17 エン道
17 エン道
ボクは家の地下の一室、クリアお母さんが入っていった部屋にあった暗証番号入力のような、数学パズルのような仕掛けを解いた。
どやー! (赤ちゃん的ドヤ顔)
それにしても学生の頃に覚えた数式とか、法則とか、パズルの解き方とかってどこで役に立つんだろうかと思ってたけど、意外な所で役に立つもんだな。
まさか転生してから役に立つとは思いもしなかったけど。
前世日本の諸君。転生後の為に勉学に励みたまえ……なんてな。
まあ、そこまでは良かったのだが、解いたと同時に足元に魔法陣が光を放って浮き上がり、部屋中を満たしたかと思えば、次の瞬間にはどこか別の部屋らしき場所に跳ばされてしまったらしい。
そこにも似たような仕掛けと扉があり、その仕掛けを同じように解くと、頑丈そうな扉が音を立ててゆっくりと開き、先に進める様な石造りの廊下が現われた。
多分、魔法の力で開いているんだろうけど、良く考えてみるとこれって、ある意味自動ドアだよな。
家庭に自動ドアっていうのもスゴいものがあるけどね。
そんな事を考えつつも、恐る恐る覗き込んでみれば、石造りの長い廊下にところどころ仄かな明かりが灯っている光景が広がっている。
あの灯りも恐らく魔法の明かりだろう。炎が揺れているようではないから。
通路に向かってクリアお母さんに声をかけてみたけど、返事はなかった。
とりあえず進むしかなさそうなので、ボクは廊下をトコトコと歩いている。
それにしても長い。
30mくらい歩いてみたけどまだ先がある。
家の中? に、こんな場所があったなんて。
クリアお母さんが部屋に入ってからしばらくして部屋が光ったように見えたのはあの光だったのか。
今更ながらにそんな感想を抱きながら、ボクは周りをキョロキョロと見渡して石造りの廊下をさらにトコトコと歩いて行く。
とはいっても、今のところは只の石造りの廊下で、ところどころに恐らくは魔法の光が灯っているだけの、前世でやった事のあるファンタジーゲームのダンジョンの通路みたいな光景が伸びているだけである。
繰り返すけど、それにしてもメチャメチャ長いように見える。
地下とはいえ、本当にここ家の中なのかと疑わしくなる程に。
ゲーム的経験上、多分最初の部屋の魔法陣で跳ばされたと考えるべきだから、ここが地下かどうかも怪しいし、逆にとんでもない地下深くかも知れない。
いずれにしても中は結構ひんやりしている。
それにしても、 サーベニアさんというエルフの女性(美人(ランスお父さん談))、ランスお父さんとクリアお母さんのかつての冒険者仲間で、クリアお母さんの魔法の師匠からこの家の管理を頼まれてここに住んでいるって言ってたけど、
「サーベニアさんって一体何者だよ」
ボクのエルフのイメージからすると、自然を愛し、森の中にひっそりと集落をつくり閉鎖的な生活を営み、容姿は美しいが人間を寄せ付けず、かなり気位が高い感じなんだけど、サーベニアさんのイメージは町中に住み店を構え、珍しい物を捜してあちこちに出かけていく、かなり自由な性格の持ち主のようだ。
しかも森の中に家を構えているのは同じだけど、まさか家の地下にあんな仕掛けがあるなんて。
ボクがそんな事を考えながら先へと歩いていると突然、背後から何かが動く音がした。
ゴッゴッゴッゴッゴッー!
って、言うか、この音は聞き覚えがある。
しかも、さっき聞いたばかりだ。
そう、石の上を重たい扉が動く音。
そして、今まで開いていたのだから……。
ボクは慌てて後ろを振り返った。
「えっ、ウソ!」
振り返ると同時に、その光景に絶句した。
開いた時と同じように重たそうな扉が、石の上をゴリゴリという音を立てながらゆっくりと今度は閉まろうとしていた。
「わっ、ちょっ、待って!」
ボクは思わず叫んでいた。
それと同時に今歩いて来た方向、扉に向かって走り出す。
まずい!
扉が閉まる!
全力ダッシュ!
はあ、はあ、はあ。
はあ、はあ、はあ。
はあ、はあ、はあ。
ああ、もう!
小さい子って意外とチョコマカ小回りが効いて初速は速いけど、如何せん歩幅が小さいから進みはそれ程でもないんだよな。
はあ、はあ、はあ。
はあ、はあ、はあ。
はあ、はあ、はあ。
まだ、来た道の半分も戻れてないや。
急げ!
はあ、はあ、はあ。
はあ、はあ、はあ。
はっ!
突然、左右の足がもつれて、身体だけが前へとつんのめる。
まだ歩き始めたばかりだし、この手足の短い身体じゃ無理もないか。
などと自己弁護を頭の中で繰り広げながら、ボクはスローモーションで迫る石の床を目にしていた。
あっ。
ベタン
石畳の上に派手にスッ転ぶ。
痛い!
