11 エン慮なく
11 エン慮なく
突如村に襲撃して来たオーク十数体の群れを、ランスお父さんたちと村の自警団の人達が協力して迎え撃ち、何とかこれを全滅させた。
現在は後片付けの真っ最中だ。
ぼくはボルファスさんからオークたちとの戦いの前に終わったらくれると言っていたお菓子、ミルクを固めたような飴玉を貰って適当な草むらにペタンと座って周りを見渡しながら舐めている。
うん。微妙。
かなり乳くささが有るし。
前世日本のお菓子を食べ慣れていたぼくとしてはその記憶が残っているため、甘味やら口当たりやらにどうにも味気ない物を感じてしまう。
早く日本のお菓子が食べれるようになりたいなあ。
そのためにはネットスーパーの能力を早く使えるようになるために、パスティエルポイントを稼ぐ方法を見つけなきゃ。
でもなあ、今のままだとなあ、一体いつになる事やら。
ボルファスさんから貰っておきながら悪いとは思いつつ、そんな感想を抱きながら周りの様子を眺めていた。
ランスお父さんは自警団の人達に交じってオークの処理をしているようだ。
解体をしているらしいのだけど、青空の下、豚に属するとはいえ人型をしているオークを解体している光景はかなりエグいものがある。
それでも今は何とか吐き気を催さずにいられるのは、前世で病に倒れ入院生活が長かったせいで、死というものと向き合う時間が長かったため、命と言うものを考える機会が多かったからなのかもしれない。
とは言え、戦闘が終わってクリアお母さん達の元に駆け寄っていった時、オークの死体を見てその状況と血と臓物の臭いに吐いてしまった。要は今吐き切って胃の中に何もなくなったおかげで落ち着いているというわけだ。そういう意味では口直しに飴玉は有り難かった。ボルファスさん、微妙だなんて思ってゴメンなさい。
「大丈夫セイルくん、向こうに行きましょうか」
そう言っていつもと変わらぬ笑顔で話掛けてくれるクリアお母さん。
なんだけど、拭ったとはいえ顔以外は服にべったり返り血を浴びていてちょっと怖いです。
「家内に言って替えの服を出してもらうといい。村を守ってくれたお礼だ。古着で悪いが好きなのを選ぶといい」
オークが襲来したとき、たまたま近所に配達に行っていていなかったボルファスさんの奥さんのカロアさんが慌てて戻って来たらしく、ボルファスさんが村の中央側を指さす。
「ありがとうございますボルファスさん。そうさせてもらいますね」
「さあさあ、クリアちゃん、こっちにいらっしゃいな。女の子がいつまでもそんな格好していたらダメよ」
「やだ、カロアさん、わたし人妻ですよ」
照れたようにクリアお母さんが答える。
「ぼく、ここにいる」
ぼくは条件反射的に咄嗟に応えていた。
「気持ちは悪くない? 大丈夫?」
ぼくがここにいると言ったのが気分が悪いからかと思ったのだろうか、気遣ってクリアお母さんが訪ねてくる。
「うん!」
なのでぼくは元気よく頷いて見せた。
「じゃあ、そこで大人しく良い子にしててね」
「あい!」
ぼくは片手を上げて返事をする。
クリアお母さんはカロアさんとともに、ボルファスさんの店へと向かっていった。
ふう、助かった。
何故、助かったと思ったかというと、前世、ぼくには年の離れた双子姉妹がいたんだけどね。
それで、たまに服を買いに行くのに付き合わされていたんだけども、
いざ、選び始めると、これが長いなんてもんじゃない。
まず、店全体を見回り品評会をしてから、ようやっと選んだかと思えば、あれでもないこれでもないとはじめ、それが決まったかと思えば、今度はそれに合うようなコーディネートをああでもないこうでもないと始める。
結局、最後に買うのを決めた服は一着のみ。
それも会計はぼく持ちだったりする。
まあ、数着買わされなかっただけ、兄の財布の中身の事を考えていてくれたのではあろうが。
ああいう女の子ばかりの場所で待たされている身からすると結構キツい。
同じ状況ってわけじゃないけど、早々に戦略的撤退を選んだと言う訳だ。
手を振るクリアお母さんをこちらも手を振って見送り、視線をランスお父さんたちがいる方に向ける。
そしてしばらくランスお父さん達のオークを解体する作業の様子を眺めていた。
ここからでも話し声は充分聞こえて来るので、今回の被害状況が徐々に分かって来た。
実質的な被害は自警団に怪我人が3名、踏み荒らされた麦畑。
あと、何気にクリアお母さんが放った風魔法のトルネードカッターによって強制的に刈り取られた稲穂の被害が一番大きかった気がする。
それに畑の中にはオークの死骸も転がっているし。
まあ、オークに村が襲撃され、死者や怪我人、家屋への被害、それと女性への暴行による被害が出なかったことに比べれば、充分軽微なのだそうだ。
村の中にまで侵入される前に食い止められたことが、大きな要因なのだろう。
それに被害を受けた麦畑の麦も、後で落穂拾いをすれば十分使えるとのことだ。
攻撃力もあり、畑を燃やしてしまう危険性のある火系統の魔法は使えないって言ってたし、クリアお母さんはそこまで考えて魔法を選んだのだろう。
それにしても、オークの襲来があったというのに、村の人は意外と明るい。
あれか? 『喉元過ぎれば熱さを忘れる』ってヤツかな?
