かったわね。どれどれ、なんて書いてあるのかな、って、これ古代文字じゃない!」

 すぐ隣まで来て、ボクが書いているのを覗き込んだクリアお母さんが驚いたような反応を返す。

「あれ? まちがえた?」

 ボクが首を傾げてクリアお母さんを見上げる。

「……いえ、間違ってはいないけど、何子供に教えてるのよエストグィーナスは、もう」

 クリアお母さんが両腰に手を当てて、軽くエストグィーナスお姉ちゃんをにらむ。

『何か問題があったかのう?』

 エストグィーナスお姉ちゃんはクリアお母さんのそんな態度にも気にした様子はなく、はてと首を傾げる。

「これ古代文字じゃない」

『そうじゃが、大して違いがあるまい』

「大違いでしょうが」

『そうかのう? 500年程度の差異、些細な事だと思うがのう』

「基本を教えないでいきなり古代文字を教えちゃダメじゃない。セイルが混乱するでしょ」

『基本と言うなら、こちらが基本じゃぞ』

「あのねえ」

 なにやら傍で見ていると言い争いっぽくなっている。

 クリアお母さんがこめかみに右手人差し指を当てて頭痛をこらえる様な表情をする。

「ダメだった?」

 そう言いながら、ボクがクリアお母さんを覗き込むと、

「駄目って言うわけではないけれど、ふる~い魔法の本の言葉だから、今は使われていないし、セイルくんには難し過ぎるから」

 どう説明したものかというような感じで話してくれた。

 どうやらクリアお母さんの感覚とエストグィーナスお姉ちゃんの感覚に齟齬そごがあったようだ。

 エストグィーナスお姉ちゃんの図書室? 本の部屋に置かれている物はエルフのサーベニアさんが長い年月を掛けて世界各地、方々を歩きまわ……旅して集めていた本を、この地下遺跡に持ち込んだ物で、必然、古い文献が多く割合を占める。

 したがって、比較的新しい言語で書かれている本が少ない為、エストグィーナスお姉ちゃんにとってみれば、古代語が普通となる。

『じゃが、ここの本を読むには必要なことじゃろ? もちろんセイルになら、読み聞かせるのも楽しいので良いのじゃが』

「それはそうだけど」

 これは、もしかして、このまま教えてもらって覚えて行けば、古代の魔法書とか石板とかが読めるようになるとかするんじゃないだろうか。

「ふ~ん、でも、形とか面白いよ!」

 ボクが興味を持ったように楽しそうな表情を浮かべると、

「そっ、そう……ふう、仕方ないわね。いろいろ興味を持たせるのは悪い事ではないから、しばらくは様子を見てみましょうか。でも、お母さんと一緒に現代文字もお勉強しましょうね」

 クリアお母さんは溜め息混じりにこのまま習うのを了承してくれたみたいだ。良かった。

「あい!」

 ぼくは元気よくそれに答えた。

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