まともに受け身も取れず、石畳の床に額からぶつかった。
でも、痛がってる場合じゃない。
ボクは痛みをこらえて、立ち上がろうと顔を上げる。
けれど、
無情にもボクの目の前で音を立てて閉まっていく扉。
ゴッゴッゴッゴッゴッー! ガコンッ!
そして、完全に扉が閉まってしまった。
……。
再び訪れる静寂。
閉じ込められた。
はあ。
ボクはその場に座り込んだ。
床にぶつけたおでこが痛い。
額を触ってみる。
あっ、ちょっと膨らんでる。
おでこを摩りながら考える。
あちゃ、かなり迂闊だったかな? 確かこういうの『好奇心は猫をも殺す』って言ったっけか。英語で『Curiosity killed the cat.』とか『Care killed the cat.』だったっけ?」
どうしよう。
……。
結局、この中にクリアお母さんがいるはずだから、捜して一緒にこの倉庫? から出るしかなさそうだ。
ということはやっぱり、先に進むしかない訳だ。
ボクはうんしょと立ち上がり、再び扉とは反対方向へと歩き出した。
さっきまで扉が開いていたため部屋の明かりが漏れて廊下にまで届いていたため多少明るかったけど、今は所々にある魔法の灯りだけなので見えない程ではないけれどさっきよりは薄暗くなっている。
家の中だけど、石造りのダンジョン風の廊下で一人。
音も無くひんやりとした世界は何処と無く不気味な物を感じる。
……。
泣くもんか!
涙腺緩いけど泣くもんか!
涙腺緩いのは赤ちゃんだから仕方がないんだ!
「クリアお母さん!」
薄暗い先に叫んでみる。
微妙に声が、通路の奥へと反響していった。
だけど、返事は返ってこない。
声が返ってきたとして、クリアお母さんの声じゃなかったらやだなあ。
……はっ、いけないいけない。
きっと、薄暗いからこんな不安な気持ちになるんだ。
よし!
「我が手に集いて光と成れ。ライトボール」
ボクは呪文を唱えて光の玉を手に出現させる。
毎日コツコツと、ネットスーパーのポイントとダブルアップとともに積み重ねてきた成果。
最初はこっそりクリアお母さんの杖に触れつつ練習し、杖に触れられない時は密かに杖なしで魔力を集中させるイメージトレーニングをして、最近ようやく少しだけだけど、杖なしでもライトの魔法が使えるようになった。
どやー! (赤ちゃん的ドヤ顔)
魔法の杖なしじゃ、そう長くはもたないけど、取りあえず周りの状況くらいは確認しておきたい。
杖のような補助の魔法具があれば、ライトの魔法なら本人が消さなければ大体半日は持つそうだ。
バレるとややこしくなりそうなのでやった事はないけど。
だけど杖のない状態で、今のボクだと10分くらいもたせるのが精々だ。
光の玉を前方に掲げるように掌を前に出し浮かべ、ボクは再び石造りの廊下を歩きだす。
この世界の神様。
この際薄紫髪ツインテール少女神のパスティエル様でも良いです。
どうか変な物がいませんように。
ボクは若干足取りが重く、トボトボと石造りの廊下を進んで行った。
しばらく歩いていると、
ゴゴゴゴ ズゴン!
「へっ?」
今の音は
風を切る音とともに頭の僅かに上を左から右へ何かが通り過ぎたような感じがした。
ボクは恐る恐るズゴンっという音のした方向に首を向ける。
すると、
自分の頭少し上の石壁に石柱が反対側の壁から突き出ていて刺さっているのが目に入ってきた。
「ひっ!」
ボクは思わず声を上げる。
なんでこんな仕掛けが山奥の一軒家にあるんだよ。
セキュリティーか? ホームセキュリティーなのか?
そりゃ前世でも、妹達を守る為ならば、不審者が侵入してきたら大怪我させるくらいの罠を張っておいても正当防衛だよねとか思ってたけどさ。
盗難保険とかないこのファンタジー世界、自己防衛で問答無用なのは分かるけどさ。
あれ、大人だったら胴体の真ん中あたりを狙ってるわけだよね。
さすがに即死コースはまずいと思うんだ。
やっぱりこの世界、それだけ危険ってことなのかな。
僕は冷や汗をかきつつ振り返ったまま一歩後ろに下がる。
ガコンッ
「えっ?」
するとすぐ後ろで音がした。
ボクはまたも恐る恐る振り返る。
「……ウソッ!」
と、すぐ足元に穴が開いている。
その底は真っ暗で見通すことが出来ず、今にも飲み込まれそうな恐怖に襲われる。
ふと、キラリと何かが光った気がする。
ボクは思わずゴクリと息を飲んだ。
その場から動けずにいるとしばらくして足元の床板が元に戻る。それと同時に壁から突き出ていた石柱も元に戻っていったよだ。
これって、飛び出てきた石柱に気が付いて前に踏み出すとそのまま、あの暗く深そうな穴に自らダイブすることになるっていう仕掛けだよね。
ボクは改めて肝を冷やす。
たまたま赤ちゃんで背丈が低いことと歩幅が短いおかげで助かった。
でも、
もうヤダ!
おウチに帰りたい!!!
……ここ、ウチか。