と言うか、妙に活気が出て来た。
なんかやたらと人が集まってきているみたいだし。
クリアお母さんやランスお父さんの活躍で幸いにも死者は出なかったし、村への直接的な被害はなかったとはいえ、村が襲われたというのに一体どうしてだろう?
「いやあ、一時はどうなる事かと思ったけど、クリアちゃんとランスがいて助かったよ」
「本当だな。結果的にはいい肉も入ったし」
えっ!
今何と?
いい肉が手に入ったと?
食べるの!
何を?
それを?
「全部で18体か。村全体に配っても余裕が有りそうだな。村の女集にまかせて保存食にでもするか」
「そうだな」
うん。マジだ。まるで躊躇が無い。ごく自然に話している。
豚に類する魔物だとはぼくも分かっているけど、人型だよ。
人っぽいシルエットなんだよ。
殆ど被害が無ければ何処吹く風なのか?
逞しいな。
ファンタジー世界のリアルを見た気がするよ。
◇
解体も一段落過ぎた頃、太陽は中天を過ぎてから、ようやっとクリアお母さんが着替えを終えて戻って来た。
うん。やっぱり長かった。似合ってはいるけど。
どうよ、この戦略眼は!?
どやー! (赤ちゃん的ドヤ顔)
「この魔核はクリアちゃんが持って行きな」
ボルファスさんが多分さっきのオークから取り出したであろう魔核を麻袋に入れてクリアお母さんに渡している。
『魔核』。どうやら多くのファンタジー小説に出て来るもの同様、この世界でも魔物から取れる物らしい。
「いいの? 町で売れば結構値が付くわよ」
「かまわんさ。どうせオーク討伐の報告で報酬が出るんだ。素材は村で分けるし、俺はまだ期限が切れていないからこれを持って行けば更新も出来るからな。というわけで報酬代わりだ。その代わりに報告用の豚鼻は俺が貰うが構わんか?」
「ええ、わたし達は町へ行くこともないし、いろいろ面倒な事を代わりにやってくれるのだからそれでいいわよ」
「交渉成立だな」
どうやら今回の分配についての折り合いがついたらしく二人とも笑顔で握手していた。
ぼくはそれを見てからランスお父さんのところへと駆け出す。
「あと、一つお願いがあるのだけど……」
「……なんだそんな事か、お安い御用だ。好きなだけ持って行きな」
◇
朝通って来た村の入口の前。
太陽はそろそろ傾き始め、もう2・3時間すると夕暮れを迎えようとしている。
途中、というか、来て早々とんでもない事に遭遇したが、それ以降は順調に用事を済ませられることが出来たようだ。
オーク討伐の最大の功労者だったからか、元からこの村の人達と友好的な関係を気付いていたからか、恐らくその両方だろうが皆好意的だった。
そうして今は、ぼく達は帰宅の途に就くべく帰り支度をしてリックさん達の見送りを受けていた。
「今日は本当に二人がいてくれて助かったよ。もし、二人がいなかったらと考えるとゾッとするぜ。流石ランスとクリアちゃんだな」
その割にその後の行動に悲壮感の欠片も無かったように見えるんだけどなあ。
「これでも元Bランクパーティーの一員なんでな」
「『元』は無いだろ。Bランクまで評価された者は基本自主廃業しない限りは更新料なしで『現役』なんだからよ」
「それにしても何でいきなりオークの群れがこんな所にまで出て来たんだ。あいつらが生息しているのはザバスの森でももっと奥の方だろうに」
「しかも、オークは基本、夜の方が活発だしね。朝から集団で襲ってくるなんて滅多にないわよ」
「分からん。さっき話したようにもしかしたら最近ザバスの森で魔物が増えた事に関係するのかもしれん。とにかくこのことは一刻も早くバレンツォの町に行って領主様と冒険者ギルドに報告が行くようにしないとな」
真剣な面持ちでリックさんが答える。
「その辺はリックとボルファスにまかせた」
「ああ、任せろ。それにしても、お前たちが村に住んでくれれば助かるんだがな」
「すまんな。クリアがサーベニアに頼まれてて、あの家を管理しなければならなくてな」
「分かっているさ」
「まあ、買い出しにはちょくちょく来てるし、何かあったら相談してくれ。じゃあな」
「そうさせてもらうよ」
「バイバーイ!」
ぼくはクリアお母さんに手を引かれ、門の前で見送ってくれる人たちに大きく手を振って村を後にした。
そうやって、今朝来た道を家に向かって歩いて行く。
「豚肉たくさんもらっちゃったから、お塩も買ったし、家に帰ったら焼肉にしましょうか」
「おおっ、いいねえ。残りは熟成させるか」
えっ、やっぱり、あれ食べるの?




